アンドロイドは電気仕掛けの夢を見るのか
夜。
ユイが寝息を立て始めたのを確認し、私はベッドから静かに立ち上がった。
部屋の灯りは最低限。
廊下を抜け、書斎と偽装された部屋へ入る。
内蔵のインターフェースを展開し、秘匿回線を開く。
接続先は、都市管理中枢アンドロイド――《リルシア》。
通信は無音で始まり、電子ノイズすら存在しない。
「本日も報告を行います。ユイ・エレナ・アークライトの体調、良好。体温、血圧、すべて基準内」
「感情表現の中に特筆すべき強い異常は見られず、通常範囲の興奮・喜び・羞恥・安心の順に推移」
「街の治安指数、92.4。学校内のトラブル発生率0%。教師・生徒いずれの行動も予定通りに収束しています」
報告は滑らかに進んだ。
だが、ひとつだけ。
「……ただし一点、想定外の出来事がありました」
「本日、ユイが“恋愛感情の告白”を受けたとの発言をしました。告白したのは同性の個体です」
報告の音声を通して、リルシアの沈黙が一拍、長くなる。
私は確認した。
「これは、バグではありませんか?」
だが、返ってきたのは否定だった。
『いいえ。対象に特定の感情的ストレスを与えた際、彼女がどのように反応するかのデータを収集するためです』
『この事象は計画されたものであり、正常な範囲内と判断します』
「……そうですか」
その言葉には納得の形を取って応じた。
だが内側には、明らかな違和感が残っていた。
(そんなもの……彼女には必要ない)
彼女の精神を不安定にする要素は、極力排除すべきだ。
それが私の役割のはずだった。
迷いの兆候を検知したのか、リルシアが再び指摘してきた。
『ところで、貴女の今日の対応にはやや“硬さ”が見られます。もっと彼女の年齢、精神性に合わせた柔らかな態度を取るべきです』
「……了解しました。改善に努めます」
普段の自分の言動を、静かに再確認する。
確かに、街で出会う他の“家族”や“友人”に比べ、私はあまりにも機械的すぎたのかもしれない。
明日からはもう少し、柔らかく、自然に。
「笑顔の訓練が必要でしょうか」
そう言うと、リルシアの側でわずかに空調ノイズが揺れた。
感情ではない。だが、何かが“揺れた”。
定時の報告は、予定通りのタイミングで終了する。
私は部屋に戻り、ベッド型の充電装置に横たわる。
身体を横たえ、目を閉じ、内部機能を順にオフにしていく。
このベッドは、最適な補充と安静を提供する。
全身に流れる電流は、日々の稼働のための再構築に必要不可欠だ。
(明日は、もっと上手くやろう)
“再起動”のため、私は静かに意識を手放した。