午時葵3
神隠し、それは日本中で、いや世界中でいつの時代も起こりえる現象らしい。条件さえ整えば、山の中であろうと、川土手であろうと、神社であろうと起こりうる。歪みさえ生じればどこであろうと起こりうる現象、それが神隠しらしい。
「それがこの町で起こっていると」
「まぁ、そう言うことになります」
前に、手伝えることがあったら手伝うと約束したが、俺に手伝えることなんてあるのだろうか?
「あの、前に手伝えることがあったら手伝うと約束したんですが、難しい内容じゃないですよね? この前みたいな暴力沙汰になったりなんてしないですよね?」
「安心してください、難しくはありませんから」
そう言われて少しだけほっとする。前に見た、怪物同士の暴力沙汰になんて巻き込まれてしまったら、人間の俺なんて一撃で殺されてしまう。
少なくとも俺は、どこかの物語に出てくる吸血鬼もどきの人間もどき、化物のような回復能力を持ってなどいないのだから。
それにしても、神隠しに関する調査に同行するとは、人生でどんな経験をするのかわからないものだ。
そう思いつつ、突然失踪した人達の見つかった川土手沿いを二人で歩いている。
「この辺で一人失踪者が見つかったと聞いています」そう言われて俺は周囲を見渡してみる。
井出や水野達から聞いている話と同じ場所だ。
この辺で見つかっていることは間違いない。
あれ?
でも少し、おかしな気がする。
「あの、白瀬さん、見つかったのはこの辺なんですよね? でも、見つかった場所じゃなくていなくなった場所ってどこなんでしょうか?」
思えば当然の疑問だ。見つかった場所はわかっても、いなくなった場所を聞いていない。
まあ、神隠しなのだから、どこで消えるのか、どのタイミングでどんな条件で消えるのか俺は知らない。
「僕としては、神隠しなんだからいなくなった場所なんて誰にもわからないと思いますが」
「そう、いなくなった場所なんです。調べたところ、この街中のとごでも消えてます」
どこでも消えるって、街中どこでも消える可能性がある。この街全体が危険だと言うことか。
そんな危険な街が世の中に存在する方がおかしな話だと、葵の秘密を知るまでは思っていただろう。
「街全体が危険、神隠しにあう街、まるで心霊スポットみたいな街になっちゃってますね」
「さて、こちらを持ってください」
そう言われて渡されたのはリュックだ。
中に今回の仕事で必要なものが入ってます。と伝えられ俺はそれを受け取る。
「それじゃあ行きましょう」
「どこへ行くんですか?」
「近くの神社です。そこから和久さんの仕事が始まります」
「荷物持ちは仕事ではないということですね」
「そう言うことです」
川土手から向かう最中に俺は白瀬さんから、今回の仕事について話を聞く。
霊的、風水的にとでも言うべきだろう。乱れ始めたらしい。十年以上前に乱れ始めて、ここ最近はそれが大きくなっている。
それが今回の神隠し事件の真相だそうだ。
戻ってこられた人達は運が良かったらしく、戻ってこれない場合もある。
ちなみに、さっき渡された御守りは、もしも俺が神隠しにあったとしても、必ずこの場所に戻ってこれるように細工がしてあるとのことだ。
だから肌身離さず持つようにと言ったのか。
「鳥居です。もうそろそろですね」
俺たちは神社の鳥居をくぐる直前だ。
「鳥居をくぐるのはちょっと待ってくださいね」
白瀬さんに言われて俺は足を止める。
白瀬さんは鳥居は潜らず、横からに回り込み、鳥居を確認する。
「うん、これなら大丈夫でしょう」
そう言ってさらに続ける。
「和久さん、念を押して言っておきます。仕事に必要なものは、先ほどお渡ししたリュックの中に入ってますから、それと御守りは常に肌身離さずに気をつけてください」
「ええ、ちゃんと御守りもリュックも身につけておきます」
「それじゃあ和久さん、鳥居を潜ってこちらにきてください」
そう言われて鳥居をくぐる。なんら珍しい行為でもない。初詣でいつも潜っている鳥居だ。
でも、今回は少し違った。
鳥居を潜った先に、白瀬さんはいなくなっていたのだから。
「えっ!? 白瀬さん!?」
取り乱した俺はさっきまで、白瀬さんが居た場所に駆け寄る。
それに何か様子がおかしい。俺が鳥居を潜る前の神社は、それなりに歴史があり、古くなってガタがきていたから、少し前に改修工事が行われていたはずだ。
それが今、俺の目の前にある神社は、それ以前の俺が子供の頃に初詣に来た頃の、改修工事前の神社だった。
当たりを見渡しても白瀬さんはいない。
神社の裏手に回ろうと、神社の付近を探そうと歩き回るが見当たらない。
まさかとは思うけれど、これは神隠しにあった?
そんなバカなことがあるわけがない。
そう思い、神社の鳥居をもう一度潜る。今度は神社側から階段側へと神社から出ていく向きに鳥居を潜った。
振り向いてもそこにあるのは改修工事前の神社だ。
もう一度、今度は神社に入る向きに鳥居を潜る。
本来なら鳥居を潜るときに一例しなくてはいけないはずだが、そんなことは忘れていた。
「一体何がおこったんだ」
呟く俺の言葉は誰の耳にも届いていない。
仕方がない。一度神社から出て街を探してみよう。
そう思い俺は白瀬さんに渡された荷物を持って神社を出て街に向かう。
そこにあったのは、俺が子供の頃から育った街、見慣れた風景だった。
でも、少し違う街だった。その街は俺が子供の頃に潰れた店が存在し、高校生になって新しく建てられた建物が存在しない、俺のよく見知った街だった。
こうして俺は神隠しにあった。いや、あわされたのだった。
何で白瀬さんはこんなことを?
俺が邪魔だったのか?
もし、俺が邪魔だったとしても、なんで邪魔だったんだ?
まさか、俺が白瀬さんとそっち絡みで関わっているのは葵のことぐらいだ。
まさか、白瀬さんは俺がいない間に吸血鬼退治するつもりじゃ。
そんな考えが脳裏をよぎる。
そう思いつつ、この時代はいつなのかを調べようとスマートフォンを取り出すが、ネットになんて繋がらない。
当然だ。ガラケーの時代、スマホなど存在してさえいない時代に俺の持つスマホがネットに繋がるわけがない。
そう思いつつ、俺は白瀬さんと歩いた川土手を歩いていた。
今日がいつなのかさえわからない。どうやって日付を調べよう。
誰かそこら辺を歩いている人でも聞く?
川土手に立ち尽くし空を見上げると雲がかかっていた。
地面に雨が数滴降ってきた。これはまずい、傘なんて持っていない。どこか雨宿りできるところを探さないといけない。
周りを見渡してもコンビニなんて近場にはなかった。
いや、ちょっとまてよ、コンビニで傘を買おうにも、一度通貨が刷新された記憶がある。
ということは、今俺の財布に入っているお金は使えないということになる。
万事休すとはこのことかと思いながら川土手を離れる。
もしこのまま雨足が強くなれば、川土手まで水が来てもおかしくはない。少なくともこのままここにいるよりは安全だ。
川土手から道路へと向かって歩いている途中に見えた大きな建物があった。
病院だ。それも総合病院。
随分と昔の子供の頃に通った記憶がある。
そう言えば、中にコンビニがあった気がする。
コンビニにおいてある新聞になら日付ぐらい書いてあるかもしれない。
雨足がだんだんと強くなる中、俺は総合病院へと急いだ。
総合病院の中に入る頃にはもうすでに雨は強く降っていた。
ずぶ濡れとは言わないが、それなりに濡れた状態で病院に入った俺は病院内のコンビニに向かった。
コンビニと表現していたが売店と表現した方が良かったかも知れない。
入院している患者さんやお見舞いに来る家族などが、ここで必要なものを買ったりする。
たしかこの頃の、この病院はそんな感じだったはずだ。
さて困った。
病院の中に入ったのはいいが、コンビニの場所がわからない。
仕方がない。そこを歩いている看護師さんにでも聞くか。
「あの、ちょっといいでしょうか?」
「何でしょうか」
「この病気の中に売店があったと思うんですが、どこにあったか覚えてなくて」
「それでしたら、あちらの病棟です」
女性の看護師さんは、そう言ってさらに細かい説明を続けてくれた。
お礼を言い、売店のある方向へと向かって歩く。
コンビニへと歩く俺の後ろ姿を女性看護師は少し眺めていた気がする。
病院内は結構広いから間違った方向に行かないか見てくれていたのかもしれない。
しばらく歩くと、看護師さんに言われた通りの場所に売店があった。まぁコンビニとほぼ同じような設備、実質的にはコンビニだ。
俺は雑誌コーナーの辺りにある新聞を手にする。
今日の日付を確認するためだ。
手にした新聞の日付を見て俺は絶句する。
「えっ」
思わず声が出てしまった。いや、予想はしてはいた。
神社の鳥居を潜った先に改修工事前の本殿があった時から、なんとなく気がついてはいた。
「でもまさかここまでとは」
新聞の日付は俺が生まれる一年ほど前だった。