107.2人のマッチョ
ファースト街に到着し、クロノダはまっすぐスミスの居る鍛冶場へ。
最初の方でお世話になった宿屋を通り、役場や日用品がすべて揃うと謳っているお店がある道を辿る。
奥まで進むと、"スミスの鍛冶場"と書かれた看板のある場所に辿り着いた。店には大きなガラス窓。どうやらここから自由に見学をしても良いということらしい。
外から覗いてみると、スミスは鉄を打っている最中だった。集中しているのだろう、眺めているだけではこちらに気づく様子はない。
クロノダは躊躇うことなく窓を軽く叩き、スミスへと口パクで何かを伝えている。それを見たスミスは、急いで仕事を終わらせ汗を拭ったあと外へと出てきた。
「久しぶり、クロノダ」
「ああ。ネェオに頼んでた荷物、リン達が持ってきてくれたぜ」
さきほど白い箱から出して、ルーパルドに持たせた荷物。それはかなり大きくて重い代物だ。
「重たいのにありがとうございます」
スミスは会釈をしてルーパルドの手から荷物を受け取った。
一体何が入っているのだろう。ロクも興味があるようで箱を見つめている。
「これは新しい道具と鍛冶に必要な素材ですよ」
私達の視線に気づいたようで、その場で中身を見せてくれたスミス。
ロクはスミスに了承を得てから中身を手にとって眺めはじめた。
「すみません、見せてもらっちゃって」
「いえいえ、興味を持ってくれるのは嬉しいです」
ニコニコと笑うスミス。それとは対照的なクロノダの不敵な笑み。笑顔でもこんなにも差が出るものか……。
「さすが俺の婚約者」
「え? カジ村からクロノダが婚約した話は聞いていたが、まさか相手は救世主様なのか?」
「まあなんというか、流されたというか……」
クロノダに肩を抱かれながら苦笑い。すると、イナトはクロノダの腕を引き剥がし、スミスを見た。
「救世主様の意思ではありません。クロノダも破棄される前提でと提案しているので、あまり本気になさらないでください」
「あはは……あそこの風習は変わっていますからね」
やっぱりか。と納得てしいるスミス。
「クロノダから手紙が来たかと思えば、突然"いい女を見つけたから婚約した。"なんて報せだったから本当に驚いたんだよ。女性に興味なかったから」
「イイ女が俺の周りにいなかっただけだ」
「クロノダほど鍛冶に情熱的な女性なんて見つかりっこないしね」
スミスが言うには、自分と同じくらいまたは少し下でもいいから鍛冶に興味がある女が良いとクロノダから聞いていたようだ。だが、カジ村の女性は嫌というほど鍜冶を見ている人ばかり。そのため、あまり興味を示さないのだとか。
身近すぎるのも考えものなのかもしれない。
そういえばカジ村出身のスミスだが、マリエとお付き合いをするときは普通だったのだろうか。
「スミスさんはマリエさんと恋人になる時はどのように?」
「僕がマリエに好きだと言って告白しましたよ。カジ村のやり方はあまりにも分かりづらいてすし、外だと通じませんしね」
気が済んだロクは荷物を戻し私の背後に立つ。
ロクを見届けたスミスは片手で荷物を持ち扉を開けた。テーブルの上に置いた後、また出てきた。
「今日の分は終わらせましたので、家に行きましょう。マリエも喜びますよ!」
スミスとマリエの家に寄る前に、私は宿屋の女性に一度挨拶をと顔を出した。私が来たとわかり、あのご飯をたくさん振る舞ってくれたふくよかな女性は抱きしめて歓迎してくれた。
食べるか泊まるかと勧めてくれたが、マリエに顔を見せた後また旅に戻ると言えば、少し残念そうな表情。
「あんたは逞しいねぇ。本当に世界を救ってくれそうだ」
「そのつもりなので、期待しててくださいね」
「ははっ、言うねぇ」
無理するんじゃないよと笑顔で手を振ってくれ、なんだか故郷に帰ってきた気分だ。滞在期間も少なく交流もあれっきりだったというのに。
少し浮ついた気分でマリエとスミスの家へ。マリエは嬉しそうに迎えてくれた。
だが、クロノダを目にして何度も目を瞬かせた。
「す、すごい筋肉……」
すでにスミスと談笑を始めているためこちらを見ることはなかったが、マリエは「あんなマッチョが家にふたりも……」と感激している。
「でもやっぱり私はスミスが好き。あんなにマッチョなのにすっごく可愛い顔だなんて私の理想すぎる」
どうやらマリエはオラオラ系の男よりほんわか系の男の方が好きなようだ。ただ、筋肉は申し分ないとニヤついている。
マリエの新しい顔が見れて少し面白い。
「本当にマリエさんはマッチョが好きですねぇ」
「ええ、大好きです。最初ここに来たときは一巻の終わりだ! と思ってたんですけど、今は来れてよかったと思ってます」
「ですってよ、リン様」
ルーパルドはなぜか私に話題を振ってきた。そう言われても困るのだが……。
「確かにここでの生活にも慣れてきたし、離れがたい気もするけどさ」
「離れられないようにすればいいんだろ。任せろ」
「お、なんだ渡者。お前もやる気なんだな」
どうやって私をここに縛り付けるのか、2人は楽しそうに話し始めてしまった。
「イナトは私のこと、自由にさせてくれるよね?」
「未来の僕次第ですかね……」
「なんて望み薄そうな回答」
熟考もせず肯定も否定もしないイナト。帰るのが1番だと言ってくれたイナトはどこに行ったのやら。
「ふふ、それだけリンさんにこの世界にいてほしいんですよ」
マリエは微笑ましそうに私を見つめたのだった。