幽霊さん、帰り道にはご注意を!本当に怖いのは人間だという話
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<えー、本日の夕方頃、〇〇高校の近くの交差点で信号無視をしたトラックが暴走し、玉突き事故が起こした後、ガードレールに衝動しました。この事故で死傷者3名、重傷者1名という大惨事となり、現場は一時期騒然としています。事故を起こした田中容疑者は危険運転致死傷罪の疑いで…なお、現場から………>
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「雨ってやっぱ、テンション上がるよなぁ」
雨が降る夕方、〇〇高校の下校の生徒がちらほらと見える。家から持って来たお気に入りの赤い傘を差して雨が弾ける音を聴き、ルンルン気分で少し見通しが悪いこの道路の信号を待つ。
「あれは……」
「……なさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
俺の向かい側にある真新しいガードレールの下に置かれた白い花束の前で女の子が蹲り、ひたすら何かをぶつぶつと言っている。黒く艶やかな長い髪が顔の前に垂れていて表情は見えない。
(いつから雨に打たれていたのだろうか?)
そんな疑問が頭をよぎり、考えていると信号が青に変わった。取り敢えず、考えるのは後にして今は女の子に声を掛ける方が良いだろう。
「あの…すみません。大丈夫ですか?雨も降ってますし…」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ダメだ。聞いちゃいない」
何をどうすれば良い?分からないが、此方に注意を引かせる為に彼女の肩を掴む…そうしようとした。
その子の肩に手を置こうとした時、俺の手はスーッと貫通する。触れられなかったのだ。
「なっ…!!?」
驚いた俺はその場で今日一番の大きな声を出し、その場で固まった。俺が出した大きな音を聞いたその女の子がゆっくりと此方に振り返ってくる。
「ヒィィイイ!!!」
「誰ですか…誰かいるんですか…?」
髪の隙間からチラッと見えた顔色は悪く、目の下には色濃く残ったクマがあり、頬も少しこけている。まだ顔を下に向けていた彼女が視線を上げると俺と目が合った。
ぐわっ!と覗かれているその瞳から逃げられない。あまりに怖過ぎて身体が思う様に動かないのだ。これは俗に言う金縛りというやつだろうか?……初めて経験する。
「…貴方、知ってます。〇〇高校で同じクラスだった佐藤君ですよね」
「えっ…君って、まさか鈴木さん…?」
「どうして貴方が……いえ、良いんです」
突然の出来事に動揺した俺だが、相手が同じクラスの鈴木さんだと分かって少しは安心した。彼女も真っ黒に染まって絶望した瞳から一瞬、光を取り戻した。
でも、どうしてさっきは触れられなかったのだろうか?まさか本当に幽霊じゃ…。
俺は確かめる為に鈴木さんへ話し掛ける。
「鈴木さん、取り敢えず傘の中に入りなよ。雨が降ってるし、風邪ひいちゃうからさ」
「ありがとう…」
「後、家まで送っていくから…家はどっちの方向?」
「あっちです…」
彼女が指差す方へ2人で歩き出す。生憎タオル等は持って来ておらず、彼女の額から流れる水滴が地面にポタポタと落ちる。
暫く歩いた所で俺は話を切り出した。
「……なぁ、聞いても良いか?何であんな所に居たんだよ」
「そう…覚えていないのね。私、数週間前にあの場所で起きた事故の被害者なの。その日は結婚記念日だから学校終わりにみんなでご飯に行こうって、お父さんとお母さんが迎えに来て、一緒に車の中にいたんだ…」
「事故…?」
事故なんてあの場所であったか?確かに見通しは少しだけ悪いが、俺が生活した中で事故が起きたなんて聞いた事も見た事もない。
更に彼女は続ける。
「私達が信号待ちをしていて、青になったから車を発進させたんだけど、横からいきなりトラックが飛び出してきたと思ったら私はそこで意識を失ったの。後から1人巻き込まれた人がいるって聞いたわ」
「鈴木さん、それって…じゃあ、君のお父さんとお母さんは…」
「ーー助からなかった。その巻き込まれた人も、私達がご飯を食べに行こうとしなければその人も死ぬ事なんて無かったのに…」
小さくて身体が震えている彼女を落ち着かせようとするも触れられない。身体の震えがだんだん大きくなっていくので、俺は少しだけ恐怖を覚えた。
でも、彼女の震えは急に止まった。目の前には木造の古いアパートがある。
「ここ、私の家。折角だし、上がっていって…?」
「あぁ…そう、しようかな」
俺の傘から抜け出し、ポケットに入れていた鍵を出してカチャリと回して扉を開ける鈴木さん。入ったら最後、抜け出せない様な逃げられない様な気配が漂って来て仕方ない。
思い違いだと分かっているが、嫌な予感がしてなかなか中へ入ろうとしない俺を誘い入れた。
「お邪魔します…」
「…良かった。佐藤君はちょっとこの部屋で待っててね」
そう俺に言い残して奥へ引っ込んでいく鈴木さんを見て少し肩の荷が降りる。きっとお茶でも出そうとしているのだろうか。でも、幽霊ってお茶出せるのかね?
待っている間、暇なので部屋の中を見渡す。恐らく此処は家族が団欒としていた茶の間だ。鈴木さんの家族写真や荷物が大量にある。誰もが笑みを浮かべており、見るからに幸せな家族写真だった。
部屋を見回っているとドタドタと足音を立てて部屋の前を過ぎ去っていく鈴木さんが視界に入った。
一体、そんなに慌てて何をしているのか。気になって足音を立てない様にゆっくりと鈴木さんの背後から忍足で慎重に歩いていく。
そして俺が鈴木さんの背中越しから覗き込むとそこには塩を山盛りにした皿を玄関の扉の端々に置いている様子だった。
想像もしなかった光景に思わず声を出す。
「はっ…?」
「ーーあっ、バレちゃったか……でも、良いや。もう終わったし、これで逃げられないから」
「逃げられないってどういう事だ…それに何で幽霊なのに塩を持てるんだよ…!」
「あはっ、あはははは!!私が幽霊…?馬鹿な事言わないで。私ね、すっごく不安だったの。これからどうやって生きていこうか。もうパパもママも居ない。私はひとりぼっちだって…!」
(こ、怖い。逃げなきゃ、逃げなきゃ…!)
鈴木さんの横を通って玄関から逃げようとする。でもその時、俺の身体はバチッと何かに弾かれてしまい、尻餅をついた。
尻餅をついた俺を逃さないと鈴木さんが俺の顔を覗き込む。ハイライトを失ったその瞳を前に俺はただ身体を縮める事しか出来なかった。
「ダメ、佐藤君は私達のせいで巻き込まれたんだもん。これから私が一生を賭けて償うから。だから安心して…?私がおばあちゃんになっても一緒、死んでも幽霊になってずっと一緒に居てあげるわ」
「あぁ、あああああっ!!!!!」
◆
木造建築の築30年は経っているボロアパートに回覧板を持ったご婦人が玄関前に立っていた。
「はぁ、ここのお嬢さん。元気になっていたら良いんだけど…」
まだ1ヶ月程しか経っていないが、あの事故はここら一帯ではだいぶ噂になっていた。
両親とその娘を乗せた車が信号無視をしたトラックに突っ込まれたのだ。
車は横転し、中にいた父親と母親は即死。後部座席に乗っていた娘は頭と全身を打ちつけて重症だったが、回復したと聞いた。
それ以降、その娘を見かける度に同情した近所の人達が何かと気に掛けていたが、以前の様な天真爛漫が似合う少女には戻らなかったという。
髪はボサボサ、顔色は悪くなる一方で最近じゃ、幽霊さんと不謹慎なあだ名を付けたりする輩もいる。
回覧板を持った手を強く握り込んで、扉の脇にあるインターフォンを押した。
「すみませーん、隣の長谷川ですけど〜、回覧板を持って来ました」
「はーい!今行きますね〜!」
「あら…?」
元気いっぱいという予想外の事に驚いた後、ガラガラと扉が音を立てて開く。中からはよく手入れをされた黒い髪を携えた少女が飛び出して来た事に更に驚いた。
「はい、お待たせしました〜!回覧板預かりますね〜」
「えぇ…でも貴方、そんなに元気になって…この前見た時はその、凄く落ち込んでいるみたいだったから元気な所が見れておばさん嬉しいわ」
「あはは。いつまでもクヨクヨしてたら両親にも怒られちゃいますし、それに…今は彼氏が出来ました。そのお陰でもあるかもです…!」
「ふふっ、そうね。じゃあ、その彼氏さんには感謝しないとね。おばさん、これから買い物に行くんだけど鈴木ちゃんも一緒に行かない?」
「あー、いま彼氏が遊びに来てて、すみません。また次の機会でお願いします。じゃあ、私はこれで…回覧板ありがとうございました!」
「はーい、またね………ってあら、玄関にお塩が置いてある?何でかしら…」
(だしてお願い…)
ふと、耳元に誰かが助けを求める声が聞こえた様な気がした。
「何か声がした様な…いえ、きっと気のせいね」
薄れていて余りにか細い声だった為、風かしらと頭を捻りながら今晩の夕食の為に買い物へ出掛ける。道中、そういえば彼氏さんの靴が見当たらなかったわね。
「あらやだいけない。早く行かないと値引き商品が無くなっちゃう!」
腕時計を見て時間を確認し、値引きが始まる時間帯、もうすぐ7時だと急いでスーパーへと足を進める。先程までの考えはいつの間にか消えていた。
◆
玄関を閉めて、人の気配が無くなった事を確認する。手に持つ回覧板を適当な所に置いて愛しい人が待つ茶の間に向かう。
「おまたせ〜、いまごはんにするからね?」
「……………」
「もう、いい加減機嫌直してよー!貴方だってあのまま行く宛もなく彷徨い続けるのは嫌でしょ?だって今まで私しか認識できなかったのだから。ならさ、お互いにメリットのある方がいいと思うの。私はこの胸の中にある罪悪感を減らしたい。佐藤君は誰かに自分を見て貰いたい。ほらね?私達、相性というかメリットがいいと思うの。だからいい加減にして、拗ねないで怒らないで全部受け入れて?じゃないと私もそろそろ我慢の限界よ。パパとママが居なくなって不安だった。私1人だけ世界に取り残されているみたいに孤独だったの。でも今は違う。貴方がそばに居てくれる。あの時、自分が幽霊だと分かっていなかったとしても泣いている私に声を掛けて傘まで差してくれたのが嬉しかった。まあ、傘は意味がなかったんだけど、その心遣いが嬉しかったの。優しい貴方に触れて私はもうダメみたい。私をここまでダメにしたんだもん。責任取ってくれるよね?取ってよ、取るって言ってよっ!!何でさっきから黙ってるの?貴方は私の彼氏でしょっ!分かった。私に触れないのが嫌なのね。分かったわ、分かったわよーーーー」
「ぁぁ……」
「ーーーーーー私も幽霊になろうかしら?そうすればずっと一緒よね?」
何も変わらない日常、少女は元の元気と美貌を取り戻した。事故のショックから誰もが良かったと讃える中、少女は不気味に笑う。
「ふふっ、これから楽しみっ!」
「ここから…だせぇぇえ!!!」
ただ1人の少年の声は聞こえずに…。
幽霊だった少年が病みに病んだ少女に嵌められて閉じ込められ、一方的に愛される。そんなお話。
久しぶりにホラーを書きましたが、上手く書けたでしょうか?
幽霊(少年)が怖かったら→★
少女(人間)がやばかったら→★★★★★
をして頂ければ幸いです。