37話 『限度があるでしょ』
(……ふざけるな)
胡桃からのメッセージを見た恭太は、分かりやすい煽りの言葉に怒りが込み上げてきた。
(絶対に別れさせてやる)
礼二は胡桃の浮気相手だ。その彼と再び楽しくやり直すなんて、恭太からすれば絶対にあってはならない。
ただちに別れさせなければと、焦りを滲ませていた恭太の元に後日、大きな情報が舞い降りた。
「姉ちゃん……子供は産まなかったみたいです」
恭太は事件以来、何度か碧人と顔を合わせていた。
姉が傷つけてしまったことへの罪悪感なのか、恭太が尋ねると碧人は大体に答えてくれた。これは使える情報源だと、恭太は胡桃の情報を引き出し続けていた……そんな矢先。
胡桃は子供産まなかった……つまり中絶をしたと言うのだ。
「ありがとな、碧人。胡桃には……」
「大丈夫です。恭太さんと話したことは言いません。……全部姉ちゃんが悪いのに、わざわざありがとうございます」
「……これでも胡桃の元カレだからさ。心配では……あるんだよ」
「また何かあれば聞いてください。連絡くれればすぐ向かうので」
碧人には〝元々付き合ってた彼氏として妊娠してしまった胡桃の近況が心配だ”という体で話を聞いている。
いつもはちょっとした情報しか得られてなかったが、今日の収穫は大きい。
早速恭太は、胡桃への復讐を再開するのだった。
× × ×
「……今日はどうしたの?」
話があるときは駅近くにあるカフェの角席で。それは恭太と美里亜の間で定番化し始めていた。
今日も帰り道に恭太に連れられたものだから、美里亜は何か頼まれるのだと勘づいていた。
「頼みがあるんだ」
「……何さ?」
「この前、胡桃が妊娠してるって言ったよな?」
「うん、聞いた」
「中絶したんだって」
「……そ、そうなんだ」
美里亜はなんだか嫌な予感を抱いた。
見たことのある流れに、案の定恭太はそれを頼んできた。
「胡桃が中絶したって、学校中に広めてほしいんだ」
「……」
悪びれた様子もなく、さも普通のことのように恭太は言った。
これも、復讐のためなのだろうか。胡桃に浮気をされて許せないから、彼女の中絶を晒しあげるのだろうか。
「……ごめん、今回は協力できない」
「………………なんで?」
美里亜はびくりと肩を揺らした。怖かったのだ。なんで断るんだと言わんばかりに鋭くなった恭太の目が、自分を睨みつけているような気がした。
「さ、さすがにやりすぎだよ……。もう花咲さんも反省してるって! 高校生で妊娠して……中絶なんて、それだけで十分辛いはずなのに……その上学校中で噂されるなんて、いくらなんでも……」
「だからやるんだろ。胡桃が苦しむから広める。復讐するって、そういうことだろ?」
「限度があるでしょ! もう花咲さんは十分苦しんだ。これ以上続けたら……もうどっちが悪か分からないよ……」
「……俺より胡桃の方が善だって言いたいのか?」
「そ、そういうことじゃなくて!!」
恭太の言葉には怒りを帯びていた。今まで大人しく手伝ってくれていた美里亜に復讐を止められて、気に入らないのだろう。
「……分かった。俺一人でやる」
「三橋くん!!」
「矢吹さんはもういいよ。手伝ってくれてありがと」
恭太はそう言い捨てると、美里亜に視点を当てることなく店を後にした。
このとき無理矢理にでも止めるべきだった。美里亜がそう後悔したときにはもう、全て手遅れなのだった。