127.代替
コウギョクに案内してもらい、ポツンと建っている家へと案内された。明かりがついており、煙突からは煙が立ち込めている。
家には主がいるようだ。
「ヒスイさーん、お客様です」
「え、ヒスイ?」
「おや、お知り合いですか?」
ドアを叩いて呼ばれた名に、私は思わず名前を繰り返した。同名の人だっているかもしれない。
「同じ名前の方に会ったことがあるんです。同じ人かはわかりませんが」
「同じですよ」
扉を開けてヒスイは私を見据えた。イナト達があからさまに敵意を向けており、それを感じ取ったコウギョクはただならぬ雰囲気に挙動が不審になっている。
「こいつが毒殺男か」
ロクはヒスイを指差しそう凄む。
確かに間違ってはいないのだが、本人を前にすることではない。況してここまで案内してくれたコウギョクの前で。
「何もしないでね」とロクへと釘を刺すと、不満そうにしながらも頷き指を下ろした。
ロクに言われたことや指を差されたことを気にせずヒスイは私に問いかける。
「何しに来られたのですか? まさか救世主様が私如きを排除するために、わざわざここまで来たわけではありませんよね」
刺々しくそう口にするヒスイ。そんな態度にもちろんイナトは気が立っている。だが、口を挟まずに黙っているのは、代替の情報を聞き出せないのはイナトとしても困るからだろう。
「ウロスラの代替を開発している人がここにいると聞いたので来ました」
「……そういうことですか。残念ながらまだ見つかっていませんよ」
「もし完成したら教えてくれませんか?」
ヒスイは心底面倒臭そうな表情を見せたが、貼り付けた笑みで言った。
「ウロコラドンと黒スライムを私の元に生きたまま連れてきてくれたら考えますよ」
「それができればアデルさんに頼むのでいいです」
「は? アデル? あんな男に頼むのですか?」
「知り合いだったんですね」
「知り合いだなんてとんでもない! あの男は龍でも実験体にする悪人ですよ!」
ヒスイはジュ村を何度か訪れていた。一度だけではあるが、話したこともあるそうだ。最初こそ呪いや毒について話が盛り上がっていた。
しかし、ヒスイがエンドラスト国出身だと知ったアデルは、龍に毒や呪いは効くのか、龍を解剖してみたいなど興奮気味に話し始めたと。エンドラスト国では龍は尊ぶべき存在。
それなのにこの男は何もわかっていない。そう思ったヒスイはそこからアデル嫌いになったらしい。
もしかしてヒスイは龍人だろうか。王が龍人だと言っていたし、あり得る。
「アデルさんのことはいいとして、もしかして貴方は龍人ですか?」
「だったらなんですか。王より龍の血が薄いから鱗はありませんよ」
人でも魔族でもないと言うからもずっとモヤモヤしていた。やっと答えに辿り着いてスッキリ――と思ったのに、訝しげなヒスイのせいであまり気が晴れなかった。
……そんなことはどうでもいい。それよりウロスラの代替が完成しても、教えるつもりがないとして解釈してしまってもいいだろうか。
黒スライムはまた洞窟に行けばいいとしても、ウロコラドンについては火山付近で、人間嫌い。捕まえるのは難しいと王に言われているのだ。望みは薄いだろう。
「救世主様、行きましょう。アデルにウロコラドンの鱗を提出する方がマシです」
「そうですか。せいぜい頑張ってください」
イナトの発言にヒスイは嘲笑するように言い放った後、扉を閉めた。唖然としていたコウギョクは、扉の閉まる音で我に返る。
「び、びっくりした。ヒスイさんって結構物騒な人だったんですね」
「あまり知らないんです?」
「ええ。ヒスイさんはあまり交流を好みませんので」
ルーパルドの問いに、大きく頷くコウギョク。
ヒスイは基本物腰柔らか。だが、興味がないものは覚えられず人の顔も名前も一致しない。
適当に敬語でニコニコしていればいいだろうと言う感覚のようだとコウギョクは言う。
そのため、誰に対してもニコニコしながら雑に扱っているらしい。しかもコウギョクの顔は覚えたが、名前はまだ覚えてもらっていないと言う。
「あれ? そう考えると救世主様には興味がありそうですね?」
これは私の予想ではあるが、"あの方"のために覚えたのだろうと思う。興味がなくてもあの方が興味のあるものなんだから覚えていないと失礼だろう。
「それを言ったらアデルさんもじゃないですか?」
「アデルさんはどのような方か俺は存じ上げませんが……聞いた話からして、恐れから覚えたのでは? 嫌なことは記憶に残りやすいと言いますし」
コウギョクの話で、その場にいた誰もが納得した。インパクトはあるし、正直そう何度も出会いたくない相手。
特に特殊な生体であればきっと実験対象として見られているに違いない。
「……えっと、今日のところは泊まっていきませんか?」
コウギョクはなんとも言えない空気に耐えられなくなったのか、提案する。
「お構いなく」
「え、野宿するつもりですか?」
「少しでも早くワープポイントの解放と魔王討伐を終わらせたいのです」
説明するのも面倒なイナトは、それっぽく言っている。もちろん嘘ではない。嘘ではないのだが、もうイナトは箱以外で休みたくないだけなのだ。
「さすがです……!」
それを知らないコウギョクの純粋な眼差し。それにイナトは一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに笑顔で「当然のことです」と返したのだった。