98.醒めない
「ロクはかなりお酒を飲んでて、お酒の匂いがすごかったんだよ。それなのに、あなたからは何の臭いもない」
「渡者なんだから、臭い消しくらい持ってる」
「それは確かにあるかも。でもね、絶対にあなたがロクじゃないことはわかるよ」
イナトを壁際に寄せ、私は片手剣を空中から取り出す。こういう時、どこでも武器が取り出せるのは便利だ。
「なぜ?」
「ロクは私のこと、救世主って呼ばないもん」
その途端男は舌打ちをしてイナトめがけて針を投げた。それを私は剣で防ぎ相手に気づかれないように通信機のスイッチを押した。これでルーパルドかロクが気づいてくれるだろう。
「私の部屋近くまで来たってことは、私を殺しに来たの?」
「それ以外何があるんだ。お前を何度も殺せと依頼されている」
「……何度も?」
私が死に戻れることを知っていないとそんな発言はできないはずだ。死に戻りについて知っているのはナルしかいない。だが、ナルが私を殺すために人を雇うだろうか。私を殺す理由があるのだろうか。そもそも、なぜ私を何度も殺す必要があるのだろう。
「依頼者って誰?」
「言うわけないだろ!」
男は私が振りかざした剣を小さなナイフで受け流す。別の角度から剣を振ってみても、あっさり受け流される。手強い。
何度も剣を振ったがすべて受け流されてしまう。一度距離を置き、息を整える。ちょっと楽しくなってきた。
私は武器を剣からロッドに持ち替える。ロッドを振り氷の礫を相手へと投げ飛ばす。
「武器を切り替えただと? やはり救世主ってやつは不思議なやつだな」
氷の礫を砕き、その破片をこちらに返して来た。それを炎で解かし今度は足元から氷柱を出現させる。それも砕かれてしまうが、その砕かれたタイミングで私は風を起こし相手の体に破片を突き刺した。かすり傷しか与えられなかったが、当たっただけ良しとしよう。
「まさか1対1で戦えるなんて! 中ボスくらいなのかなぁ?」
「何訳のわからないこと言ってやがる! さっさと死ね!」
距離を勢いよく詰めて来た男。だが、私には回避時に役立つスキルを持っている。音が鳴った瞬間避けロッドで頭を叩いた――と思いきや男はすでに私の背後に回っていた。
もう1回避けるぞと意気込んでいたところでロクが現れ、男を思いっきり蹴る。男は受け身も取れず壁へとぶつかった。ぶつかった衝撃か廊下は煙でいっぱいになってしまった。これでは男がどのような状況か把握できない。
側まで来ていたロクのローブを掴み、私は声をかける。
「ロク! 助けに来てくれたんだね」
「悪い、遅くなった。それにしても楽しそうに戦ってたな」
「1対1、楽しいよ!」
「それなら俺とも今度死合ってくれ」
「時間あったらね〜」
壁にぶつかった男をロクは拘束しようと男へと近づく。私もその後をついて行ったが、なんと男はすでにその場にいなかった。
「また逃げられちゃった……」
「逃げ足が速いな」
ひび割れてしまった壁や床をぼんやりと眺めてみた。だが、何かわかるわけもなく首をひねる。今回も壁抜けだろうか。そもそも今回の相手は自称渡者だったのか、それとも別だったのか――。
そんなことを考えていると「おーい」と遠くから声がする。この声はルーパルドだ。
「どこの客間かわからず迷ってました……。無事みたいでよかったです」
「執事でも呼べばよかっただろ」
「いや、そもそも使用人が休んでる場所も知らねーよ」
「それもそうだな」
納得したように頷くロク。その様子に苦笑いを浮かべつつ、ルーパルドは壁に寄りかかっているイナトを見て驚いた表情を見せた。
「……団長、まさか寝たままなんです?」
「うん。イナトって1回寝たら朝まで起きないタイプなの?」
「いやいや、そんなわけないじゃないですか。遠征時は誰よりも敏感で、寝ている姿を見たことがないと言われるほどの人ですよ? 流石に起きないなんておかしいです」
「じゃあ、お酒のせい?」
「その可能性はあるかと……。とりあえず団長は俺の部屋に寝かせておきましょう。場所知らないし」
イナトを軽々と担ぎ、ルーパルドは歩き出す。
「まだ3時ですし、少しでもいいから寝ておいてくださいね。陽が昇ったらまた話しましょう」
「おい、リンを1人にしておくのもどうなんだ? さっき襲われたばかりだぞ」
「あー……それもそうか。いつも食事を用意してくれてる部屋でいいですか? 正直どこにいればいいのか俺も知らないし」
「箱の中は?」
「それもありっちゃありだけど、箱についてここの人達に教えてませんし、突然人が消えたと思われるのはちょっと」
「なるほど。じゃあ、そうしよう。」
部屋へと到着し、ソファにイナトを寝かせた。起きる様子はなく時折、嬉しそうに笑っている。どんな夢を見ているのやら。
ロクは部屋の扉を閉め辺りを見渡し、私を見た。
「俺はこれから統括者に会いに行く」
「私もついて行っていい?」
「ダメだ。統括者がリンを好きになる可能性がある」
「どうして?」
「女好きなんだ。しかも強い女はさらに好きだ」
だからダメだとロクに強く言われてしまった。だが、ロクに初めて強い女と言われて、私は内心喜んだのだった。




