5話 『浮気の証拠』
「……絶対この人だ」
廊下に掲示される写真を見て、恭太は確信した。
サッカー部が県大会で準優勝した時の集合写真。エースナンバーを身につける男の姿が、恭太が見た男と完璧に一致した。
やはり、胡桃の浮気相手は笹山礼二だったのだ。
(……となると次は)
笹山礼二は浮気をしてるのか。それを確かめるために恭太のとった行動――尾行だった。
これ以外に手段が浮かばなかった。
直接礼二本人に尋ねるわけにもいかないし、彼が自身の浮気情報を他人に話してるとも思えないので聞き込み調査も無意味。
となれば自分の足で真実を突き止めるしかなかった。
放課後、恭太は三年生の下駄箱の前で待ち伏せした。
いつも一緒に帰る諒には「しばらく予定があるから一緒に帰れない」と適当に言っておいたため問題ない。時間は十二分にある。
今日確証が得られなかったらまた明日、明日も無理だったらそのまた明日……と、礼二の浮気が掴めるまで恭太は尾行を続けるつもりだった――のだが、
「礼二先輩……こうやって一緒に帰るの初めてですねっ!」
「そうだね。……この後、時間ある?」
「あります!」
「俺ん家くる? ちょっと汚いかもだけど、今日親も仕事でいないし夜まで一緒にいれるよ?」
「行きます! 先輩の家、行きたいです!」
校舎から一人ででてきた礼二をしばらく追うと、道中で一人の女子と落ち合った。いきなりビンゴである。
(確かあの人は……)
二年B組、矢吹美里亜。相手の女子に、恭太は見覚えがあった。
「……でも、いいんですか? いきなり家に上がっちゃって」
「いいよいいよ。だって美里亜ちゃん、俺の彼女だし?」
美里亜は嬉しそうに笑った。
恭太は確信した。礼二は浮気をしている。本命はわからないが、被害者は美里亜か胡桃。あるいは両方か。
わざわざ学校から遠く離れた場所で合流するあたり、関係を隠そうとしてるのは間違いない。
恭太は念のため、手を繋いで歩く二人の姿を写真に収めた。
(……ここは)
バレないように尾行を続けると、礼二たちは建物の中に入っていった。『笹山』と書かれた表札を見て、恭太はそこが礼二の家だと分かる。
年頃の男女が二人で家に。これはもう証拠として十分だろうと、恭太は満足して帰ろうとしたその時だった。
二人が家に入って数分。
中から美里亜が勢いよく飛び出してきた。
「なぁ……あんた、矢吹美里亜さん?」
声をかけるべきか。――否、こんなチャンスは滅多にないだろうと、背後から声をかけた恭太は後悔した。
「あ、えっと……ごめん」
美里亜は泣いていた。目は赤く腫れ、恭太と目が合うと恥ずかしそうに涙を袖で拭った。
「……三橋……くん?」
震える声で美里亜は尋ねた。
この時、恭太の頭には二つの選択肢が浮かんだ。一、美里亜の心中を察してこの場を立ち去るか。二、復讐のために美里亜に探りを入れるか。
結果、後者が勝ってしまった。
「笹山先輩の浮気……だよね?」
「な、なんでそのこと……」
やっぱりか、と恭太は心の中で頷いた。
「俺も彼女に浮気されてさ、最近知ったんだけど……」
「三橋君……そっか、花咲さんと付き合ってたもんね」
美里亜と恭太は知り合いだ。中学高校と同じで、けれど同じクラスには一度もなったことがない。名前は知ってるけど話したことはない……そういう関係だった。
「……三橋君はなんでここに?」
「笹山先輩を……尾行してた」
「尾行?」
「先輩の浮気の証拠が欲しくて。胡桃に復讐するには、必要だったから……」
「復讐……それって、浮気の?」
「……ああ」
美里亜は考えるような仕草を見せた。
恭太は慌てて謝罪を述べた。
「ご、ごめん! いきなりこんなこと……」
美里亜はおそらく今浮気を知ったばかりだ。
だから泣きながら家を飛び出してきたわけで……そんな相手に言う話じゃなかったと恭太は頭を下げた。
「私、そんなこと思わなかった」
恭太は顔を上げる。
「先輩のこと大好きで、浮気されてるって分かって、私のこと本気で見てなかったんだって悲しくなったけど、復讐しようとは……思わなかった」
美里亜は続けて言った。
「……でも、浮気されて許せない、って気持ちは分かるし、怒りたくもなったけど、私……先輩のこと……大好きだったから……」
美里亜は手で顔を覆って膝から崩れ落ちる。
静かに泣き出した彼女を見て、恭太は好奇心に負けて話しかけた自分を恨んだ。
彼女が泣いてるとは知らず、涙に濡れた顔に気づいてもなお会話を止めなかった自分を、恭太は最低だと思った。
「……ごめん」
道端で泣き崩れる美里亜の背中を、恭太はただ優しく摩るばかりだった。