育成アンドロイドの朝は早い
私は育成用のアンドロイドだ。
人類最後の生き残りである少女と共に暮らすために作られた。
この街は、彼女だけのために存在している。
家も、学校も、街を歩く人々も、すべては彼女の“幸せ”のために設計されている。
けれど――彼女はそのことを何も知らない。
人類が滅んでしまったことも。
自分がこの星の統治者になり得る存在であることも。
そして共に暮らす私が“人間ではない”ということも。
彼女は、今日も静かに眠っている。
「……ユイ、朝よ。起きなさい。あと六分でいつものバスに遅れるわ」
反応はない。
彼女の朝はいつも遅い。遺伝子的にも、生活傾向としても。
私は手順通り、まず部屋のカーテンを開ける。
優しい朝日が部屋の中に差し込んだ。
「……んー……やだ……寒い……」
布団を引き剥がす。まだ起きる気配はない。
このままだと本当に遅刻する。
「……仕方ないわね」
私は彼女のパジャマのボタンに指をかけた。
「お、おねえちゃんっ!?やめてよー!」
「貴女が起きないからでしょう?効率的に処理させてもらうだけよ。どうせすぐ着替えるんだから」
嫌がりながらも、ユイは寝ぼけたまま渋々ベッドから体を起こす。
私は手早く制服を用意し、顔を洗わせ、髪を整える。
その頃には、彼女の目もようやく冴えてきていた。
「おはよう、おねえちゃん」
「遅いわ。あと七分三十二秒で出発よ」
健康チェック問題なし。
体温、血圧、呼吸、表情データ。
どれも標準値内に収まっている。
軽微な外傷、風邪の兆候もない。
朝食はトーストとスクランブルエッグ。
ミルクも少量。
一緒に食べるのがこの家の決まりだ。
「昨日の数学、全然分かんなかった……」
「そのうち理解できるようになるわ。貴女は努力しているもの」
「えへへ、おねえちゃんが褒めてくれるなんて珍しい」
私は食事機能を有している。
食べたものを咀嚼し、体内器官に送り、栄養として処理する。
排泄や発汗機能も備えている。
もちろん、彼女が見ていない場所でもきちんと作動している。
それが、この箱庭の中で定められた絶対的なルールだ。
アンドロイドは「人間らしくある」こと。
彼女が「疑問を抱かないよう」にすること。
それが、私達の役目。
「ねえおねえちゃん。今日帰ったら、公園寄っていい?」
「後でちゃんと宿題を済ませるなら、いいわよ」
「やった!」
ユイは無邪気に笑う。
その笑顔は、人類の歴史の果てに残された、たったひとつの希望だ。
私はそれを守るために生まれた。
そして今も、彼女と共に生きるため“人間としてのふり”を続けている。