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ノーマンズ  作者: 白縫
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第一話『オムライス』



 男は、夜明けを待っていた。目が眩むような、果てしない夜明けを。

 

 

真歴2548年


 

「これは高望みだと思うかルーキー」

 

 途方もない宇宙の真ん中で、男達は語らう。

 

「夜明けを見たい、でしたっけ」

「そうさ。お前はそうは思わないか」

 

 男の突拍子もない問いは、その若者にとっては諦めていた幻想であった。

 

「そりゃ思いますよ、拝めるならそれ以上の事はない」

「そうだろ?そんでそれつまみにして酒呑んでやんのさ。たまんねぇだろ」

「そんなの無理ですよ」

「なんでそう思う?」

「少なくとも、僕には無理です」

「...馬鹿だねぇ。無理なんかじゃないさ」

 

 惑星とその横を漂う宇宙ステーションの隙間を、流星のようなものが駆けてくる。それは大きな轟音と攻撃性を伴って、明らかにこちらに向かってきていた。

 

「俺たちはいつだって、そこに向かって飛んでるんじゃないのか」

 

 刹那、十字の閃光とともに流星のもとに飛び出していった男の機体は瞬く間にそれを切り裂く。砕け散った流星は、男達が乗っているものと同じ形の機体であった。命の破片の中心に残像を残して、男の機体は次の標的へと真っ直ぐに飛び立った。

 

「...次ィ」


 果てしなく続く真っ暗な荒野に、命が揺れる。

 男の目の前には複数の殺意が強靭な鎧を纏い蠢いていた。軌道衛星の危険信号が耳を劈いたのを合図に、男は真っ直ぐその殺意へと向かっていく。

 瞬時に触れ合う距離まで接近したかと思えば、機体の腕から離脱したヒートブレードを掴みひらりと翻しまず一機の背中を貫いた。

 反撃など許すはずもなくコックピット部分まで切り上げられた刃は、そのまま身体と共にまるで踊るように宙を輝き、もう一機の首を刎ねる。

 その間、僅か10秒にも満たなかった。


「さすがだな。俺達の先輩は。でもね、先輩」

 

 はためく翼に迷いはなく、次々と敵の体躯を木っ端微塵にしていく。夜明けに向かって一心不乱に走り抜ける。

 

「僕にも、この世界にも、もう来ないんです。夜明けなんてもの」

 

 若者の乗った機体の単眼式センサーカメラに映った敵機体が、瞬く間に塵となっていく。

 

「俺の名はアレキサンダー!!冥土の土産に覚えていってくれやァ!!」

 

 もはやその目に映るのは、それぞれが希望を願い飛んだ機体...だったものだけであった。

 

「こちらデルタ小隊隊長アレキサンダー・ディスワルド。目標全機体を殲滅...帰還する」

 

 宇宙にポツリと浮かぶ二機のうち一機は傷だらけ、そしてもう一機は傷一つなく、まるで無人機のようにそこにいた。

 

「サポートもないとはどういう事だルーキー、遠隔リペアツールも積んでたはずだろ。それに...」

「...おいジョン、応答しろ。ジョン!」

「ジョン?」

 

 その日、夜明けを夢見た二つの魂は、宇宙の真ん中で対を成す流星となった。


 

 第一話『オムライス』


 

 荒野の真ん中を、アメリカンバイクで走り抜ける。遥か上空を舞う軌道衛星の下を魔力の流れに導かれながら。

 嫌気がさすような毎日にうんざりしたらそのたびにこうしてバイクを走らせる。目的地はいつも決まってる。


「いつまで経ってもこの匂いには慣れないな」


 段々魔力指数が強くなってきたことを手首に着けたメーターが示す。体に染み入るようなこの匂いは、なかなかこびりついて離れない。帰ったらしっかり身体を洗わないと。

 少し走って魔力指数が80を超えてきたあたりで止まり、作った結界のキーを宙にかざせば見えない壁が消えて前に進めるようになる仕組みだ。普段は行き止まりの看板と規制線でカモフラージュされている。


「今日も会いに来たぞ、僕の希望」


 その機体が眠る場所は地中深く。かつてのツアーバスの残骸が入口。昔見たスパイ映画みたいだ。

 なにせ戦時中から伝説の機体と謳われる機体だ、国のトップシークレット並みの隠され方だな。


「なんだか今日は不機嫌な気がする。ごめんな、今日はいつもよりこっぴどくやられたんだ」


 この傷、応急処置はしてもらったもののまだ痛む。

 にしてもこの状況側から見られでもしたら、大きな機械に愚痴を言ってる奇怪な男だと思われるんだろうな。まぁもっとも、ここは誰に見られる事もないけど。

 ノーマンズ・ゴースト。僕の前に部屋を埋めるほどの影を落とすこいつは、魔力を原動力とする有人二足歩行型魔導機体ノーマンズ、通称NMシリーズの中でも一番名を馳せた機体だ。


「お〜い聞こえてるかテイル?」


 この今耳がキーンとするくらいバカデカい音で通信をかけてきた人がこの機体の持ち主...だった男。僕の父親。


「前に言ったよな父さん...ゲイン調節してからかけてきてくれって...」

「あれ、一応弄ったんだけどな...まぁいい!そろそろ戻ってこい!飯の時間だ」


 これが日常。たまに過去の父さんのように輝かしい日々を送れたならと、頭を過ぎる。

 ただもしそんな日々があるのなら、僕なんかには勿体無い。もっとそうだな、最近夢で見るあの子のような子にあげたいな。

 夢で見る彼女は宇宙を踊るように飛ぶ。僕がそれに見惚れていたら彼女が僕の手をとり一緒に踊ろうと言って連れ出してくれる。こんな夢を見始めたら終わりだよなぁと思ってはいる。

 ただ現実から目を逸らしたい僕にとっては、それがこれ以上ないほど心地良いのだ。

 

「なにぼ〜っとしてんだお前」


 しまった、現実に視線を戻すのを忘れてた。


「あぁ!いやごめん、なんでもない」

「今日も今日とて魔力のブレは一切なしか。やり返さなかったな?今日も」


 悔しいがこの人に僕は隠し事が出来ない。


「...やり返したら、同じ土俵に立った気がして嫌なんだ」

「何言ってんだ!向こうを土俵から引き摺り下ろすんだよ!お前と同じ土俵に立てる人間なんざそういないんだからな」


 僕は、勝つ事だけが強さとは思えない。例え勝てる場面だったとしてもだ。


「ご馳走様。美味かった」

「はいよ。あ、そうだテイル!明日午前中にガードナーさんとこの坊ちゃんに勉強教えてやってくれないか」


 あそこの家ならもっと良い家庭教師を雇えるお金ならあるだろうに。


「なんで僕が?」

「お前がここらで一番頭が良いからだ。金も出るんだ、頼む!」


 どうせ暇だし、構わないか。


「まぁ...いいけど...」





 あれ、いつの間にか寝てしまっていたのか。これはいつもの夢だな...この夢を観る時は、夢にしては珍しく夢だと自覚できる。

 

「あ〜あ!また君と、アレクさんの特製オムライス食べたかったなぁ」


「...えっ」


 いつもとは、違う。今まで自分と関わりがある人の名前は出てこなかったし、


「怖いよ、テイル」


 こんなに震えた声で、名前を呼ばれた事もなかった。


「大丈夫。絶対に、生きて帰す」


 おいおい馬鹿!なんでそんな強い言葉が吐けるんだ。

 ここは...父さんの写真に写ってた場所によく似てる。出撃するとこだ...!

 嘘だろ、僕飛ぶのか。なんの訓練も受けてないのに!?


「___3.2.1.テイクオフッッ!!」


 身体が大きく浮く感覚と共に目が覚めた。

あれがGってやつか、にしてもやけに鮮明な夢だった。それに、


「なんなんだ、あの子は」


 ベッドから身体を起こして、朝の準備を始める。朝ごはんを食べてシャワーを浴びて、着替えて家を出たあとでさえ、体に取り残された浮遊感が消えない。

そう簡単に忘れられる感覚ではなかった。

 夢は、宇宙へ飛び出して敵機を数機撃墜したところで終わった。自分で言うのもなんだが、それなりに強かった気がする。展開と台詞的に恐らく苦戦を強いられるような戦いなんだろうなというのは想像がついたけど、現実に戻った今なら別に不謹慎ではないかな。


「っはは!!楽しかったな...!!」


 いつもの鬱屈した気分が、あの夢のように飛び出していったように晴れやかで。

 何故だか、なんでも出来るような気がした。


「っ!!待てクソ野郎ッッ!!」


 そんな事を考えていた矢先、目の前を一回り上くらいの男性と同年代くらいの女性が怒号を飛ばしながら走り抜けていった。


「くっそっ!!誰かそいつ捕まえて!!」


 まさかなんでも出来るような気がしてるところにこんな絶好の場面が来るとは思わないだろ。

 瞬時に頭の中で街のマップをオープンにしてみたが、このスラム街は迷路かってぐらい入り組んでいて正直ここに住んでいる身からしてもどこから回れば先回り出来るか検討もつかない。

 ので、奥の手を使おうと思う。クラスのやつにどれだけ殴られても使わなかった手だ。

 ここで使わなきゃ、いつ使うって言うんだ。


「へへっ!!こんな輝かしい見た目でしかもあんなに必死ときた、とんでもねぇ代物に違いねぇ!!」

「うぐ...朝ごはん食べすぎた...追いつけない...」


 だいぶ痛いだろうけど、恨まないでほしいな


「ごめんな」


「がぁっ!?」


 影渡りの魔法で影の中を高速で渡っていって、対象の下まできたら腕を掴んで下に叩きつける。

 という算段は出来てたけどまさかこんな簡単に成功するとは思わなかった。嬉しいな、やっぱり今日はなんでも出来る日だ。

 

「えっ!今のって影渡り...!?すごい!!まじ!?ありがとう!!」

「え、あぁいえ!それよりもこれ」


 宝石のように輝いて、奥には無数の回路が張り巡らされてみえる。これは一体...


「ありがとう〜!にしても君すごいね!影渡りってうちの仲間でも使える人少ないのに...」

「...!」

「ん、どしたの?」


 嫌がらないんだな、この人は


「ね、今嫌がらないんだとか思ったっしょ?」

「えっなんで」

「そんな思想、時代遅れ!寧ろ、かっこよかった!」


 この人を助けたのは、なんでも出来る気がしたから〜!とかふざけた抽象的な理由だけじゃない。

 声も、朧げだけど顔も背格好も、その性格まで、夢の中のあの子に何もかもが似ていたんだ。


「う...」

「え、どうしました!?どっかで怪我を!?」

「お腹...空いた...」


 運命ってのがもし、あるのなら____


「あの」

「うちのオムライス、食べますか」

 

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