34話 『堕ちた男と堕とされた男』
「三橋くん、君の言う通りだった。胡桃ちゃんに復縁を頼まれたよ。……もちろん断ったけどね」
「……そうですか。信じてもらえたみたいで良かったです」
そろそろ頃合いだろうと、恭太は礼二の家を再度訪れて近況を知った。
恭太の予想通り胡桃は礼二に復縁を迫ったらしく、礼二は強く拒絶した。
これでさすがに胡桃も懲りただろうが、恭太にとって礼二と胡桃に復縁されては元も子もない。
浮気の復讐として彼女らの関係を破壊したのだから、元に戻ろうものなら徹底的に潰すまでだ。
(本当の相手が笹山礼二なら……面倒だな)
いっそのこと胡桃に別の相手がいた方が都合がいい。妊娠させたのが礼二ならば、証拠を手にした胡桃が再度復縁を求めて今度は成功するかもしれない。
最初に礼二に復縁を迫るくらいだ。もし胡桃を妊娠させた別の男が存在するのならば、胡桃にとってその男は頼りにならない、少なくとも礼二以下の存在であるに違いない。
その男と嫌々復縁するのなら、恭太からしてもどうでもいい、これ以上復讐を続ける必要のない許容範囲だった。
(ひとまずは様子見……だな)
次のアクションを起こすのは胡桃の動向見てからだ。妊娠相手を調べるか、はたまた存在するかもしれない別の男に泣きつくか。
――結末を知っていれば、恭太はここで歩みを止めていただろう。
何事も後悔してからでは遅いと気付いたのは、もう少し後のことだった。
× × ×
(先輩……急にどうしちゃったのよ)
胡桃は困惑していた。それは間違いなく妊娠の相手が礼二だからだ。
恭太とは行為をしておらず、ましてや他に関係を持った男がいるわけでもない。唯一可能性があるとすれば礼二であると、それは胡桃が一番理解していた。
(冗談でもあんなこと言う人じゃなかったのに……)
浮気した礼二の人間性は肯定できないが、胡桃は礼二が自分が妊娠させた相手に嘘をついて拒絶するような真似はしないと思った。
『それくらいの責任は、僕もとるよ』
もし妊娠を嫌って胡桃を突き放したのなら、そんなことを言うだろうか。
妊娠が発覚してから電話だってしたし、拒絶するタイミングは他にいくらでもあったはずだ。
(……そういえば)
『復縁』というワードを聞いて、礼二の顔つきが変わったのを思い出した。
それほど胡桃との復縁が嫌だった……そうは考え難い。おそらく別の何かが……例えば誰かの入れ知恵があったとしたら――
(……三橋恭太)
胡桃は心の中でその名を呟いた。
ありえるかもしれない。妊娠を知った恭太なら、胡桃が礼二に復縁を願うことくらい予想できるだろうし、恭太は彼らの復縁を好ましく思わないだろう。
もし恭太が裏で礼二を操っていたのだとしたら……考えるだけで胡桃は恐ろしくなった。
おそらく、恭太は胡桃の妊娠相手は別にいると吹き込んだ。それを信じた礼二が騙されていたんだと思い込み、復縁を迫った胡桃を拒絶した。
ならばまだ間に合う。礼二が恭太の影響で胡桃を突き放したのだとすれば、本当の相手が礼二であることを示せば良いだけ。
(三橋くん……)
胡桃は多股した礼二よりよっぽど恭太の方が恐ろしいと、今回の件で感じるのだった。