46話 『最期』
『ひ、人を……人…を……間違えて――』
恭太の迫真の演技は、通報する電話口でも続いていた。血を流し地面に崩れる胡桃を前に、悪びれた様子もなくつらつらと御託を並べていく。
はたして恭太に隠れた演技の才があったのか。心が壊れて感情を無くした様が、たまたまそのように見えるのか。分からない。
ただ恭太は震えた声で通話を切ると、人が変わったように落ち着き冷めた目で胡桃を見下ろした。
「三…橋……くん、あん……た…ッ」
傷口を上に向けて地に倒れたことで流血が弱まり、胡桃はなんとか意識を繋いでいた。
今にも途切れそうな苦しい語気で恭太に怒りを向ける。どうやら胡桃は彼の冷ややかな視線に全てを察したようだ。
「こんな……ことして……、許され……る…わ、け」
「く、胡桃っ!! ごめん……ごめん!!」
胡桃の弱々しい声を嘘で掻き消すように、恭太は駆け寄った。そして今度はしっかりカメラの画角に顔を置き、警察が到着するまでの数分、心にない言葉を投げ続けるのだった。
× × ×
「訪問してきた彼女にいきなり襲われた。なんとか抵抗しようと暴れた君は間違えて彼女の腹を刺してしまった。……それで間違いない?」
「……はい」
警察が到着するとすぐに恭太への聴取は始まった。ほぼ同時に到着した救急隊が胡桃を回収する前で、恭太は嘘の供述を並べた。
「ち、違っ……そい……つ、が……」
胡桃は残されたわずかな力で真実を述べようとしたが、そんな彼女の努力も、恭太が嘘をついてるのではと勘繰る警官の推理も、カメラに残された映像の前では意味をなさなかった。
聴取が少し進んだ辺りで、恭太は思い出したように声を上げた。すぐに言えばハナから準備してたと疑われかねないからだ。植物の成長記録を撮るためと題したそのカメラの存在を、恭太は警官に打ち明けた。
恭太は無実となった。逆に一方的に恭太を襲おうとした胡桃が殺人未遂の罪に問われ、けれど彼女がその刑を受けることはなかった。
救急車に乗せられる手前、胡桃を見て勝ち誇ったように口元を小さく緩める恭太と、絶望と苛立ちに襲われながらも、それらを表に出す余力もない胡桃。
それが、二人の最期だった。