63.地下の維持費
箱で休憩をとった後、すぐに滝裏の洞穴へと入る。
冷えて湿った場所だ。黒スライムでもいるのではないかと少しだけ不安になる。
奥に進むにつれ、光が入らなくなってきた。先頭を歩いてくれるイナトが獣避けを持ち、更に奥へと進む。
すると、独特な臭いが漂ってくる。獣の臭いだろうか。所々に鳥の羽や獣の毛などが落ちている。
「獣の住処か?」
ロクは顔を歪ませ鼻を摘んだ。
そうなるのも仕方ない。奥に行くほど悪臭がし、呼吸もままならない。この状況で鼻を摘むなと言う方が無理だ。
「……微かに声がしますね」
耳を澄ませてみれば、呼吸や少しの鳴き声が聞こえてくる。洞穴のボスだろうか。
音を当てないようにゆっくりと歩き、曲がり角でイナトは火を消し角から覗く。
私もイナトの側から覗き込んでみた。
どこから光が入り込んでいるのか、私達が進んできた道と比べて明るい。その光の中には大きな獣が寝ている姿があった。その獣は檻に閉じ込められていて、足は鎖が巻き付けられている。
「何のために捕まえているのやら……」
イナトは怪訝な表情を見せた。ただの獣であれば捕まえて檻に閉じ込めることはないだろう。もし人を襲う獣なら殺していそうなものだ。
「貴重な獣とか?」
「あれはそこら辺にいるウルフと一緒だ。違いがあるとしたら、額のバツ印と大きさくらいだな」
普通のウルフよりも少し大きく、額にはバツ印。大きいからと捕まえておくほどのものではないと言う。
「……何かいる」
ロクが気配を感じそう口にした途端、壁から男が現れた。男は角が生えていて、爪も含め指先が黒い。普通の人間でないことは確かだろう。
「あれは魔族だな」
小さな声でロクは言う。そう言えば魔王を倒すのがこの世界の救済方法だった。あまりにも出てこなかったから獣や魔物を減らす旅なのかと勘違いするところだった。
初めての魔族に私は対話ができるのか、見つかったらすぐ戦闘が始まるのか――そこが気になって仕方がない。
そんなことを考えている私に見られているとは気づいていない魔族。ウルフに生きたネズミや小鳥を食べさせている。ほとんど丸呑みなおかげが気持ち悪くなることはなかった。
「神殿の地下を保護するためにお前をここに放り込むなんて、人間も嫌な奴だよなぁ」
食後のウルフを撫で、ウルフは魔族の手を舐める。なかなかの信頼関係のようだ。
いや、そんなことよりも神殿の地下を保護するためだと言っていた。救世主専用洞窟の保護には魔力が必要ということか。
「魔力いるの?」
イナトに小声でそう聞けば考え込んでいる顔つきになった。魔力とは聞かされていないようだ。
「ゲムデースでは信仰心により地下を保護していると聞いています。それは表向きなのかもしれませんが――」
「金髪男くん、正解だよ」
いつの間にか私達の背後に立っている魔族。距離を取り武器に手をかけたが、魔族は気にすることなく言葉を続けた。
「魔法が使えなくても、人は誰もが僅かながら魔力を持っている。その魔力を信仰心として神殿はいただいているのさ」
神殿に訪れる人間や、神殿の人間。神殿や洞窟の維持には膨大な魔力が必要となる。にも関わらずこんな辺鄙なところに神殿を建てたせいで信仰は足りない。そうなると魔力は集まらず、洞窟を固定しておけなくなる。
だが、洞窟を固定できなくなるということは、他の神殿に劣るということ。スタート国はそれを許さない。しかし信者が集まる兆しもなく、かえって減る一方。いつしか信者はいなくなり、神官はやむなく膨大な魔力を蓄えていた大きなウルフを地下に縛りつけた。
「自分達の仕事をせず、獣に押し付けるなど……」
イナトはありえないとでも言いたげだ。だが、実際目の当たりにしているので、何も言葉が出ない。
「そんなことよりも君、魔王様の愛してた人そっくり! 生まれ変わりなの?」
「え、何? なんのこと」
魔王の繋がり欲しくて無理やりな設定をつけていたのだろうか。
そもそもこのゲーム、何人攻略可能な男がいるんだ。多すぎて覚えられる気がしない。
もしかしたらスミスや他の街や村で会った男全員、フラグが立つのかもしれない。このままでは魔族もあり得る。
「こうしちゃいられない、魔王様に報告だ」
大きなウルフを置いて、魔族は壁に消えていった。
「あれはいい魔族?」
「よくわかりませんが、魔王の部下という時点で倒すべき相手です」
イナトは躊躇うことなくそう言った。ゲムデースの敵は誰であろうと敵。とてもシンプルだ。
「話せるんなら、魔族と手を取り合える可能性もあったりしません?」
ルーパルドは戦わなくて済むのならその線でいきたいようだ。私もルーパルドと同じ意見だが、イナトは不思議そうにルーパルドを見ている。
「魔族を受け入れて滅ぼされた街を覚えていないのか? 騎士の人間は全員歴史の授業で聞いているはずだが……」
「え……いやいや! 覚えてますって! それでも今回は救世主さまもいますし、いける可能性はあるでしょ!?」
覚えていなかったのだろう。ルーパルドは慌てて頷き、私を指差す。
魔王と関係のある設定かもしれないし、友好関係を結べる可能性は0ではないだろう。
しかし、本当に可能なのかどうかは、わからないが。
「そんなことより、洞窟に入るんだろう? さっさと済ませよう」
ロクの興味は魔族との友好関係よりも、洞窟の敵のようだ。
「その前に捕まってるウルフ、助けられないかな?」
「いま解放するのはやめておきましょう。洞窟が消えてしまっては元も子もない」
「それは、確かに……」
檻の中にいるウルフをチラリと見てみると、お腹が満たされたからか、ぐっすりと眠っている。苦しそうにしている風もないので急ぐ必要はないのかもしれない。
「後で解放してあげるからね」
眠っているウルフに声をかけて、私は1つ目の洞窟に足を踏み入れた。




