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エイプリルフール終了のお知らせ

「ええ、皆さん突然ですが。今年のエイプリルフールは禁止とさせていただきます」


 ある日の全校集会。

 私達が通う魔法学園の理事長先生が、据わった目でそんなことを言い出した。

 エイプリルフール禁止?と高等部の学生である私は隣に立っていた友人のヨハンナと顔を見合わせる。

 この学校には、異世界から持ち込まれた風習が少なくない。キリスト様とやらがいないのにクリスマスがあったり、バレンタインデーやらホワイトデーやら起源のわからない風習がたくさん存在している。もし、理事長先生(ちなみに六十三歳のおばちゃん先生である)がバレンタイン禁止!とか言い出したならまだ理解はできるのだ。バレンタインのたびに禁止物(チョコその他)を持ち込む生徒がおり、場合によっては警察沙汰になるような騒動になったこともあるからである(魔法使いったら血の気が多いんだから!)。

 だが、エイプリルフール禁止とはいかに。

 エイプリルフールなんて、ちょっとしたジョークを言い合うだけの一日ではないか。取り立てて大きなイベントでもなんでもないはずなのだが。


「せ、先生?エイプリルフール禁止とはいかに?」


 どうやら他の先生たちもなんにも聞いていなかったらしい。頭の禿げあがったおじさん校長先生がそろそろと手を挙げて尋ねる。

 この学校、理事長の権限がものすごく強い。強いったら強い。そんでもって理事長先生の性格がどぎついことでも有名。校長先生は完全にその理事長先生の体のいい下僕と化していることで有名である。むしろ今日の彼は、勇気を出した方だろう。


「エイプリルフールって、ジョークを言い合うと言うだけの日、では?」

「ええそうよ。バレンタインのようにチョコを巡って血なまぐさい戦争が起きたり、校舎が吹き飛んだり、池からおなくなりになった生徒の足が生えてきたり、教室がカエルまみれになったり、古のブルマが突然復活して全校生徒がブルマにされたりとかそういう日ではないわ!」


 理事長先生は一息に吐き捨てた。それ、すべて以前のバレンタインに起きた出来事なのだろうか。確かにこの学校に通う生徒はみんな魔女と魔術師の見習いたちだが、だからってちょっとツッコミどころが多すぎるような。


「それでも、エイプリルフールは禁止されなければいけないの。……ええ、去年“理事長先生にイケメンタレントのアルフレッド・グロースさんが結婚を申し込みにきました”って嘘つかれてものすごくブロークンハートだったからとか、そんなことはまったくないんだから!」

「えええええええええええ」


 誰だ去年そんなチャレンジャーすぎる嘘ついた奴は。私達は一斉にドン引きである。

 あと、イケメンタレントのアルフレッド・グレースと言えば、まだ十九歳のかわいいおぼっちゃんではないか。何で六十代のおばあさんに結婚申し込んできたというのを真に受けてしまったんだろう、この人。むしろ法律的にだいぶギリギリな相手ではなかろうか。


「だまらっしゃい!とにかく、来週月曜日の四月一日は……全校生徒全員、一切嘘をつくのを禁止とさせていただきます!わたくしの魔法でぜーんぶ見張らせていただきますからね!」


 くわっ!と眼を見開いていう理事長先生。


「嘘をついた生徒は、頭の上のカウンターがどんどん増えていきます。そのカウンター一つにつき……皆さんの取得単位を一つ減らしていきますから!教職員の場合は、月給が一万円ずつ減っていきます!!」

「はああああああああああああああああああ!?」


 この瞬間。わが校は決定した。

 四月一日、その日が地獄と化すことが。




 ***




 我が魔法学園は全寮制である。

 つまり、日常生活はすべて学園の敷地内で行われるということだ。理事長先生の魔法の効果範囲がわからないが、恐らくは学園内でのみ効果がある可能性が高いことだろう。もしも私達が毎日外から学校に通ってきていたなら、家や通学中はほっと息がつけたかもしれない。

 だが、実際は全寮制。みんな寮で暮らしていて、許可をもらわなければ学校の外に出てお買い物にも行けない始末。

 何故よりにもよって今年のエイプリルフールは月曜日だったんだ、と呪わずにはいられない。土曜日日曜日だったら外に出かけて時間を潰すこともできたかもしれないのに。


「……おはよう」

「ああ、おはようヨハンナ。……大丈夫?顔真っ青だけど」

「これは大丈夫に見える?というか、ライラ、あんたも結構酷い顔よ」

「あはははは……やっぱり?」


 四月一日の朝。私とヨハンナは顔を洗うべく廊下でばったり出くわした。お互い、顔が思いっきり引きつっている状態である。

 エイプリルフール禁止。

 ああ、エイプリルフール禁止。

 普通にお触れだけにしてくれればよかったものを、何で全校生徒に“嘘ついたら単位を減らす”なんてとんでもない魔法をかけてくれたのだろう、理事長先生は。本人の負担も結構なものであるはずだというのに。そんなに去年、イケメンアイドルに結婚を申し込まれたと嘘吐かれたのがショックだったのだろうか。いやだから、なんでそれを信じたんだ六十代。


「昨日、全然眠れなかったんだよね。……気を紛らわせようと本読んでたら、ついつい夜更かししちゃって」


 私はため息をつきながら、ヨハンナはどう?と尋ねた。彼女も多分あんまり眠れていないのだろう。いつも綺麗にウェーブしている茶髪が、今日はダイナマイトでも爆発したかのような有様になっている。


「ああ、うん……わたしもよ。ちょっとしか眠れなかったわ。同じく、気を紛らわせようとゲームしてたら夜遅くなっちゃって」


 ヨハンナがそう言った瞬間だった。ぴっこーん、という音が彼女の頭上で響く。もしや、と思って彼女の頭の上を見た私は絶句した。

 ヨハンナの頭の上に、1、という数字が浮かんでいる。


「よ、ヨハンナ……あんた今なんか嘘ついた!?カウンター出ちゃってるんですけど!」

「ひゃ!?」


 彼女は慌てて頭の上を触ると、廊下の鏡の前に立った。そして。NOOOOOOOOOOO!と悲鳴を上げて蹲る。


「ちょっとおおおおおお!うっかりゲームしすぎて徹夜したのを、ちょっとは眠れたみたいな言い方しただけじゃない!それだけで単位一つマイナスなの!?判定厳しすぎるじゃないのよおおおおおおおおおお!」

「あ、ああああ……」


 そういえば、さっきから廊下が騒がしい。それぞれの部屋から、あるいはトイレから、複数の悲鳴のようなものが木霊している。


「いやあああああああああああああ!単位が、あたしの単位がああああああああああああ!」

「おいふざっけんな!ちょっと話盛っただけじゃん!」

「え、スマホでメールで嘘つくのもナシなの!?知らないんですけど!?」

「あああああああああああああああああああああああああああ終わった、終わったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「むりむりむりむりしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬ」

「そうだ、理事長先生を抹殺しよう」

「早まらないでジュリアーン!!」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「オワタ!」

「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ぎえっぴいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

「むりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 まさに、阿鼻叫喚。なお、まだ朝である。朝食も始まっていない。

 これは想像以上にヤバイのでは、と私は茫然としたのだった。




 ***



 なお。

 大ピンチなのは生徒だけではなかった。何故なら彼女は、学校の教職員にも同じ魔法をかけているのだから。


「あの、先生……」


 男子生徒の一人が、教卓の前に立ったルシアンナ語の先生に声をかけた。

 授業が始まる頃になると、生徒の中で頭の上に数字が出ていない者はほとんどいなくなっていた。私も、朝ごはんでつい“ピーマンくらい食べられるし!”と言ったらカウンターが回ってしまった。ちょっと意地張っただけでこうなるなんて、あまりにも理不尽である。


「先生も、カウンター出ちゃってるんですね。どんな嘘ついたんですか?」

「ぎくっ」


 若い男性の先生は、引きつった笑顔で言う。


「は、はははは。小さな嘘だったから、覚えてないなあ」


 ピコーン。数字が増えた。人間、誤魔化そうとするとさらに嘘を重ねる生き物である。

 本来ならば、ちょっとした言いたくないことを忘れたフリをするくらい、全然問題のない嘘であるはずなのだが。


「先生、数字増えてます。嘘つくと先生も給料天引きされますよ」

「あああああああああ!う、嘘なんか、嘘なんかついてな……」

「また増えましたけど」

「うわあああああああん!いいじゃないか、いいじゃないか別に!ロリコン系のAVが好きなんですかって訊かれて、好きじゃないって答えただけでカウンター回るとかあ!」


 今度は数字が増えなかった。マジかよ、と誰もがドン引きする。既に、先生の頭の上の数字は3。ついつい、私は尋ねてしまった。


「先生、ロリコンなんですか?ショタには興味ないですよね?」

「あ、あああああるわけないじゃないかそんなの!お、男の子に萌え萌えきゅんきゅんする趣味なんて……」


 ピコーン。数字が増えた。しかもどういうカウントのされ方をしたのか2つ一気に増えた。既に先生のカウントは5。五万円の給料天引きが決定した瞬間である。


「先生、今月、お給料残るといいですね……」

「うわあああああああああああんお前ら人ごとだと思ってええええええええええええええ!」


 なお。

 彼のカウントは、昼休みになる頃には12まで増えていた。果たして、今月の彼の給料は残るのだろうか。下手をすればマイナスになりかねないが。




 ***




 その後も、地獄は続いた。人間は時に、嘘をつくことで人間関係を守っている生き物だ、というのがよくわかったと言えよう。

 昼休み。私はヨハンナと、それから数名の友達と雑談していたのだが。


「ライトノベルなんてくだらないもの、わたくしが見るはずがないじゃございませんの!」

「……ヴァニエラ。数字増えたよ数字。ラノベ読むんだね……」

「宿題、みんな終わったか?あたし、あとちょっとで終わるんだけど」

「ミラ、ミラ。実は全然終わってないでしょ……」

「き、近所に出来た新しいパン屋さん?あ、ははは、まあ、そこそこ美味しかったし、つ、続くといいよね」

「ルミカ。……まずかったならまずかったって、正直に言うしかないよ今日は」

「そういうライラはどうなのよおお!あんたは宿題終わってんでしょうね!?」

「お、終わってるに決まって……あ」


 ピッコーン。私の頭の上でも音が鳴った。というか、さっきから雑談しているだけで、私も含めてみんな音が鳴りっぱなしである。

 数字の大小はあれ、既に学校でカウンターが出ていない生徒職員と遭遇することはほぼなくなっていた。スゴイ人だと三桁の大台に乗っている。――この学校の単位の数はいくつだったっけ、と私は遠い目をしたくなった。

 なお親友のヨハンナは、さっきから机に突っ伏して瀕死の状態である。頭の上には14の文字。十四個も単位を取り戻すことなんて、現実的に可能なんだろうか。


「嘘をつくのはいけないことだって言われるけど、世の中って結構、上手に嘘つくことも必要なんだね」


 はああ、と私はため息をついた。


「……エイプリルフール禁止令、解除してくれるようにみんなで頼みにいこっか。このままじゃ学校崩壊しちゃう」

「うん」

「そだね……」


 私の言葉にうなずく友人達。誰一人、カウンターは増えなかった。

 なお、同じことを思った生徒、教職員は何人もいたらしい。その日は理事長室に、大量の関係者が押しかけていたと追記しておく。

 最初は頑なに禁止令を解かなかった理事長先生だが、翌日の四月二日、先生たちから“ほとんどの教職員の給料がマイナスになった”のと“今年は全校生徒が留年しそうなんですがそれは”と報告をされ、渋々制度を撤廃したらしい。

 カウンターが5になっていた私が心底安堵したのは、言うまでもない話である。

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