33話 『嘘と真』
「君は……三橋くん?」
昨日のことだった。
胡桃から中絶の決断を聞いて安堵していた礼二の元に、一人の来客が現れた。
恭太だ。
礼二は彼の顔を見るとすぐに何か企んでいるのだと察した。
そしてその通り、恭太はニヤリと悪戯に笑って言った。
「胡桃のことで……話があるんです」
「胡桃ちゃん?」
ただ、用件に関しては礼二の予想と異なった。
てっきり前と同じように、何か協力を要求されるのかと身構えたが、恭太は胡桃について話があると言い出したのだ。
「胡桃、妊娠してるんですよね」
「な、なんで君がそのことを……誰かに聞いたのか?」
「はい、胡桃に聞きました」
「胡桃ちゃんに……!?」
胡桃は恭太に隠そうとしていた。妊娠したことを恭太に知られたくない、それは昨日直接胡桃に聞いていた。
だから胡桃が恭太に教えるなんてことは……
「――ありえない。そう思いましたよね」
「……」
礼二の考えていることはお見通し、そう言いたげな口調で恭太は続けた。
「よく考えてください。おかしいと思いませんか?」
「……おかしい?」
「先輩は今まで色んな人と浮気して、多くの女性と関係を持ってきたと思います」
「……」
「そんな先輩が胡桃を妊娠させる……なんてありえますか?」
「そ、それは……」
礼二に反論の余地を与える間も無く恭太は言い詰めた。
「胡桃が言ってました。礼二先輩と復縁したい、って」
「……えっ?」
「そうすれば俺が悔しがるだろう、って。全部……胡桃の作戦なんです」
「それって……」
「妊娠はそのための嘘です。いや、嘘というと少し語弊がありますね。……妊娠させたのは先輩じゃない、相手は別にいるんです」
つまり、本当は別の相手がいるのに、復縁のために胡桃が礼二を騙していると言うのだ。
ありえるかもしれない。礼二はそう思った。
恭太の説明は大方筋が通っている。なにより、胡桃との行為時にはしっかりゴムで対策をした。いくら完璧な避妊でないとはいえ、手慣れた礼二がヘマをするとは思えない。
「思い出してみてください。何か違和感とかありませんでしたか」
「違和感……」
礼二は記憶を漁った。するとすぐに、胡桃が中々病院に行こうとしないのを、不思議に思っていたことを思い出した。
もしかすると、それは礼二に本当の相手がバレるのを恐れたのではないだろうか。実際、妊娠が発覚したというだけで、相手が自分である証拠はまだ示されていない。
「三橋くん……本当に、胡桃ちゃんには別の相手が……?」
「はい。少なくとも、俺はそう思います」
「……信じられない」
「そうですか。でも時期に分かります」
「えっ?」
「復縁してほしい。さすがに胡桃にそう頼まれれば、信じるしかないですよね?――」
その時は君を信用するよ。礼二のその言葉を最後に、二人のやり取りは終わった。
そして、結局全て恭太の言う通り、あるいは望んだ通りになるのだった。