44話 『胡桃』
玄関に都合よく携帯が置かれてるのは不自然だろう。そう思った恭太は録画の回った携帯の前に、少し離して植木鉢を置いた。
"植物の成長過程を撮影する"という体なら、何とかやり過ごせるだろう。
特に育ちやすい植物をチョイスして種を埋め、恭太の準備は完了した。
「これで胡桃も終わりだ……」
恭太は確信していた。礼二の死に胡桃は何をするか。泣いて諦める……そんなはずはない。
胡桃は恭太に復讐をする。自身が浴びたのと同等の傷みを、恭太にも与えようとするに違いない。
胡桃にとって、礼二を失うのは死ぬも同然。そして今の彼女にできることは限られてくる。
暴力、あるいは殺しにくるだろうと、恭太は身構えて胡桃を待ち受けていた。
× × ×
「先輩が……死んじゃう……先輩……先輩が……し」
到着した救急車に運ばれる礼二を見ながら、胡桃はうわ言のように呟いた。
打ちどころによってはまだ助かるかもしれない。学校の屋上とはいえ高さはマンションの四階程度。大怪我を負っていても命さえあれば胡桃にはまだ希望がある。
血に濡れた地面を見ながら、胡桃は必死に祈った。彼の生存を、祈って、祈って、礼二は死んだ。
即死だったという。頭を打ちつけた礼二は自殺とされ、原因は学校内での仲間はずれ。けれど彼が浮気していた前提もあり、一度開かれた集会で事は片付けられた。
胡桃は真の意味で全てを失った。周囲からの信頼も、友達も、そして唯一の拠り所だった礼二も。
彼の死以来胡桃は学校に行かなくなり、毎日声が枯れるまで泣き続けた。
悲しみと喪失感に任せて。やがて彼女を支配していたそれらの感情は、別のものに変わる。
膨大な怒りだった。
礼二の死――それを引き起こした張本人。礼二を追い詰めた生徒たちに噂を広めた恭太に、矛先は向けられた。
恭太を許さない。愛する彼を死に追いやった恭太を殺してやる。
全てを失った胡桃はもう、これ以上失うものはなかった。どうにでもなれ。その一心で胡桃は恭太の元に向かった。
背負った小さなリュック。中には刃物。彼の家が近づくとそれは手に渡る。
懐かしい家だ。インターホンを押す。獲物は姿を現した。