139.フレンドリーな魔族
森を抜け、少し歩いたところで魔族が住む家を発見した。
「これ無視していいやつ? 流石に乗っ取り返すとか厳しいよね」
「領地奪還については何も言われてませんからね。勝手なことはやめておきましょう」
まさか私達が自分達のテリトリーにいるとは思ってもいないのだろう。魔族は誰1人としてこちらに気づく様子はない。
音を立てないよう距離を置き、近くのワープポイントを解放する。結構眩しいけどこれ大丈夫か――。
「姉御ぉ!」
「うわーー! 何!? 姉御!?」
突然背後から抱きつかれたかと思えば、初めての呼ばれ方。
「久しぶり。ワープポイントの光が見えたから飛んできたんだ。まさか俺のこと、忘れてないよね?」
誰かと思えばあのフレンドリーな魔族だ。ルーパルドに引き剥がされ、すぐに包容から逃げられた。おまけにロクが魔族の首にナイフを突き立てている。
それでも気にせず私へ笑顔を向けている魔族。すごいというか危機感がないというか。
「覚えてるよ。名前は知らないけど」
「あ、そういえば言ってなかったっけ。俺の名前はモッカ。俺達長い付き合いになると思うから、覚えておいてくれよな」
「……あの、一応私達、侵入者なんだけど……」
そんな対応でいいのか? と遠回しにモッカへ問うが、「大丈夫大丈夫!」と余裕そうだ。
完璧舐められている。
同じことを思ったのだろう、ナイフを突き立てているロクは不愉快そうな表情。だが、突き刺すことができないのか、突き立てているだけ。ロクなら一瞬で仕留められそうなのに。
「だって全然強くないじゃん。ダンジョン攻略して俺達魔族の弱体化優先した方がいいんじゃない〜?」
いつの間にはルーパルドの手から逃れ、空から見下ろすモッカ。皆気付けなかったようで一瞬だけ驚いた表情を見せた。もちろん私も例外ではない。
下っ端かわからないが、ここら辺をほっつき歩いているようなモッカでもこれほど能力が高いのなら、本当にダンジョン攻略を優先した方がいいのかもしれない。
イナトは落ち着いた様子でモッカを見て、堂々とした態度で話す。
「忠告感謝する。ついでにダンジョンの場所を教えてもらえるとありがたいんだが」
「流石にそれ言っちゃうと俺が怒られちゃうからパス。つーか、救世主の使ってるマップなら場所特定できるだろ?」
「あー、洞窟の時に私が起きてたら、召使さんにマップのアップグレードしてもらえたんだけどね……」
洞窟で私を見つけてくれていたようだが、私は召使に会えていない。
雪の中で視界が悪かったこともあり、もしかしたら召使のいる小屋を見逃しているのかもしれない。
「一旦戻りましょうか? 洞窟付近に小屋があったのかもしれませんし」
ルーパルドの提案に私は首を振る。
「ごめん、洞窟がどこにあったか覚えてないから無理だと思う」
「俺が覚えている。行くなら行こう。ここのワープポイントを解放してるんだから、戻るのは簡単だろう?」
ロクが自信満々に答える。私の仲間は頼もしい人ばかりだ。
そんなことを思っていると、大きな木の枝に座り、足を揺らしていたモッカが首を傾げた。
「そのメシツカイ? てやつのおかげで便利になってんのか。へぇ」
だが、召使を理解していないようで「飯使い? 飯くれる人?」と聞いてくる。
「雇われて仕事をする人って言えばいいのかな……」
「へぇ〜、奴隷みたいなもんか」
「いや、そこまで酷い関係ではないよ」
「なんだ? 奴隷ってやつは酷いのか」
「奴隷は人として扱われていないって言うか、仕事しても対価ももらえないって感じ……かな。うん」
私はいったい何の説明をしているんだろう……。この説明が合っているのかと言われてもちょっと微妙。だが、イナトから指摘も入らないし、間違いではないと思ってもいいだろう。説明を放棄しているだけかも知れないが。
もう質問されても答えられないなと思っていると、満足したのかモッカはニコニコだ。
「やっぱり救世主は生まれ変わっても優しいやつだな!」
この世界の設定なのだろうが、生まれ変わりと言われるのはなんだか不思議な気分だ。やはり同じような性格設定とかだったりするのだろうか。
そんなことを考えていると、モッカは目を輝かせて言う。
「このまま魔王城来ないか!? 俺が連れて行ってやるよ!」
「行かないよ!?」
もっと私が強ければ連れて行ってもらって、そのまま魔王退治と言いたいところなのだが。今の実力では魔族相手もきついかもしれない。
「そっか、それは残念だ。自力で魔王城に来るの楽しみにしとくな」
そうは言ったものの、あまり期待していないように見えるモッカ。本当に、かなりの舐められっぷりだ。
「じゃ、俺は行くよ。魔王様にここまで救世主が来たこと伝えたいし」
手を振った後、羽を使って飛んでいくモッカ。こちらを警戒せず背中を向け、優雅に飛び去っていく。
「あっちの方向に魔王城があるってことかな?」
「そうだろうな」
流石にこの距離では魔王城の特定は難しそうだ。
粒になっていくモッカを眺め、私は変な魔族に好かれてしまったかもしれないと思ったのだった。