午時葵1
さて、そんな感じで高校生になった今の僕だが、彼女にどう接すればいいのかわからないときもある。
彼女の秘密を知って以来、その気持ちは更に深まる。
でも恋愛なんて言うものはそんなものなのだろう。
少しばかり特殊なだけで、少しばかり変わっているだけで、どんな男女関係にも秘密も事情もあるものだ。
そう思いつつ僕は今日、人と会う約束のために移動している。会う相手は白瀬だ。
やったー春休みだーっ! と心の中で叫びを声を上げた春休み直前のホームルームの真っ最中、一年の中でも、最も早く帰りたいと、生徒全員がそう思っているに違いないその日のその時間。高校生なんてそんなものだ。僕もその例外ではない。
春休み期間中に部活動に精を出す者、趣味に没頭する者、受験を見据えて勉強する者もいるだろう。僕だって恋人と春休みを過ごしたい。
ホームルームが終わり、教室を出て昇降口へと向かう僕に白瀬さんが話しかけてきたのだ。
「和久さん、ちょっといいですか?」
振り返って白瀬さんを見た僕にさらに白瀬さんは続けていってきた。
「少し話したいことがあるんです。長くなるんですがいいでしょうか?」
「そう言われても、この後、予定があるんです」
困ったような表情の白瀬さんは仕方がないという雰囲気だ。
「では、また今夜にでも連絡します。それと内容に関してですが、私の仕事、つまり鬼とかそう言った感じの内容です。少し手伝って欲しいんです」
「それ、僕じゃないとダメなんでしょうか? 僕は専門家でもなんでもないですし、力になれることは少ないんじゃないかと思いますが」
至極当然の答えだと我ながら思う。俺は専門家でも何でもない。ただ単に、そういう存在に出会っただけの人間だ。
「まぁ、そうなんでしょうけど、そういった存在が世の中にいると知っているのは、この学校の中でも和久さんだけ、いや、私の知り合いの中でも和久さんくらいですから」
あぁ、そういうことか。
「確かに、言われてみれば、そんな存在がいるなんて知ってるのは僕たちぐらいなものですよね」
「それに手伝って欲しいことは、そんなに難しいことではありません」
そうして家に帰り、服を着替えて男友達との待ち合わせ場所に向かった。向かった先は映画館だ。前から気になっていた作品が上映されるのだ。
クラスメイトの井出と水野と映画を見終わった後、近場のマクドナルドに立ち寄る。
「やっぱああいう、日常生活ではありえないようなことを大の大人たちが作るっていうのが映画の醍醐味だよな」と井出は感想を述べる。
「そうだよな、そういうのを楽しむために小説とか買ってるようなもんだし」
水野は同意する。俺も同意見だ。非日常を楽しむために映画や小説、漫画を見る。それがエンターテインメントだ。まあ、身近で非日常が起こった俺がそんな感想を持つのも変な話ではあるのかもしれないが。
「やっぱ、続編も出るのかな? 出たら必ず見に行く」と話に乗っかろうとする、が映画を見終わった井出と水野はもう次の話題に移りたいらしい。
「ところで和久、お前、明石先輩とはどうなんだよ?」
と、水野。いかにも男の会話という感じだ。
「ペットの犬みたいにお預けを食らってるよ」
井出は軽く聞いてくる。
「お預けってなんだよ?」
「お預けはお預けだよ。最近やっと、名前を呼ばせてもらえるようになったんだよ」
「「えっ!?」」
二人とも、そんなお預け食らってんのと言いたげな声を出した。
「それはお預けされすぎなんじゃ」
井出にかわいそうな奴を見るような目で見られた。
「そんなわけで、お前ら二人が期待しているような話はない。それよりお前らはどうなんだよ? 言ってないだけで恋人ぐらい居るんじゃないのか?」
そう切り返すと、井出は「俺には居ない」と。
「俺にはってなんだよ? 妹さんには恋人がいるとかか?」
「それが、妹のやつ夜遊びなのか、恋人なのかは知らないんだけど、しばらく帰ってこなかったことがあって」と井出は話を続けてくる。
なんでも、数日の間、家に帰らず、家族は心配したそうだが、ある日見つかったらしい。それも見つかった場所は川土手だったそうだ。
夜遊びか悪い輩と関わっているのかと井出の家族は思ったらしいが、そんなことはなかったようだ。
俺も井出の妹にそういう話は聞いたことがない。
最近、中高生、特に中学生の間でしばらく家に帰ってこないという事が起こっているらしい。
不良中高生なら家に帰ってこないなんてことは、普通にあり得る話だがそういうわけではないらしい。
俺の妹は、別にぐれているわけでも、夜遊びをするわけでもないが、何かに巻き込まれることだってあり得る。帰ったら注意するように言っておこう。
そう思っていると水野も話題に乗ってきた。
「そんな感じの話、弟からも聞いたことがある」
「その出来事、そんなに頻繁に起こってる話なのかよ」
「弟から聞いたけど、他の学校でも起こってるらしい、いきなり生徒が居なくなって、突然帰ってくるんだって、なんだか不気味だよな。どこかの頭のおかしなやつが誘拐してるのかもしれないし。怖いもんだよな」
「なんか、不思議な出来事だよな。きっと誘拐か何かだろうけど。俺の妹にも気を付けるように言っておくよ」
そんな話をしているうちに、もう夕方になってしまった。
今日はここでお開きだ。
「井出、水野、時間も時間だし、そろそろ帰ろうか」
そうしてこの日はお開きになった。