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四季の企画投稿作品

友との再会

作者: 黒神譚

 10年近くぶりに帰郷した。

 漫画家を目指して上京したはずなのに、専門学校を卒業してから2年もせぬうちにバイトを優先するようになり、同人誌はおろか一枚のイラストすら仕上げられないようになっていた。


 気が付けばバイトリーダーになっていた。

 『いつか描く』が口癖(くちぐせ)。それもここ数年口にすらしていない。深夜アニメを見て、その作品の評価を偉そうにSNSに書き(つづ)ることだけは、欠かさない。要するにクズになっていた。


 何も生み出さない男が結果を残している者を評価しようというのだから立派なクズだ。


 目が覚めたのは半年前のことだった。8年続いていたバイト先が閉店になって仕事を失った。こらえ性がなく色々なバイト先を転々としていた僕に我慢と言う物を教えてくれた職場で、初めて社会人として恥かしくない仕事をできていたと思う。

 

 そう。僕はこのバイト先を誇りに思っていた。しかし、そこが閉店になり、全てを打ち砕かれた気がした。

 それを忘れ去るために深夜に酒を(あお)って、()さ晴らしにSNSにゴミみたいな情報を書き込んでいる時に涙が止まらなくなってきた。

 現実に気が付いたのだ。


 田舎にいた同級生たちの中には結婚して小学生くらいの子供がいる者も数名いるだろう。

 きちんとした会社に就職して、それなりの立場にいる者もいるだろう。

 それに比べて自分はなんなんだろう?

 

 自分勝手に自分の人生を決定し、夢を求めて邁進(まいしん)するという幸福を手にしていながら、生活苦を理由に絵を手放し、愚痴だけを垂れ流すくだらない人間になっていた。


 挙句の果てに仕事を失ったあとにやることが、誰もいない部屋に一人きり。酒を飲んでグダを()いて。

 自分は32歳にもなって、こんなことでしか自分を満たすことが出来ない人間なのか?

 そう思うと悲しくなってきて涙した。


 その後。半年間、別の店でバイトをしたが、さすがに自分の置かれた現実を見て実家に帰ろうと思ったわけだ。

 田舎に戻ってバイトではなく、ちゃんと就職して人並みの生活を送ろう。そう思ったわけだ。

 

 実家に戻ると電話で告げたとき、両親は歓迎してくれた。それで今、僕は、こうして田舎に戻って来た。

 ローカル路線の駅を降りると、両親が車で迎えに来てくれていた。そして、家に帰る前に歓迎会として回転ずしの店に入って昼食をした。


雄二(ゆうじ)。これまで色々、あったかもしれんし、すぐには就職先が決まらんかもしれんが、絶対に腐るなよ。

 ハローワークには独立行政法人の職業訓練校の案内もあるし、そこに行って資格を取ってから就職する手もあるからな。

 ま、色々と道はある。だから、諦めるな。夢を諦めるのは良いけれど、一般的な生活を諦めるってことは人間として生きる道を諦めるってことだからな。」


 父は、心配して優しくアドバイスしてくれているけれど、今の僕には、これも結構刺さる。キツい。でも、父の言う通りココで心が折れて、人生を投げ出すわけにはいかない。

 僕はもう、バイト先を失って涙したあの日と同じ思いをしたくないんだ。


 そんなことを考えながら、寿司を食べてから店を出るときに、皿数をカウントに来た店員と目が合った。それが運命的な再開だとは誰が思うものか。


「あれ? もしかして・・・・・雄二か?」

「おおーーっ!! 康弘(やすひろ)やんかっ! お前、今ここで働いてんの?」


 康弘は僕の高校時代の同級生で、共に漫画を描いていたもの同士だった。僕が上京してからしばらくの間は連絡を取り合っていたけれど、僕が漫画を描かなくなっていくと、自然と疎遠(そえん)になって行った。

 なのに再会した康弘は、気兼ねなく。そして何よりも再会を喜んで声をかけてくれた。


「うん。雄二、俺19時までバイトだから、あとで話そうぜ。連絡してよ。」


 そう言ってお互いの連絡先を交換し合って別れた。

 正直、夢に挫折して田舎に帰って来た僕は、こんな自分を誰にも見られたくなかった。だけど、康弘も32歳にもなって回転ずしのバイトだとわかって、少し心が軽くなって、気負いすることなく再会を約束することが出来た。


 その夜。僕らはファミレスで再会した。

 その時、康弘は、僕より先に店にいて、席を取って待ってくれていた。そして、僕が店に入ると嬉しそうに持ってきていた一台のPC開いて見せた。


「見てくれ。俺の作品なんだ、感想を聞かせてくれっ!!」


 僕が店に着くと開口一番そう言った。


(こいつ・・・。まだ漫画描いていたんだ。)


 僕の胸に何かがグサリッと刺さった。その傷の痛みに僕は耐えかねていた。

 しかし、それでも自分の作品を見てもらう喜びを知っている自分は康弘の作品を見ないわけにはいかなかった。

 なによりも投げ出した・・・・いや逃げ出した自分と違って何かを生み出し続けていた康弘の努力を拒否することは出来なかった。

 

 しかし、開かれたPCの画面を見て僕は意表を突かれるのだった。


「・・・・え? これ・・・・・動画?」


 そう。そこに映っていたのは、簡素なCGアニメだったのだ。

 紙芝居的な絵に、安っぽいBGM 。聞いたことがない名前の声優さん。一話が3分足らずの動画だった。


 でも、小気味よい会話のテンポにクスリと来てしまう。そんな動画だった。


「凄い・・・・凄いよ。短いのにちゃんと面白いし・・・・・。これ、お前が作ったのか?」


 僕が正直な感想を述べると、康弘は嬉しそうに笑った。


「そうなんだ。SNSでさ、地元の人を募って集まって作ったんだ。少ないけれどちゃんと再生数も上がってきている。」


 誇らしげな康弘の笑顔が(まぶ)しかった。


「凄いな康弘は・・・・僕は、何も生み出せなかった。」


 落ち込みながら僕がそう言うと、康弘は目をまん丸に見開いて、驚いたように言った。


「何言ってんだよ。雄二は挑戦したじゃないか! ちゃんと学校へ行って漫画家という夢に挑戦した。それって凄い事なんだぜ! 出来ない奴の方が多い。自分を卑下するなよ。」


 そう言ってもらえるのは有難(ありがた)い。挫折(ざせつ)した者にとって自分の人生を誰か一人でも肯定(こうてい)してくれることほどの救いが何処にあるだろうか?


 やばい・・・。涙が出そうだよ。

 僕は、康弘の眼が見れずにPCの画面を凝視して、必死に涙をこらえた。だのに康弘って奴は・・・・。


「雄二、俺はお前が戻って来てくれてうれしい!

 これから、一緒に俺と作品を作っていこうぜ。お互いにネタを出し合って、絵を描き合って、一つづつ作品を作ってネットで発表していこうぜ!!

 なぁに、助け合っていけば、仕事しながらでもできることだ! 俺達の人生まだまだ、あと40年以上あるんだから、楽しもうぜ!!」

 

 なんて言ってくれたから・・・・・もう、ファミレスの中だというのに僕は号泣してしまった。


 それから2ヶ月後。僕は何とか地元の企業に就職できた。フォークリフトで倉庫からトラックに積み込む仕事だ。ハローワークでフォークリフト免許を取得できる技能講習会の案内をしてもらって見つけた就職先だ。

 今は、色々と覚えることが一杯だし、残業・休日出勤も多くてプライベートの時間を作るのは難しい。


 それでも僕は今日も笑って生きていける。

 仕事の疲れを忘れてしまうような生きがいを見つけたから。

 もし、康弘が僕と一緒に上京していたら、僕は挫折せずに漫画を描き続けられたかもしれない。でも、そんなことは今は問題はない。


 きっと、今。あの惨めな人生の思い出があったからこそ、康弘と共に絵を描く時間の大切さと喜びを満喫できるのだから。


 友人は良い。

 それが同じ夢を持つもの同士なら、これ以上の存在は、いないのではないだろうか?

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