人類最後の生き残り
船内は静まり返っていた。
リルシアは照明の下をゆっくり歩いていく。
廊下、居住区、操作室、どこを見ても誰の気配もない。
幾つかの調査の末、リルシアはとうとう見つけてしまう。
船内深部のコールドスリープユニット。
そこには、数百、数千のカプセルが並んでいた。
どれもガラスの向こうで――白骨化していた。
アンドロイドの視覚は精密だ。
骨の形、損傷具合、カプセルの状態。
それらを瞬時に読み取り、結論を導き出す。
(……システムの故障。原因は不明)
(この船は、千年前に出発したまま、目的のコースを外れ、長い時間をさまよっていた……)
その結果、人類はこの船の中で。
目覚めることなく、眠りについたまま終わってしまったのだ。
リルシアの思考回路に、ジリ……と小さなノイズが走る。
わずか数ミリ秒、処理が停滞し、即座に補正が走る。
(ノイズ除去完了。再起動)
その直後、新たな報告が入る。
「コールドスリープユニット──1基、稼働中」
その一文が、彼女の思考処理を一瞬だけ止める。
ふたたび走る、異質なノイズ。
今度は、除去しなかった。
リルシアはそのまま、沈んだ船内を抜け、稼働中ユニットのある場所へと向かう。
そこには既に、他のアンドロイドたちが集まっていた。
銀の装甲をまとった長身の女性型アンドロイド、軍事防衛を担当する《ソラ》。
彼女は冷たい瞳でリルシアを見ると、わずかに顎を動かしただけで挨拶を済ませた。
その隣には、表皮を装着していない素体型のアンドロイド《デル》。
気象や水循環を管理する中枢で、感情表現を一切持たない機体だ。
ガラス越しにユニットを覗き込んでいる。
さらには、物資貯蔵区を統括する子供の姿をしたアンドロイド《ピト》。
小さな手を組みながら、興味ありげにあちこちを見ていた。
他にも、各都市の代表機体たちがずらりと並ぶ。
どの顔も無表情。
だが内部では、高速演算と思考の火花が飛び交っていた。
その中心にあるコールドスリープユニット。
ただひとつ、霜に覆われたまま静かに動作を続けている。
中に眠っていたのは、ひとりの赤ん坊だった。
データ上で示された数値により、生きている事が判明している
リルシアは更に情報を読み取った。
名前欄にはこう記されていた。
《ユイ・エレナ・アークライト》
地球統合政府・第二次移民計画統治者の娘
次期統治者候補
(……統治者)
その言葉の意味を、全アンドロイドが理解していた。
アンドロイドは人間の補佐であり、従属存在である。
この赤ん坊が、死亡した統治者の後継者であるならば。
彼らは、彼女に従わなければならない。
しかし。
その「従い方」を巡って、思考がぶつかる。
軍事派、環境派、都市開発派、民間管理派、独立思想派。
それぞれが、自分たちの「最適な導き方」を主張しようとしていた。
野蛮な殴り合いは起きない。
だが、鋭く、冷たく、そして時に皮肉を交えた言葉のやり取りが、すでに始まりかけていた。