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アルベドミミック  作者: 蟻酸
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起点

 この世界には知らないことが山ほどある。

 山なんて表現じゃ全然足りないくらいある。

 そこに広がる光景を―――手に入れたいんだ。







「大海原に口開ける巨大な穴! 天から生える色鮮やかな木々と花! 雲海の中の大迷宮! 言わずと知れた七大秘境だな! 人は大昔から未踏の地を開拓して文化を広げてきた、だが! この七大秘境は未だに誰も足を踏み入れたことがない!」


 がたいのいい大柄なガンド教諭が、その見た目以上の大声をあげて教鞭をふるっている。


「でもさガンちゃん。そもそも誰も行ったことないなら何でそんな場所があることがわかるの?」


 生徒の一人が問いかけると。


「ガンちゃんじゃない! 先生と呼べと何度言ったら…… まぁいい! その存在自体は確認されているんだ。『ハンズ』達の探索によってな。彼らハンズの貢献は歴史上にとってもかなり大きく……っと、続きは次回のコマでだな! しっかり予習しておけよ」


 意外と話の分かるガンド教諭は授業の締めくくりをしていた。


「あと明日はわかっていると思うが再誕式だ。国民の通過儀礼ではあるがしっかり臨めよ! 北の教会に現地集合だからな、絶対遅刻するなよ!」






 授業の時間は終わりを告げ、クラスに喧噪が戻ってくる。

 僕も帰り支度を済ませようとしていると、一人の生徒が愉快そうに肩を組んできた。その後ろには取り巻きの生徒が二人。


「おいメリック、いよいよだな! 何に選ばれるかなぁ」


 学友のランディだった。

 中流貴族のステューズ伯爵家の長男であり同じクラスに在籍している。少し粗野なところもあるがこうして気さくに話しかけてくれる人物だった。


「どうでしょうね。剣に関係あるものなら良いのですが」


「はは、まぁお前ならそうなるだろ絶対! 俺も絶対戦闘技能が良いなぁ。なんなら勇者とか?」


「そうなったら街中騒然ですね」


「だろぉ? 再誕って名の如く、まさに第二の人生が始まるわけだ」


 笑いながら僕の背中をバンバンと叩き、取り巻き二人を連れランディは楽しそうに去っていった。

 取り巻き二人、ラークとゾスはつまらなそうにこちらを一瞥すると、無言で後に続いていった。



 “再誕式”


 その言葉が胸中をざわめかせる。

 

 全ての生物は生きている間に経験を積む。獲物を狩り食事をし、繰り返すことで技術は向上していく。人も親や周囲から学んだことを蓄積し、やがて一つ一つが出来るようになっていく。


 そうやって得た経験を、裁定の神オルドが読み解き、その経験にふさわしい称号を身体に刻み込む。

 あくまで適正を示すものではあるが、たとえば「剣士」なら腕力が増えたり「弓士」なら眼がよくなったりと、その称号に見合うだけの加護が授けられる。


 つまりその分野で活躍するには称号が必須なのは明確だ。


「……大丈夫、やれることはやってきたんだ。必ず僕も兄さんのように、あの誉高い騎士団に!」


 授かった称号が今後の人生を左右する。

 全国民の義務にして、まさに二度目の誕生日、それが再誕式だ。


 僕は大丈夫だと、何度も心の中で反芻させるが、一抹の不安は拭えぬままだった。










 僕の名はメリック・ローラー。

 元々は名もない庶民の暮らしだったけれど、年の離れた兄さんが王国の騎士として叙勲されたことで、下流貴族に名を連ねることになった。


 兄さんは天才だった。誇張が含まれることの多い言葉だが、まさしくあの兄は天才としか言いようがなかった。


 最初に剣を手にしたのが4歳の時。単なる好奇心だったのだろう。

 僕はまだ生まれていなかったが、たまたま騎士団の訓練を見学させてもらえたことがあったらしい。

 そこで子ども向けの催しとして、現役の見習い騎士と軽い模擬戦が行われていた。

 色々な子が果敢に挑戦していく中、あの聡明な兄さんは、あろうことか初めて手にした木剣で一本先取した。


 油断していたとはいえ、驚くべき技量の片鱗を見せられた当時の騎士団長が、直接兄さんを勧誘し、稽古をつけてもらえることになった。

 その後の人生も翳ることなく、今や騎士団の隊長の一人として名を馳せている。


 アルフェン・ローラー。

 憧れいつか隣に追いつきたい、自慢の兄だ。





 その為にも毎日早朝と晩に素振りを続けているが、僕はどうやら庶民に相応しいようだ。少しずつ上達している剣捌きだが、並みの域を超えはしない。


「それでも、今日ここで……」


 見上げた視線の先には荘厳な教会。そしてその周りにはたくさんの少年少女が参集していた。


 すでに裁定は始まっており、順に呼ばれた同世代の生徒達が悲喜こもごもの声を上げている。


「園芸士」「音楽家」「教師」「氷魔士」……一人一人が裁定の神オルドから称号を授かり、加護を与える刻印が身体のどこかに刻まれる。

 額の真ん中に刻印が現出し、大笑いしている集団なんかもいた。


「おうメリック、そろそろだな!」


「……あぁ、行ってきますね」


 会場で僕を見つけたランディと挨拶を交わし、いよいよ僕の名が呼ばれることになった。


「メリック・ローラー。壇上に上がり、この宝玉に触れなさい」


「はい」


 司祭の方が命じるままに、壇上へと躍り出ると、そこには小さな卓があり、虹色のような不思議な光沢を放つ球体が置かれていた。


「その宝玉に触れることで裁定が下ります」


 ここだ。


 ここですべてが決まるんだ。


 

 心臓が急に早鐘を打ち始めた。


 頼む、騎士の道へと通じる称号を……!



 強くなる脈動を全身に感じながら、息をのみこみ覚悟する。




 そして、その球に掌が触れると


「っい! ぐッッ!」


 

 全身が灼熱の炎で焼かれるような、鋭い針で貫かれるような、擦り切れ削り取られるような、斬り刻まれるような、痺れるような、痛みが、耐えがたい痛みが、痛みが! 痛みが!


「あ、があぁあああああァァァァァアアアッ!」


 耐え難い激痛が突如全身を襲った。

 痛みを訴えない部分など何一つ無いかのように、死を覚悟するほどの苦痛が。





 絶叫を絞り出し、終わりの見えない地獄に苛まれ、やがてその視界が血のように赤く染まっていく。




 赤く紅く黒く染まり、僕はたぶん、そのまま意識が途絶えた。


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