89.男爵について
夜中だというのに誰も不満を漏らすことなく起き、メイドの素性やどこから入り込んだのか調査が始まった。
その時、イナトに1人で何故出歩いたのかと叱られてしまった。ルーパルドが宥めてくれたおかげですぐに解放されたのがせめてもの救いだろう。
と言っても、ルーパルドにまで後でしっかり話を聞かせてくださいね。と笑顔で言われたので、後で何かしら言われそうだ……。
メイドになりすましていた渡者は、かなり前からここで働いていたメイドだという。どうやら内部情報を手に入れてデボラに売っていたらしい。
だが、イナトの情報がほしいだけのデボラは、どれだけ有益な情報でも全て読まずに捨てていたのだとか。そのためこれまで情報が漏れていたことさえ気づけないでいたと。
加えてイナトは騎士学校に通い始めてから家にあったものは全て持ち込みまたは処分していた。したがって、イナトに関する情報は、ここに住み込みで働いている執事やメイドくらい。プロ意識の高い者ばかりだったため、漏れる情報など高が知れている。
そんなこんなで年月が経ち、無害にしか見えないメイドとしてずっと仕事をこなしていたのだ。
「なんか可哀想に見えてきたね」
「同情しないで。さっさと終わらせてよ」
「どうする? 有能ではあったんでしょ?」
不快そうな表情をする元メイド。私が処罰を決めるのは違う気がし、イナトへと問いかけてみた。イナトは難しい顔をした。
「だからと言ってスパイをそのまま雇うのはいかがかと……。お前はデボラ嬢の情報は持っているか?」
「ええ、数えきれないほどあるわ。あの人はおしゃべり好きだからね」
スラスラと話し始める元メイド。例えばイナトやイケメンたちを住まわせる用の部屋がたくさん用意されていること。イナトの隠し撮りを部屋中に貼りまくっている隠し部屋の場所。加えて私が一緒に写ってしまったものは、顔だけ自身の顔にすげ替えているとかいないとか。
「安心して。ゲムデース街に滞在していた時のしかないわ」
ずっとストーカーはされていないようだが、「そんな使い方をすればすぐにお金が底を尽きてしまう」と兄に怒られたというエピソード付き。お金さえあればずっとつけられていた可能性があるようだ……。
他にもイナトに恋心のある者を徹底的に潰したり好き放題。それでも悪事が露呈して捕まらないのは、部下に全て適当な理由をつけて責任を押し付けているからなのだと。
渡者も自分ではなく部下に雇わせていることもありそこは徹底されているらしい。なお、これも兄の提案なのだそうな。肉親が捕まって自身の評価まで下がってしまっては困るという単純な話らしい。結構ドライなのかもしれない。
「お兄さんは今回のパーティーには参加する?」
「ええ、もちろん。きっと貴女に一目惚れしたから結婚してほしいと言ってくるわ」
「使えそうなものはなんでも取り入れるってことかぁ」
兄の名前はゼヴリン。灰を被ったような燻んだ水色の髪でオールバック。シルバーの瞳をしており、いつも眉間に皺を寄せ目つきが鋭い男。
ゼヴリンは救世主を利用し自身の地位をもっとあげるつもりらしい。実際には、一目惚れするような男ではないほどに冷徹で打算的。人を寄せ付けない雰囲気を纏っている男だと言う。
「イナトは会ったことある?」
「ええ、まあ。ですが、挨拶程度しか交わしたことはありませんね」
丁寧に挨拶はするが笑顔は作らず。周りに何を言われても動じない姿は20代とは思えないほどの威厳を感じられるとか。
……老け顔って言われるタイプじゃないかと思ったのは私だけだろうか。オールバックで目つきが悪い。おまけに威厳があるなんて。会う前に私の中でイメージが固まってしまいそうだ。
「ちなみに、デボラ様はイナト様の髪色に近づけようと、あたしにイナト様の髪の毛を取ってこいとも命じていたわ」
「か、勘弁してください! 髪を金色に染めたというだけで僕色に染められたなどふざけたことを言っていたのに」
これ以上寄せてほしくないイナトとしては寒気がする話。イナトは元メイドから距離を置き、嫌悪感丸出しだ。ルーパルドはその様子を見て苦笑いを浮かべた。
「一体何をしたらあんなに好かれるんだか」
「デボラ様は男爵になったばかりの頃、かなり苦労されたと聞いてるわ。その時にきっとイナト様の優しい言葉をかけられて落ちたのよ」
なんて罪な男なのかしら。と鼻で笑う元メイド。ルーパルド「はは……」と乾いた笑いを出した。イナトはただ顔を歪めている。
「……もういいか? よければ俺がこいつを処理するが」
「ロク、落ち着け。セヴァスチャン、地下牢に入れておいてくれ」
「かしこまりました」
元メイドを連れてセヴァスチャンは部屋を出た。
一緒に仕事をしていただろうメイドは口を紡ぎ下を向いている。きっとショックなのだろう――と思いきや勢いよく顔を上げた。
「ということは、私が救世主様の付き添いをしても!?」
「え? 今その話する?」
私の世話を甲斐甲斐しく焼いていたメイドは、好機到来とでも言いたげにイナトを見つめた。イナトは一瞬なんのことか固まっていたが、パーティーの付き添いのことだと気づき、頷いた。
「もちろん構わないが、ハメを外すなよ……」
「はい!」
よろしくお願いしますねとメイドは興奮気味に私へと握手を求めたのだった。
マイペースすぎるよ。




