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午時葵の吸血鬼  作者: うつのうつ
午時葵の吸血鬼
24/37

午時葵5

 雨が降る中、看護師さんの車で移動する。

 看護師さんの家は病院から車で15分くらいの場所だった。

「どうぞ上がってください」

 そう言われて俺は看護師さんの自宅にお邪魔する。

「お邪魔します」

「荷物はここに置いてください」

「ちなみに今日ってご飯食べてます?」

「それは食べてないです」

「じゃあ作るので、ちょっと待っててください」

 看護師さんはそう言うと台所に向かった。

 俺はその後を追いかける。流石に何も手伝わないわけにはいかない。

「手伝います。流石に止めてもらうだけじゃ悪いのですし」

「あなた何言ってるの? 手伝わなくていいので、お風呂に入ってきてください。体も冷えてるでしょ?」

 確かに雨の中、長時間外で座っていた俺の体は冷えている。少しばかり雨に打たれて服も濡れた。

「体が冷えると風邪を引くから早くお風呂に入って、体を温めてください。ああ、そうだお風呂にお湯を張らないといけませんね。それと濡れた服は脱いでください、風邪引いちゃいますから」

 そう言われて台所に立とうとしていた彼女はお風呂にお湯を張りに行った。

 何と言うか完全に風邪を引く前の病気一歩手前の人間として扱われているような気がする。

「あの、実は着替え持っていないんですが」

「それだったら、私が買ってくるので心配しないでください。ひとまずパジャマか何かを買ってくればいいでしょうか?」

「でもそこまでお世話になるなんて、何だか申し訳なさすぎて」

「気にする必要はありません。宿泊料として私のお願いを聞く約束でしょう。それじゃあ私は先に着替えを買ってくるのでその間にお風呂に入っていてください」

 そう言って看護師さんは買い物に出て行った。

 看護師さんの考えてることがよく理解できない。

 見ず知らずの人を家の中に放置して大丈夫なのか?

 そんなことを考えながら、俺は風呂に向かう。

 湯船に浸かる気はしない。シャワーで十分だ。流石に見ず知らずの男性が入った後の風呂に女性が入るのは嫌だろう。

「この後どうしよう」

 シャワーを浴びながら、俺はそんな独り言を言い、元の時代に戻る方法を考える。

 確か神隠しにあった人間が戻ってきた場所は決まって川土手の近くや神社だったらしい。

 それに白瀬さんからの手紙にも、川土手か神社あたりに戻ることができると書かれていた。

「でもどうやって戻るんだよ、神隠しなんてどうやって解決して元の時代に戻ればいいんだ? 第一、ついこの前に恋人が吸血鬼って知ったばかりだぞ」

 そんなことを呟きながらシャワーを浴び、体を洗い終わった俺は脱衣所に行き、体を拭く。

 脱衣所には看護師さんが買ってきたであろう服が用意されていた。

 あれ?

 パンツが用意されてる。

 ということは女性看護師に男物のパンツを買わせたってことか。

 これは気まずい。

 ただでさえ世話になってるのに、男性物の下着を女性に買わせるなんて、女性に恥ずかしい思いをさせてしまったことに後悔する。

 体を拭き、用意していただいた服に着替えた俺は脱衣所から部屋に戻る。

 部屋に戻るとそこには看護師さんが居た。

「服のサイズ、それでよかったですか?」

「ええ、ピッタリです。それより、ありがとうございます。服に下着まで買っていただいて」

 そうお礼を言った俺の視線の先、看護師さんの隣には気になるものが置いてあった。

「あの、その隣に置いてあるものは何ですか?」

 看護師さんは自分の隣に置いてあるものを見て言った。

「ああ、これですか? 花火です。私、明日は休みなので今からやりましょう」

「いや、今からって雨ですよ?」

「私のお願いを聞くと言うのが泊まる条件って言ったでしょう」

 そう言われて、俺は断ることもできずに看護師さんの車に再び乗りついて行くことになった。

 連れて行かれたのは、それなりに大きな橋のかかった川土手の橋の下だった。

「雨の日にこんなところで花火なんてやってたら危ないんじゃないですか? 川の水位も上がりますし」

「大丈夫よ、すぐ近くに川の水量が増えた時に水を排出する水路があるの、それにこのぐらいの雨で、増水してここが水に浸かるのは珍しいから、ものすごい大雨ならこの場所も浸水しちゃうかもしれないけど、そんなことは滅多にないから」

 まあ、確かにここは川幅がすごく広い。

「でもこんな場所で花火なんかやったら、警察に怒られませんか?」

「その場合は私がうまく誤魔化すから大丈夫よ」

 そう言って彼女はススキ花火に火をつけた。

「あの、泊める条件のお願いを聞くってこのことなんですか?」

「あら、お願いが一つなんて誰も言ってないけど」

「え? もしかしてまだあるんですか?」

「えぇ、もちろん。大丈夫よ全部あなたにできることだから」

「それならまあいいですけど」

「ほらあなたも早く花火に火をつけたら?」

 そう促され俺も花火を手に取り火をつけた。

「でも、何で花火なんですか? それもこんな雨の日にわざわざこんな場所まで来て花火なんて」

「例えば、真夏の無茶苦茶暑い日に、冷房をガンガンに効かせた部屋の中で熱いって言いながら食べる鍋って贅沢だとは思わない? それと一緒です」

「俺には何だかよくわからない考え方です」

「じゃあ、学校に秘密で持ち込んだ漫画を授業中に読むって例えに変えましょうか?」

「その例え、余計にわかりづらくなってる気がします」

「じゃあ、仕事とか試験勉強とかで忙しい毎日を送っていたら、唐突に縄跳びしたくなったり、旅行に出かけたくなったり。友達誘ってサッカーしたくなったり、そういうことってない?」

「それはよくあります」

「じゃあ、今の私はそんな感じの気分って言ったらいいかな」

 そんな会話をしていると看護師さんの花火は消えてしまった。

「あ、消えちゃった」

 そう言って看護師さんは消えた花火を持参した水の入った小さなバケツに入れた。

「でも、わざわざ買ってきてくれた服がまた濡れちゃいます」

「大丈夫です。買い物に行く途中で唐突に花火がやりたくなったので、服は他にも用意してます」

 そう言った看護師さんはまた別の花火を袋から取り出し、火をつけた。

スパーク花火だ。

「それに雨ですから花火で火事になる心配はありません。私は明日は休みなので夜更かししても大丈夫です。つまり絶好の花火日和です」

「雨の日を花火日和って言う人に初めて会いましたよ。ところで看護師さんの名前、まだ聞いてなかったと思うんですが、教えてもらっていいですか?」

「美咲よ、柊美咲。あなたは?」

「阿部和久です」

「阿部くんねよろしく」

 そんな会話をしている間に俺の花火も消えてしまった。

 俺は線香花火を手に取り火をつける。

 雨の日にこんな場所で花火って何だか不思議な感覚だ。

 綺麗に色を変えていく花火を見ていると、一番答えづらい質問をされた。

「ところで、阿部くんって何で家に帰れないの?」

 どう答えよう。流石に十年以上先の未来から来たなんて言えない。

 神隠しの調査なんて信じてもらえるわけがない。

 神社の鳥居をくぐったらこの時代に来ていたなんて誰が信じるんだ。

 それなりに信用している人に鳥居を潜るように言われたらこの時代にいたなんて誰も信じはしないだろう。

「ちょっと帰れない事情があるんです。まぁ家出に近いと思ってもらえればいいと思います」

 家出に近い、確かに家出には近いだろう。それに嘘ではない。受動的な家出か能動的な家出かはいわないことにしておく。

 そんな答え方をした俺を柊さんは横目で見ていた。

「家出に近いって、何があったのかすごく気になるけど、聞くのわやめておくことにしましょう」

「気を使ってくれて助かります」

「それより、家には帰れるの? いつまでもこのままっていうわけにはいかないでしょ」

「今の所は帰れる見込みは立っていません」

「そう言うと思ってた」

 そう言うと思ってた。そんな言葉に少しイラッとする。

「そう言うと思ってたって、家に帰れない人にむかってそんな言い方あります?」

 イラッとした俺は少し強めに言ってしまった。そんな俺の言葉を気にすることもなく柊さんは答える。

「だって、あなたが病院のベンチに座ってた時、家に帰れる目処の立ってる人の顔してなかったじゃない」

「そう言われると何も言えないです」

「まぁしばらくはうちに居てもらって構わないわ」

 そんな言葉に少しばかりホッとする。

 しばらくの寝床は柊さんのおかげで確保はできたが、今後どうなるのかなんてことは全くわからない状況は今も変わらない。

「また消えちゃった」

 そんな言葉と共に柊さんは消えた花火をバケツに入れ、新しい花火に火をつける。

 俺の花火もとっくに消えてたので線香花火を取り出して火をつけた。

「あ、線香花火にするの?」

「そうですけど何かまずかったですか?」

 何かいけなかったのだろうか?

 何せ俺の今夜の寝床は柊さんの気分次第で消えて無くなる可能性だってありえる。

「私、締めの花火は線香花火って決めてるの」

「締めの花火って、締めの雑炊みたいな言い方ですね」

「そう言うあなたはなんで高校生男子が飲み会の締めみたいな表現知ってるのよ? もしかして見た目は高校生、中身は大人みたいな人だったりするの?」

「俺はどこの名探偵ですか」

「あなたのツッコミ結構好きよ」

「芸人志望じゃないのでツッコミを褒められても嬉しくありません」

「あら、それは残念。芸人の才能あるかと思ったのに」

 などと言われても、俺の人生設計には芸人の選択肢は含まれていない。

「私、結構憧れてるのよ、デート中の会話が夫婦漫才みたいなカップルに」

「それ、どんなカップルですか? そんなカップルがいたら街ゆく人に変な目で見られますよ?」

「あら、この女は自分のものだってこれみよがしにアピールしながら歩いているような男とデートするより、そっちの方が楽しいと思わない?」

「それは男のプライドってやつです。付き合ってあげてください」

「あなたにもそういう男のプライドってあるのかしら?」

「それは付き合ってみないとわかりません」

「恋人くらいいるんでしょ?」

「いるにはいますよ、変わった人、、、ですけど」

「どう変わってるのか興味があるわね」

「人の恋人のこと聞いて楽しいんですか? 女性って自分が相手より幸せかどうかに嫉妬するものじゃないんですか?」

「私がそんなことに嫉妬するくらい自分の人生に満足していないように見える?」

「そんなことはないです」

「女の子はどこの国の人も恋バナが好きなのよ。参考までにどんな女性なのか教えてもらえるかしら?」

「付き合ってる期間はそれなりに長いです。最近はデートが夫婦漫才になりかけてます」

「それはデートとは言わないわね」

「・・・なに妬いてるんですか?」

「妬いてない!!!」

 と、こちらを振り向いて強めの口調で言う柊さんを見て少しばかり後退りしながら。

「そうなんですかー」

 棒読みで返すしかなかった僕に胸を張って前を見て彼女は言う。

「そうよ! そんなに器の小さい女じゃないわ!」

「ええ! 間違いなく柊さんは器の大きな女性です!!!」

 今夜の寝床のために俺は嘘を吐き、柊さんは締めの花火なる線香花火に火をつける。

 俺も締めの線香花火に火をつける。

 そもそも、締めの花火って一体何なんだよ。

 俺は思った疑問を口にする。

「ところで、何で線香花火が締めなんですか?」

「そんなの綺麗だからに決まってるじゃない。火をつけて燃えながら咲いて、最後に火をつけた本人もわからないタイミングでポトリと落ちて消えていく。すごく綺麗で儚くて人生と同じだと思わない? 生まれた瞬間に命が宿って死ぬタイミングも誰もわからないなんて」

「線香花火に人生を見出すって、一体どんな考え方してるんですか?」

 そんな俺の問いに彼女はこう答える。

「次に花火をするときは締めの花火はスパーク花火にしましょう」

「結局、その日の気分なんですね」

 俺は答えになっていない答えを聞き、俺たちは締めの線香花火に興じた。

 雨の中、それなりに大きな橋の下で締めの線香花火という謎の柊文化を堪能した後、俺と柊さんはマンションに戻った。


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