3話 『私には先輩がいるから』
改めて、胡桃の影響力は凄かった。
浮気の噂は瞬く間に学校中を巡り、学校が終わる頃には大半の生徒に周知していた。
「三橋君、なんと言えばいいのか……ドンマイ」
見知らぬ生徒には同情され、友人には励まされた。けれど、浮気された身としては、そっとしておいてほしいのが本音である。
……ともあれ、浮気の拡散には成功。胡桃は意味がないと言っていたが、強がってる可能性もある。念には念を、ってやつだ。
恭太への同情の他に、胡桃の陰口も聞こえてくるようになった。
主に女子。胡桃に失望したのか、今までの彼女を全否定するような聞くに耐えない悪口……そこまで言う必要は、と恭太も思わず引いてしまうほどだった。
『学年のマドンナ』という肩書きは、一日にして『浮気女』に変わってしまった。
(これで少しは進んだ……はず)
ただ、一つ気がかりだった胡桃の発言を思い出す。
『私には先輩がいる』
今朝、別れを告げた時に胡桃が言いかけた言葉。
先輩とは誰のことか、おそらく浮気相手であることは間違いない。恭太は記憶を辿る。
……昨日、母におつかいを頼まれた帰り道。夜のホテル街に佇む二人の男女……その男。特徴あるその男の姿を、恭太は覚えていた。
「……それ、笹山先輩じゃない?」
帰り道。諒は聞き覚えのある名をあげた。
高身長で色素は薄くも派手な金髪。遠目に見ても分かるほどに肉付きのいい体。それらの特徴は笹山先輩なる男に一致すると諒は言った。
「笹山先輩……サッカー部の?」
「そうそう、笹山礼二。名前くらい聞いたことあるだろ?」
笹山礼二。
確かに、恭太はその名を聞いたことがあった。サッカー部期待のエース、女子を惹きつけるビジュアルに抜群の運動神経、それでいて勉学にも長けている完璧超人。
その笹山礼二が胡桃の浮気相手かもしれない……考えるだけで虚しくなった。
「笹山先輩がどうかした?」
「いや、どういう人なのかな、って」
「……まあ、一言でいうなら完璧人間? サッカー上手いし勉強もできるし、やばいよあの人……」
人脈の広い諒なら何か知ってるかと思い聞いてみたが、大方恭太も知る情報だった。
「………あ」
何かを思い出したように諒は口を開ける。
「女癖が悪い、って噂になってたかも」
「……マジ?」
「彼女をとっかえひっかえしてるとか、浮気してる、だとか……まあ、先輩に嫉妬した人が流したデマかもしれないけど」
「……そうなのか」
もしそれが事実なら、笹山礼二の彼女が一人であるとは限らない。二人……あるいは三人。胡桃以外にも、付き合ってる彼女がいるのかもしれない。
それなら好都合だ、と恭太は思った。
口ぶりからして、胡桃はその『先輩』とやらにかなり心酔してるように見えた。もしそれが笹山礼二ならば、次の復讐は関係の破壊。
胡桃から笹山礼二を奪ってしまえば、彼女は頼る宛がなくなり本当の意味で終わり。
笹山礼二が女癖の悪いクズなのだとしたら好都合。これは上手くいきそうだ、と恭太は思わずにやけそうになった。
「さんきゅー、諒」
恭太の次やるべきことは決まった。
胡桃と笹山礼二の関係を断ち切る。その前に、まずは事実確認から始めよう。