14話 『視線』
この学校の図書室は人気がない。
なにせ分厚い辞典や色の変わった古い本ばかり並んで、高校生のために作られた場所には思えないのだ。
だから室内はいつも静か。係で監督を務める生徒が数名いる程度で、読書しにくる生徒は殆どいなかった。
けれど一人。やむを得ない事情を抱えた胡桃は毎日の昼休みをここで過ごしていた。
周りの視線を感じずに落ち着ける空間。興味のない本に視線をあてなければならないのは、全て恭太のせい。
今日もいつものように図書室に逃げ込んだ胡桃は、先客の存在に気づいた。
(三橋くんと……矢吹さん?)
音を立てずに戸を少し開け、胡桃は様子を窺う。二人は何かを話しているようだった。
(……あれは)
恥ずかしそうに頬を赤らめ、小さく頭を下げたのは美里亜。恭太に何かを告げたようで、胡桃はもしやと勘繰る。
恭太の言葉に、美里亜は微笑んだ。快い返事をしたのかと、胡桃は何か良からぬことを考える不適な笑みを浮かべた。
(二人は……そう、分かったわ)
わざわざ人のいない図書室で二人きり。これはもう、そういうことだろうと胡桃は確信した。そして決意する。
(後悔させるって、言ったわよね。……あなたたちの関係、すぐにぶっ壊してあげるわ)
× × ×
復讐に区切りのついた恭太は、久しぶりに諒と帰路を共にしていた。
「恭太……色々大変だったんだな」
もう話して大丈夫だろうと、恭太の身に起こった一連の出来事を聞いた諒は同情してくれた。
「頼ってくれれば協力したのに」
「……巻き込みたくなかったからさ」
胡桃の浮気を知ったときも彼は凄く心配してくれた。丁度そのタイミングで一緒に帰らなくなったため、恭太の気が滅入ってるのではないかと、諒は何度も連絡をくれた。
「ありがとな」
「……何が?」
「色々と。お礼になんか奢るわ」
「マジ? ラッキー!」
諒には色々助けられた。主にメンタル面。恭太は感謝の印に諒と近くのファーストフード店に寄って、心と腹を満たすのだった。当然、恭太の奢りで。
「じゃあな」
店を出ると、すぐに諒と別れた。この後、恭太は人と会う約束をしているのだ。
その人との待ち合わせ場所に向かいながら、ふと思う。
(さっきからずっと何してんだ?)
背後から感じる視線。学校を出た時からずっと、恭太の後をつけている人物がいた。
胡桃だ。さりげなく振り向くと、電柱の影から茶色の髪が覗かせていた。
一体何を企んでるのか。こっそり尾行……といっても恭太にバレているが、考えられるのは昨日の発言。「後悔させてやる」と言っていた胡桃は、何か仕掛けようとしてきてるのかもしれない。
(まあ……いっか)
別に今さら胡桃にできることはないだろうと、恭太は気にせず集合場所を目指すのだった。