2話 『花咲胡桃』
「あいつ、調子乗ってたんじゃねーの?」
「あははっ、ありえる。自分のこと大好きっ、て感じが滲み出てるよねー」
「浮気……って聞いても、まあそーだよねって」
「納得、みたいなっ?」
「お、おい! 聞こえるだろ……」
「やばっ、」
男子に絶大な人気を誇っていた胡桃は、それを好まぬ一部の女子に嫌われていた。
醜い嫉妬、それでも大半は好印象。毎日彼女の周りには多くの人が集まり、彼女に憧れる女生徒も多くいた。
だが、
「ねぇ、花咲さん。浮気したってほんとー?」
「まじないわ〜。……三橋君、だっけ? その子が可哀想だとは思わないの?」
「思ってないでしょ。じゃなきゃ浮気なんてしないって」
「あははっ、確かに〜」
女子が三人、胡桃の周りを囲んだ。
どうやら、今朝の胡桃と恭太のやりとりは他クラスまで広まってるらしい。
それを聞きつけたクラスメイトが叩き時を見つけたように、胡桃を問い詰めてくる。
――あぁ、めんどくさい、と胡桃は彼女らを睨みつけた。
「な、なによ。なんか文句あるわけ〜?」
「こわーい! 学年のマドンナがそんな顔しちゃいけないよー!」
「……でも、これがこいつの本性ってわけか」
今朝から、クラスメイトの胡桃を見る視線が変わった。理由は言うまでもない。
仲が良かった友達には視線を逸らされ、好まれてなかったクラスメイトからはこの有様だ。
(みんな、私と三橋君の関係なんて興味なかったくせに……)
男子にはモテて、女子には憧れられて、そんな胡桃が蔑まれる姿が愉快で仕方ないのだろう。三人は、晒しあげるような大声で、胡桃のことを嘲笑った。
「そうよ、私は浮気をした。……けれど、それってあなたたちに何か関係ある?」
「み、認めやがったぞこいつ!」
「なになにー 開き直る気ー?」
「あははウケる〜」
胡桃は痛くなかった。
いくら嫌われようが、信頼を失おうが、どうってことはない。
三年C組、笹山礼二。
胡桃には、他の何を失ってもいいほどに、大好きな先輩がいた。
出会ったのは数ヶ月前。サッカー部でエースを務める彼とは、同じ体育祭実行委員の集まりで出会った。
初めはチャラそうな先輩だな、と……半ば相手にしていなかった胡桃だが、話しているうちに段々と、楽しい人だな、面白い人だな、笑顔の素敵な人だな、と魅力が見つかっていった。
やがてそれは好意に変わり、そのタイミングで彼から告白をされ、恭太という彼氏がいながらも胡桃は受理してしまった。
悪いとは思ってる。けれど、仕方なかった。
恭太を振らなかったのは、少なからずも彼への好意が残ってたからだ。
振ろうにも思いきれず、そのまま数ヶ月、彼の方から別れを告げられるまで関係を続けてしまった。
後悔はしていない。むしろ、いずれバレるのは分かっていたし、覚悟していた。
けれど、クラスメイトにまでそれが広まるのは想定外だった。
(……でも、私は平気)
「用がないならどこかへ行ってもらえないかしら? 私、ご飯を食べようとしてたんだけど」
「な、なんだよ偉そうに……いこーぜ」
「バイバイ、学年のマドンナ花咲胡桃ちゃーん」
「行こ行こ〜」
先輩さえいればそれでいい。
胡桃が弁当を一人で食べたのは、この日が初めてだった。