16話 『胡桃の反撃』
「ふふふ……これがあれば……」
家の中で、一人胡桃は不気味な笑い声を溢していた。
彼女の携帯に映る画像。そこには二人の人物が写っている。
「馬鹿ね……三橋くん。人の浮気をバラしといて、まさか自分も……とは。反応が楽しみだわ」
その写真はついさっき撮ったばかり。
恭太の後をつけ、それっぽく見えるように撮ったものだ。
「事実なんてどうでもいい。矢吹さんさえ信じこませてしまえば……」
恭太と月島が二人きりで歩く様だった。
恭太と付き合う美里亜にこれを見せる。
信じてもらえなければ、適当な作り話をでっち上げるまで。別れるまではいかずとも、関係に亀裂が生まれればそれだけで胡桃にとっては上出来だった。
(今に見てなさい、三橋くん)
× × ×
「ねぇ、矢吹さん。話があるの」
「花咲さん?」
翌日。
早速作戦を実行に移そうと、胡桃は美里亜に声をかけ帰路を共にすることになった。
「……で、話って?」
「落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
何か良くないことを言い出すように、胡桃は神妙な面持ちを浮かべた。
美里亜は首を傾げる。
「……これ、見て」
胡桃は例の写真が表示された画面を、美里亜に見せた。同情するように、「本当は教えるべきなのか迷ったのだけど」と適当な言葉を添えて。
傾げた首はそのままで美里亜が問う。
「これがどうかした?」
「え?」
予想外の反応に胡桃は狼狽える。
「どうかしたって、これよ……分からない? 三橋くんが他の女と二人きりで街中をぶらぶらしてたのよ」
「……それが?」
「それがって……そ、そう! カフェ……お洒落なカフェにも行ってたわ! その後はデパートで買い物をして、まるでデートみたいに……」
説得力を増させるように胡桃は嘘を付け加えたが、美里亜の反応が変わることはなかった。
むしろ急にどうしたのかと、胡桃の態度に不信感が募っていった。
「矢吹さん……悲しくないの?」
「悲しい? なんで?」
「なんでって……私見ちゃったのよ。写真にはないけど、二人が手を繋いで歩くとこ。これは立派な浮気よ!」
「浮気? 三橋くん、他にも付き合ってる人いるの? というか、写真の人と付き合ってるの?」
話は通じてる。けれど思ったリアクションじゃない。胡桃の今の心境だった。
「えぇ! この二人は間違いなく付き合ってる。昨日見て確信したわ」
「……ふーん。けど、三橋くんが誰と付き合おうが三橋くんの自由だし」
「……矢吹さんはそれでいいの?」
「……? まあ、私と三橋くんが付き合ってたら怒ってたかもねっ」
「えっ?」
そう言って美里亜は微笑んだ。
胡桃は動揺する。そして頭に浮かんだ言葉がそのまま口に出た。
「あなたたち……付き合ってるんじゃないの?」
「私と三橋くんが? なんでそうなるのさ」
「だって前に図書室で……あなたが、彼に……」
「図書室?……あー、あの時ね。あれはただ私が三橋くんにお礼を言いたかっただけで……ってか花咲さん、ちゃんと三橋くんに謝ったの?」
胡桃の計画は前提から破綻していたのだ。
図書室の曖昧なやり取りから二人が交際関係にあると誤解し、恭太の浮気をでっち上げることで別れさせようとした。
「じゃあ、私の作戦は……」
「……ねぇ、聞いてる? ちゃんと三橋くんに謝りなよ?」
「こんなことをしても……無駄だったのね」
「花咲さんのやったことは許されないんだから。反省して、もう二度と……」
「……だったら、わかったわ」
「ちょっ……な、何よっ!?」
突如、胡桃は美里亜に掴みかかった。
「あなたと三橋くん、随分親しげに見えたけど?」
「は、離してっ! 花咲さん!」
「私は別に、彼を悲しませればそれでいいの。だったら今、ここであなたに……」
付き合ってないのなら、手段を変えるまで。
「こ、こんなことしたらっ、花咲さんが困る……だけっ、でしょ?」
「いいのよもう。どうせ私は皆んなに嫌われてる。今さら何と思われようが、どうだっていい」
「だ、誰かっ……助けて……」
「おい!! 何してんだよ胡桃!!」