32.欲しいものは早めに買っておこう
すでに売れてしまっているものを除いて、本の回収を終わらせた。イナトはやりきったとスッキリ顔。
しかし、愛読していた女性達はさめざめと泣いている。
これではまるでイナトに全員振られたかのような光景だ。
「……それで? 回収した本はどうするんです?」
「箱で燃やしましょう」
イナトは本が詰め込まれた袋を忌々しそうに眺めている。
その様子をただただ苦しそうに見つめる人々。
先ほどまでは女性しかしなかったが、いつの間にか男性も混じっている。女性人気に留まっていなかったようだ。凄まじい力だ。
それと同時に少し内容に興味が湧く。
「本当に全部燃やすの……?」
「何故救世主様まで悲しそうな顔をするんですか? まさか読みたい、と?」
「いや、そこにいる人達が可哀想に見えちゃって」
まだ買えていなかったのかそれとも今後新作が出ないことを察してなのかはわからない。だが、作品を愛していたことはひしひしと伝わってくる。
「…………」
チラリと集まっている人達を見て、苦い顔をするイナト。
だが、この本を渡すということは救世主の風評を売ってしまうのと同義。
「やはりダメです。燃やします。それと、早く作者を探して続編を書くことを禁じなくては」
イナトは顎に手を添えて考え込む。
どう処理するか、どう作者を見つけるのか。今はきっと頭の中でベストな答えを考えているのだろう。
その隙に私は泣いている人達の方へと歩み寄り小さな声で言う。
「少しだけにはなりますが、イナトの目を逸らします。欲しい方はその隙にどうぞ。ただし、転売や他の人に渡すのはやめてください。無料でもダメです。あと、これはフィクションだと理解して読んでください。いいですね?」
その場にいた人達はこくこくと嬉しそうに頷いた。これで少しは私のイメージも変わるだろう。多分。
「ロク……」
「ああ、リンが言うのならそうしよう」
意図を理解したロクは袋の側で立つ。
イナトはロクを気にせずああでもないこうでもないと難しい表情。
私はイナトの側に行き、声をかけた。
「イナト、ちょっといい?」
「どうしました?」
腕を引っ張りイナトを引き離す。強引だが、特に理由も思いつかなかったのでしょうがない。
背後から「きゃー!」と黄色い声が聞こえたが、ロクが本を渡してくれているのだろう。
イナトが悲鳴に振り向きそうになったところで慌てて角を曲がる。
「どうしたのですか? あちらにいる人々に聞かれたくないことでも?」
「や、あの……ただイナトと2人きりになりたかっただけだよ」
「え?」
「ごめん、なんでもない。戻ろう」
イナトと一緒に先ほどいた場所へできるだけゆっくりと戻る。
するともう人の姿はなかった。袋1つ持たせたのだろうか。1つ分袋が消えている気がする。
ルーパルドとロクがそれぞれ袋を持ち私を見ていた。
「さっさと箱に入れていきましょ。さっきみたいな目で見られるのは懲り懲りですから」
ロクがルーパルドに何か説明でもしてくれているのだろう。イナトが袋の数を気にしないようにしてくれている。
私も袋を手に持ち(と言っても持たされた数冊しか入っていない袋だが)、箱を開けた。
箱はいつも通りの爽やかな景観。
それに負けないほど爽やかな笑顔でイナトは言う。
「では燃やしましょうか」
――パチパチと音を立てて燃える本。
「これで焼き芋焼けそう」
「焼き芋……」
ロクはすぐさま家へと入り芋を数個持って帰ってきた。
「渡者……まじで焼くつもりなのか?」
「焼かないのか?」
「焼こうか。イナトとルーパルドも食べる?」
「……そうですね。いただきます」
「俺ももちろん食べますよ」
人数分の芋を本と一緒に入れていき、燃え上がる炎をじっと眺める。
自分をモデルとした本を焼いて、しかもそれで焼き芋を焼くことになるとは思いもしなかった。
この世界でいろんな初体験に出会えるものだ。
焼き芋を取り出して、皆で食べながら本を次々と燃やしていく。かなりの燃え滓が生まれそうだ。
ちなみにこの箱を頻繁に使っていてわかったことがある。
この箱の中では物を散らかしたまま放置していても、また次箱に入る時には元通りになっているのだ。
どういう原理かはわからないが。
その謎原理を利用して、今本を燃やしているわけだ。燃えた残骸もきっと次来た時にはなくなっているはずだ。
「これで全部焼いた?」
「はい、焼けました。これでもう安心ですよ。救世主様」
本の山は跡形もなくあっけなく、燃え滓となった。
救世主の風評はこれから落ち着つき、私達は焼き芋を食べられて一石二鳥ということで良い〆となった。
と言いたいところだが、これで一件落着とはいかない。
「イナト、表紙に描かれてた絵のことなんだけど聞いてくれる?」
「なんでしょうか」
「救世主の絵が、どれも私の見た目と似てたから気になったの。イナト達の容姿も類似点が多いし……まるで私達を見て描いたみたいな」
「ということは、この地域に本当に伝書紙を渡している者が?」
「その可能性が高い気がする」
小説の中身も外の人が書いている可能性も勿論あるのだが、それは今の時点で断定はできない。
「ではまず伝書紙のやりとりをしている者を見つけましょう」
「え、あれって見つけられるの?」
「伝書紙は誰でも使える魔法ではありません。基本は伝書局へ持って行き、専門の者がまとめて送っているんです」
この世界にも郵便局のようなものが存在しているようだ。
一部の人は例外で、直接手紙を送ることができるのだそう。その一部に含まれるのがイナトだ。
万能すぎる、この男。




