152.魔王討伐
ナルから心配の手紙は続き、最後は「今からそっちに行くから動かないでね」とだけ送られてきた。
待っていると突然空に穴が空き、そこからナルが降ってきた。
すごい! なんてことを言うつもりでいたが、地面に着地したと同時にナルに睨まれてしまった。
「魔王が相手だからってここまで死ぬものか? 動きを見て死に戻ったらいいやなんて思ってるんだろう? 確かにこの世界にいる僕らには君の死はメリットでしかない。でも、君にとってはデメリットのはずだ」
ナルは一気に言葉を吐き出して、大きく息を吸い込んだ。
「馬鹿なんじゃないの」
最後の最後にストレートに怒られた。私が謝罪をするとナルは呆れた表情を私に向けた。
「魔王倒しに行くよ。もう死に戻り体験したくないんだから」
「便利って言ってなかったけ?」
「僕、そんなこと言った? もう昔の話は忘れたな。ほら、歩く」
そうして魔王の前にまた私達は立った。
「魔王を倒すまで立ち向かうつもりか? 殊勝なことよ」
まるで死に戻りを知っているかのような口調だが、魔王は私が死に戻った回数しかわからないらしい。
だから私や仲間の動きを覚えられてしまうことはない。
今度はナルを仲間に入れての戦いだ。きっといない時よりも戦闘体験は良くなるはずだ――
ナルが参戦してもなかなか倒せず、死に戻りを繰り返した。
そうして、やっとの思いで魔王の胸を宝剣で貫いた。魔王は口から血を吐き、その場に膝をつく。
荒い息遣いをしながらも倒れず、魔王は笑っていた。
口元を拭い、魔王は私を見た。
「救世主、お前は何回俺に殺されたか覚えているか?」
「覚えてないよ。数えきれないほど、とでも言っておこうか?」
「ふはは、そうだな。お前達は必死だったからな」
口に溜まった血を吐き出し、ゆっくりと玉座へと座る魔王。
「マラカイト、もう少しだ。あとはお前に任せよう」
空を仰ぎ魔王はそのまま目を閉じた。ピクリとも動かなくなった魔王に、全員緊張の糸が切れたようだった。誰も喜ぶ様子もなく、ただ息をしてその場に立っていた。
これでやっと帰れるのだろうか。
あれだけ死に戻って勝ち取ったと言うのに、なんだかあまり実感が湧かない。
宝剣に付着した魔王の血を拭い、綺麗な布で包む。イナトが用意してくれた宝剣用の箱へと嵌め込む。他の国宝も片付けた。あとは国宝を返して挨拶回りをして神様を見つけて帰宅。それでこの物語も終わりだ。
私は魔王の側に寄った。呼吸はしてないようだが、幹部含め魔族は皆じわじわと朽ちて消えていた。
それなのに、魔王は殺したにも関わらず朽ちずにいる。それが疑問だった。
宝剣で封印すると言っていたし、魔王だけは完全に殺すことはできないのかもしれない。
「救世主様、魔王の死体はエンドラストの者に任せましょう」
「……わかった。帰ろう」
◇
エンドラスト国の人々に歓迎されながら国宝をコンゴウに返した。
「ご苦労だった。魔物も次第に姿を消していると報告を受けている。暫しこの国で羽を休めてくれ」
コウギョクに背中を押され、いつの間に用意していたのかパーティー会場へと押し込まれた。
なぜか女性にモテまくる私は、イナト達と引き剥がされハーレム状態。お酒を豪快に飲む人や肉ばかり食べる人、様々な女性に囲まれてイナト達と話せるタイミングはなかった――
やっとの思いで抜け出し、冷たい風に当たる。お酒を飲みすぎたのか、今は雪の降る外でも心地が良い。こんなにも盛大なパーティーに参加したと言うのに、いまだに魔王を倒した実感は湧かない。
だが、理由はわからないままだ。
「リンさん、ここにいたんだ」
「ナル……どうしたの?」
ナルは私の隣に来て、私を見ずに話し始めた。
「ここの王様に、僕は龍人だって言われた。リンさんは知ってた?」
「知らなかったよ。でも、イナトが龍人の可能性が〜て話はしてたね」
「魔法の制御ができるようになったから、大人の姿にも、龍の姿にもなれるって教えてもらったよ」
「それはすごいね。大人の姿はきっとかっこいいだろうし、龍は――大きくて強そうな感じなのかな」
龍は正直イメージができない。ゲームでも登場するものの、あまりデザインを気にしたことはないし。ただ、ナルが龍になった場合、巨大な龍というよりもスリムで美人系な気がする。
「リンさんはどれが好き? やっぱり大人の男が好み?」
「どの姿でもナルはナルでしょ」
「……興味ないんだね」
「そんなことは言ってな――、びっくりした」
目の前にいた美少年は、美青年に早変わり。幼さを取り払い身長が伸びたナルがそこに立っていた。
イナトと同等、いやそれ以上に美人かもしれない。こんなのが隣を歩いていたら、また視線が痛そうだ。まあ、エンドラスト国ならそんなことはないだろう。筋肉はそこまでないに見えるし。
「まさかイケメン姿で私を釣ろうとしてる?」
「釣れないの? そういうのが好きだからあの3人を連れてるんだと思ってたんだけど」
「もし仮にそうだとしたら、すでに帰らないって言ってると思うよ」
「それもそうか……」
そう言った後、黙ってしまった。
次第に酒による熱も冷め、体が冷えてきた。
気づいたのか、ナルは背後から私を無言で抱きしめた。私を覆い隠せるほどに大きいナル。
少し前なら考えられないサイズだったのになぁ。
「帰りたくないって言わせてみせるから」
「え?」
ナルはそう言い残し、会場へとまた戻ってしまった。