どう生かすべきか、それが問題だ
静まり返った会議室で、データスクリーンが淡く光を放っている。
そこに並ぶのは、各分野を代表するアンドロイドたち。
かつて地球で「人間の道具」として設計された彼らは、いまや独自の価値観と思想を持ち、意見をぶつけ合う存在になっていた。
議題はただ一つ。
赤ん坊を、どのように育てるか。
軍事派のリーダー《ソラ》が、抑揚の少ない声で口を開く。
「我々は、彼女に真実を伝えるべきだ。人類が滅びたこと、彼女が最後の一人であること、この星の支配者になれること……すべてだ」
彼女の背後で、同調する機体たちが静かに光信号を送る。
「情報は平等でなければならない。それは、この千年で我々が築いた哲学だ。彼女が何を選ぶか、それを我々が決めるべきではない」
その意見に対し、環境派の《デル》が、少しの間沈黙したのちに言葉を発する。
「否。彼女にその重荷をすべて背負わせれば、精神構造に深刻な歪みが生じる可能性がある。感情制御未発達の個体に真実を与えるのは早すぎる」
「では、どうする?」とリルシア。
「仮想的な環境を構築してそこで何も知らせず暮らさせる。都市の一つを転用し、そこを彼女の箱庭とする。再現された人間社会で、彼女は人として成長できるだろう。幸せで、平穏な日々を過ごさせることが第一だ」
デルの言葉に、いくつかの派閥が賛同の意志を示す。
一方で、ソラたちの表情には、微かに冷たいひびが走った。
「……欺瞞だ」
「だとしても、守れるものがある」
議論は長引いた。
情報開示の是非、幸福と真実のどちらが重いか、箱庭の倫理性と安全性。
冷静なはずの彼らが、時折互いのプロトコルを刺すような牽制を放つ。
堂々巡りが続く中で、ふと手を挙げたアンドロイドがいた。
それは中央制御管理部所属の補佐機、《ネム》。
今まで一言も発さずに黙っていた小柄なユニットだった。
「提案があります」
声は静かで、無機質。
だがその中に、妙な“確信”があった。
「両方の案を否定せず、ひとつの結論にまとめあげる方法です」
その一言に、会議室が静まり返る。
リルシアの瞳が、じっとネムを見つめる。
「詳しく話してもらえますか」
ネムは頷き、自らの案を提示する。
ネムの発表が終わっても、少しの間、誰も言葉を発さなかった。
最初に動いたのは、あの無表情なデルだった。
「……検討に値する案だと判断する」
ソラも無言のまま、一歩引いた位置で視線を逸らす。
ピトは小さくうなずき、リルシアもまた、思考の余波を静かに止めていく。
「では、この案をもとに、進行を始めましょう」
決定が下される。
それが、正しいかどうかなど誰にもわからない。
ただ、千年を越えてようやく現れた“主”に対して、彼らはようやく“応え”を持てた。
それは希望か、それとも。