96.お酒
ロク以外一切料理に手をつけていなかったため、シェフに夜食を用意してもらった。
なお、たらふく食べたはずのロクも「俺も食べる」と言った。小さくカットされた料理ばかりだったため、食べた気がしないらしい。でも胃袋に入ってはいるはずだろうに……食欲旺盛なものだ。
「どれもこれも今日会場で見た料理のような……」
「はい。セヴァスチャンに聞いて数は少ないですが、同じものを作らせていただきました」
「気になってたものもある! 嬉しい〜。ありがとうございます」
魔物と家畜のブレンド牛やバナイップルしか食べさせていない甘い豚肉を使った料理。そんなちょっと普通じゃ食べられないような食材が使われていた今日のパーティー。
食べてみたかったが、万が一を考えて我慢していた。それがまさかセヴァスチャンのおかげで味わえるとは思いもしなかった。
「酢豚にバナイップルしか食べてない豚を使ってるんだね。お肉が甘くて柔らかい」
「こっちの魔物とのブレンドの牛肉は黒くて見た目食欲をそそりませんが、食べ応えがあって美味いですよ」
「どっちも美味い」
あれもこれもと目を輝かせて食べる私達の姿を、イナトやセヴァスチャン、メイドは微笑ましそうに眺めていた。
「イナト、食べないとなくなっちゃうよ」
「僕は救世主様が食べている姿を見ているだけで胸がいっぱいになってきました」
「……腹は膨れないだろ」
ロクがそう突っ込むが、イナトは気にせず私を見つめ甘い雰囲気を漂わせていた。隣にはすでに空になっているワインボトルがある。
「もしかして1人で1本飲んだ?」
「俺達は食べ物ばかりで酒は一口も飲んでないですし、そうかも」
「酔ってるってこと?」
「酔ってません」
そう言いつつもイナトの顔は赤く、表情は緩みっぱなしだ。説得力が無さすぎる。
というか空きっ腹にお酒はよくない。何か食べさせた方がいいかもしれない。
「お酒飲むなら少しは食べといた方がいいよ。何食べる? 取ってあげようか」
特に何も言わないイナトをよそに、私は適当に料理をお皿に乗せる。イナトの前に置いて食べるよう促すが、一向に食べる気配はない。
流石に私が食べ物を口に運んでやれば恥ずかしがって食べるだろう。そう思ってフォークに刺した食べ物を口元へと持っていくと、躊躇うことなくそれを食べた。
「だ、団長が人の手を借りて食べた!? 絶対安静だと言われたあの時でも自力で食べたあの団長が!?」
「もしかして相当酔ってる?」
1人で盛り上がっているルーパルド。騎士の誰かに話したいと何度も呟く。だが、ルーパルドに連絡手段はないらしく、もどかしいとも騒いでいる。そんなルーパルドにさえ何も言わずニコニコしているイナト。ちょっと怖い。
「イナト様にこんなにも気を許せる女性ができたのですね」
ホロリと涙を流すセヴァスチャン。ちょっとリアクションがオーバーすぎる気もするが、それほどまでに今までイナトは女性を避けて生きていたのだろう。そう思うと少し同情してしまう。
とりあえずイナトのためによそった分だけでも食べさせておこう。飲み込んだのを確認してからイナトの口へ運ぶ。イナトは気にする様子もなくそれを食べ続けたのだった。
◇
机に突っ伏して眠ってしまったイナトはルーパルドがおぶって部屋へ。セヴァスチャンもイナトの世話をすると言うことでルーパルドと一緒に行ってしまった。
残ったのは私とロク、メイドだけ。ロクはワインを少々、つまみをバクバクと食べている。
「私も片付けてきますね」
「はい。夜遅いのにありがとうございます」
「とんでもございません。お2人はゆっくりしていてくださいね。もしご用があればそこのベルを鳴らしてください」
テーブルの上にある呼び出し用のベル。まだ一度も鳴らしたことはないが、遠くにいても気づくほど音が大きいのだろうか。
「それでは」とメイドはお辞儀をしてテーブルにあった食器を全てキッチンワゴンに乗せ、部屋から出て行った。
「ロクはお酒強いんだね」
ワインを片手につまみを食べていたロクに私は話しかけた。ロクは口に入れていたものを飲み込んだ後、私を見て頷く。
「これも修行した。酒に溺れる渡者はアホだと言われたからな」
「でも、体質的に厳しい人もいるんじゃない?」
「そうだな。そういう時は酒を飲む前に相当苦い薬を飲んでる」
その苦い薬とは、解毒剤としても使われる薬草から作れるものらしい。作り方を教えてもらえれば、いざという時役に立つかもしれない。
「それ、作り方教えてもらえる?」
「構わない。……が、その代わり俺に何をくれる?」
ワイングラスを置き、迫ってくるロク。咄嗟に椅子から立ち上がり距離を取ると、ロクも椅子から立ち上がった。しかしその場で立ち止まったままじっとこちらを見つめている。
「いつも通りお金じゃダメなの?」
「お金ばかりもらっても使い道に困る。今回は別のがいい」
ゆっくりと歩いてくるロクから逃れようと扉に手をかけたが、その時にはもうロクが背後に立っていた。近いこともあり、かなり酒臭い。
扉と挟むように私の手はロクの手に包まれた。あれだけワインを飲んでいたのに手は冷たい。背後から感じる吐息に、私に落ちている影に、どうも落ち着かない。
「団長ってば寝かせる時まで、救世主様〜とか言ってるんだけど――て、何してんだ渡者。抜け駆けか?」
逆の扉からやってきたルーパルドは、私が扉とロクに挟まれているのを見て動揺しつつも笑っていた。
「いいだろ。お前だってパーティーの時にイチャイチャしてたはずだ」
「ちょっと話してただけでイチャイチャなんてしてないぞ。俺は無理強いしない」
説得力が無さすぎる気もするが、あれは呪いのせいだしまあセーフ……なのか?
「今すぐ離れろ渡者」
「嫌だ」
これが修羅場ってやつかぁ。




