118.ヒスイ
浜辺にいた大きなカニを倒した。ミニマップから赤いマークが1つ消える。
大きなカニの死体は溶けて消えてしまった。魔物の死体は基本残らないので、同じ類なのだろう。
次の目標はよくわからないマークだ。予想としては、透明な壁に関連するもの。もし予想通りであれば、2つの謎のマークを終わらせれば透明な壁を壊すことができるだろう。
「何があると思う?」
「強い敵」
「それ願望じゃない?」
即座に私の問いかけに答えたのはロク。カニは単調な攻撃で簡単に倒せてしまえることもあり、もっと強い敵に飢えているのだろう。ロクほどではないが、私も正直もっと強い敵に出会いたいとは思っている。
イナトとルーパルドは簡単なことに越したことはない。と遠い目をしていたが……。きっと強敵とあたり、嫌な思いをしたことがあるのだろう。ちょっと羨ましい。
「ここが謎のマークがついてたとこだね」
見たところ何もない。何をしたらいいのかもわからない。
手分けして探してみるが、誰も何も見つからないと言う。
背の高い雑草をかき分けながら、ルーパルドはため息を吐く。
「透明な壁があるなら、透明な装置があってもおかしくないかもしれませんねぇ」
「煙玉使う?」
「救世主様が見えなくなるのは心配ですが……それ以外方法はなさそうですね」
イナトは不安な表情を浮かべたが、これ以上時間をかけても無駄だと思ったのだろう。私の意見に頷いた。2人もそうしようと言ってくれたので、私はポーチから煙玉を出して地面へと叩きつけた。
すると、私のすぐそばに透明な台座のシルエットが浮かび上がった。その台座にはクイズとかでよくみるボタンのスイッチが設置されている。
「押していいのかなこれ」
「押すしかないだろう」
「いや、待て何が起こるかわからな――」
イナトの制止も聞かず、ロクは私の代わりにボタンを押す。その途端なぜか私の立っていた場所にのみ檻が降ってきて、逃げる暇もなく捕まってしまった。
ファンタジー世界なのに結構雑な仕様だな……。
そんなことを思っていると、突然檻は光を放ち、落下する感覚に襲われたのだった。
◇
光が落ち着いたところで目を開けると、そこは地下のようだった。
壁に松明を差してあり明るい。だが、太陽の光は入らない密室。
部屋は冷えており、遠くから水滴の落ちる音が断続的に聞こえてくる。
せめて檻から出られれば脱出も可能だろう。しかし、檻は私が力を込めて押したり引っ張ったりしてもびくともしない。
「人間が迷い込んだと連絡が来たかと思えば、救世主と崇められている女性でしたか」
部屋に入ってきたのは濃い緑色で長い髪。色のついたメガネをかけている。見えづらいが確かに赤色の目をした男だった。そして何より、イケメンと呼ばれそうな容姿の整いよう……。おそらくこの男がヒスイだろう。
まさかこんなところで会えるなんて思いもしなかった。
「あの、ヒスイさんですか?」
そう声をかけたが、ヒスイと思われる男は棚に並べられている小瓶を1つずつ確認して唸っている。
「私の趣味に殺しは入っていませんが、これもあの方のため。大人しく死んでもらいましょう」
「私を殺してどうするんですか?」
「さて、どれがいいか……」
声が聞こえていないのか無視しているのか。耳が聞こえない可能性もあるが、今の時点でそれはわからない。
大人しく殺されたくもないし、私は檻に吹き飛ばしの魔法を放ってみる。檻は大きな音を立てるだけで揺れもしない。だが、かなり大きな音は出たのでよしとする。
ヒスイを見ると、呆れ顔でこちらを見つめていた。
「無視されたのがそんなにこたえましたか?」
「いや、殺すつもりだったみたいなので脱出しようかと」
「無駄ですよ。貴女の持っている魔法は把握済みですので」
私が持っている魔法では檻を壊せないと言うことだろう。
「ヒスイさんは人間ですか? 魔族ですか?」
「低俗なものと思われるのは心外ですね」
「えっと、魔族ってこと――」
「どちらも違います」
魔族と言われ不快だったのか私の言葉に被せるようにヒスイは言葉を放った。
人間でも魔族でもない。じゃあなんだ。よくファンタジー世界にいるエルフとかだろうか。
しげしげとヒスイを見ると耳がエルフのように尖っている。あとは人間と同じように見える。また、魔族のように指も爪も黒くないし、角もない。
やはりエルフなのだろうか。
「他の種族知らないんですけど……エルフとか、ですか?」
「安直ですね。この世界のエルフは小さな妖精サイズですよ」
いや、エルフいるんかい。
これ以上種族やらキャラクターを増やされても覚えられる気がしなくなってきた。攻略対象のキャラクターだって増え続けていると言うのに、このゲームは恋愛以外も盛り込みすぎなのではないか。
ヒスイはこれ以上話すつもりはないと外方を向く。魔法攻撃で戸棚にある薬品全部壊したら殺しを諦めてくれないだろうか。
「やめておきなさい。ここにあるものを壊したら貴女が苦しんで死ぬだけですよ」
読心術でも覚えているのか、私の考えることがわかりやすすぎるのか……。呆れた表情を浮かべるヒスイ。
どうやら戸棚には毒薬ばかり揃えているらしい。苦しむのは嫌だし諦めるしかないのか。だが、殺す気満々のようだし、タダで殺されるわけもいかない。
「ここってどこですか?」
イナト達が来るまで時間稼ぎをしてみよう。そう思い通信機を起動して私は会話を試みる。
「無駄話は嫌いです」
「あ」
瞬きをした瞬間、ヒスイの顔がすぐ近くにあった。




