25話 『電話』
胡桃は一度冷静になった。
このままではダメだ。昨日のうちに本当のことを話しておくべきだったと後悔した時にはもう、両親との話し合いから一日が経っていた。
どうするべきか。バレないようにする……そんなことは不可能だ。ならば、せめて今の自分にできる足掻きをしようと、胡桃は携帯を手に取った。
慣れた手つきで連絡先を漁る。すぐに目当ての番号を見つけて電話をかける。礼二だ。胡桃は礼二に電話をかけた。
「……もしもし?」
「あっ、先輩!……今、少し時間いいですか?」
五コールほどで低い声が電話口から聞こえた。別れたばかりには思えないテンションで尋ねる胡桃に、礼二は間を空けて「いいよ」と返す。
「相談があるんですけど……」
とても重大な事態を、胡桃は勢いのまま伝えた。
「私、妊娠しちゃったみたいで……」
「……え?」
ガタリと、電話の向こうから礼二の動揺の音が聞こえた。胡桃は元から言葉を考えていたかのように、つらつらと続けて言った。
「多分……いや、絶対に相手は先輩なんです。……私、先輩との子を妊娠しちゃったんです」
「ちょ、ちょっと待ってよ胡桃ちゃん。に、妊娠? 本気で……本気で言ってるのかい?」
「……はい。今度病院行ってみますけど、ほぼ確定です。症状とか、ネットで調べたのと一致してるし……」
「ま、まだ病院は行ってないのかい? じゃ、じゃあ確定とは言えないんじゃ」
「まぁ、そうですけど。……先輩、責任とってくださいよ」
これが言いたかったと言わんばかりに、胡桃は最後の一文をねじ込んだ。
礼二は黙り込む。突然のカミングアウトに理解が追いつかないのだろう。大きく深呼吸したのがはっきりと聞こえた。
「責任って……具体的には……」
「協力してほしいことがあるんです。先輩、明日会えませんか?」
「明日?……大丈夫だけど」
「十五時に先輩の家の近くの公園で待ってます。必ず来てくださいね」
礼二の相槌を最後に、胡桃は通話を切った。
「ただで終わるわけにはいかないのよ……」
恭太にさえ妊娠を知られなければ、まだどうにでもできる。
家族にはしばらく前に彼と別れて新しく礼二と付き合ったと言い、昨日話さなかったのは家族同士で関わりのあった恭太と別れたことを言い辛かったからと適当に言えばすむ。
胡桃はまだ礼二に気が残っている。これを機に彼との関係修復ともなれば、胡桃にとってそれ以上のことはない。
絶対に成功させてやる。そう息巻く胡桃は、作戦の前提から破綻していることには気づいていないのだった。