35.待ち人
帰ってこないイナト。
暇で暇で仕方ないルーパルドは立ち上がり、飲み物を買ってくると離れた。
ロクと2人きりになったが、特段先程と変わることもなく。
無言でロクと一緒に噴水を眺めていた。
のどかだなぁと思っていると、視界の端についさっき見た顔があった気がした。
だが、ミマはイナトと話し合っているはずだ。
まさかここにいるなんてあり得ないだろうと気にしないことにする。
ベンチに座っている私達を通りすがりに見ていく人々。
時々、「救世主様」と手を振ってくれる人もいた。悪い気はしないので手を振り返すが、隣のロクを見てそそくさと去っていく。
その度にロクの様子を確認するが、無表情のまま噴水を見ているだけだった。
――待てど暮らせどイナトもルーパルドも帰ってこない。
暇つぶしをしようと私はメニューを開こうとしたが、ロクが私の肩に頭を乗せてきた。
「眠い?」
「人が多いところは慣れていない」
元々色の白い方だったが、今は青白く見える。
もう少し様子を見ようとしたら、ロクはフードを深く被り、目元を隠してしまう。
諦めて噴水を見つめつつ、ロクに話しかける。
「でも、主人と一緒にいるなら街中もよく行くものじゃないの?」
「前の主人は人混みを好まなかった」
「そっか。負担なら箱に居てもいいんだよ?」
「いい。主人の側を離れないのが渡者の制約だ」
「証を返したら自由になる?」
「返されたらまた主人を探すだけだ」
「難儀だなぁ」
持っていた水をメニュー画面から探し出し、ロクに渡そうとする。しかし、飲みたくないのか受け取ろうとしない。
私が口元まで水を運んであげるとやっと飲み始めた。
ある程度飲んだところで水を片付けて、また2人が帰ってくるのを待つ。
「イナトとルーパルド、まだかなぁ」
「素敵ぃ!」
「び、びっくりした……。イナトとの話は終わったんですか?」
背後の茂みから突然現れたミマ。
私とロクを交互に見た後興奮気味に、忙しなくメモ帳にペンを走らせている。
「イナト様と? 会ってないわよ? 行き違いのようね。……そんなことより! 貴女たちの関係とか性格とか、色々教えてくれない?」
「私もですか?」
「その方がインスピレーションが湧いてくるのよ! お願い」
言われるがままに質問に答えた。
ロクも少しは良くなったのだろう。私の肩から頭を上げいつも通りのように見えた。
ロクは答えられる範囲のものはスラスラと答えていた。無理に答える必要はないという前提だが、出し渋る様子もない。
あまり答えたくないタイプだと勝手に思っていたが、案外秘密はないのかもしれない。
「ありがとう! 書けたら送らせてもらうわね」
「お構いなく。イナトに何言われるかわかりませんし」
「あらあら、貴女もイナトには敵わないのね。でも、貴女なら少し強引にいけば大丈夫よ」
何が大丈夫なのかわからないが、参考にしよう。私は頷き感謝を述べる。
ミマはそれを見て満足そうに微笑み「2人が帰ってくる前に逃げなきゃ」とウインクを1つして去って行った。
嵐のような人だなぁとミマが見えなくなるまで目で追った。
ミマがいなくなって少ししたら、ルーパルドは両手が塞がるほどの荷物を抱えて帰ってきた。
「ごめん、遅くなった。美味そうなの探してたら思ったより時間経っちゃって……」
そう言いながら私には甘いココア、ロクにはカプチーノ。ルーパルド自身はブラックコーヒー。
「好みわからなかったんで、チョイスは適当です」
「俺は甘いのが好きだ」
「じゃあ私のと交換しようか」
「いいのか?」
「甘いのも苦いのもいけるので」
僅かに口角の上がっているロクを微笑ましく見る。
それが気に食わなかったのかロクは私から顔を背け、ココアを啜る。
「よかったらお茶請けにどうぞ」
ルーパルドは飲み物以外にも甘いからしょっぱいお菓子を買ってきてくれた。
好きな物をつまみつつ寛いでいると、やっとイナトも戻ってきた。
ルーパルドはすかさず「どうぞ」とカフェラテを手渡した。
「ああ、ありがとう」
カフェラテを一口のみ息を吐く。
私とロクの膝の上に広げられたお菓子を見て、イナトは柔らかく微笑む。
「団長も好きなのをどうぞ」
「いただこう」
選んだのはかなり苦めのチョコレート。
そう言えば苦いのが好きって言ってたなぁと平然と食べるイナトの姿を眺めた。
「イナト、ミマさんに会えた?」
「いえ。僕が着いた頃にはもう家にはいませんでした」
ということはミマは早い段階で家を出て、私達の様子を見ていたようだ。
「手紙を挟んで戻ってきましたが……正直不安しかありませんね」
「でも、これ以上言ってもあの人、聞かないでしょ。それは団長が1番わかってるかと」
「そうだな……」
イナトとルーパルドはミマの性格をよく理解しているのだろう。苦虫を噛み潰したような顔だ。
「救世主様、もし嫌なことがあれば遠慮なくイナトにお申し付けくださいね」
先程険しい顔をしていたのが嘘のように、イナトは爽やかな笑顔で私を見てそう言った。
「ありがとう。そんなことがないことを祈るよ……」
「僕もです……」
鬱屈な気分を紛らわすようにイナトはまた苦いチョコレートを一口食べた。




