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勇者だった者が幸せになるまで  作者: 覇道ギン
1/3

「濫觴」

はじめまして、覇道ギン(はどうぎん)と申します。

初めての投稿になりますゆえ。失敗には目を瞑っていただけると幸いです。

…その日、勇者は敗北した。

魔王の下までたどり着いた彼は、地面に突っ伏している。

「勇者とはここまで脆いものか…」

勇者は一言も発さない。その眼は虚ろだが、闘志は燃え尽きてはいなかった。

魔王はその眼が気に食わない様子だった。

「鎖に繋げて抵抗できぬようにしておけ。従順の呪印もつけてやれ。」

その声とともに現れた騎士団に勇者は連れていかれた。

彼は牢に入れられたのち、拷問、あるいは魔物たちの玩具として、痛めつけられた。

その体はボロボロで見るに堪えなかった。

3週間程経った頃、勇者だった少年が目を覚ました頃には馬車に乗せられていた。

「目が覚めたか。」と聞こえたので、声のした方向に目を向ける。それは馬車を牽いていた馬だった。

正確には、馬なんかではなく、馬面の魔物だったのだが。彼は鎖で繋がれた上で縛られているので特に動きもしなかった。むしろ動こうともしなかったのではないかとも思わせる。

「お前は魔王様の娘様、その中でも末っ子にあたる方への贈り物になったのだよ。」

彼からの反応は少し、「ぁ…」のみであった。

「あんまり無理して喋るなよ、下手すると死ぬぞ。」

彼の反応から魔物は思った。

(こいつ…生きているのがやっとだろうな…可哀想に…)

「勇者、お前は興味深い。少し話をしてやる。お前は聞いてるだけでいい。」

少年の目は少し魔物の方に向いた。

「俺たち魔物は二つに分断される。一つは、魔王様に忠誠を誓う者、もう一つは、決して戦わず平和を求める者。」

少年の反応は乏しいながらも少しはあった。

「俺みたいにに魔王様に直接指名され、仕事をいただけれる瞬間を生き甲斐にしとる者も中にはいる。」

「俺はあのお方に忠誠を誓った身。だが、勇者だったとは言え、お前をあそこまで痛めつけることに対しては賛同できんかったのだ。」

少年の眼に光が灯った。だが、それは束の間の光だった。

「話をしていたら着いてしまったな。」

と、馬車がとまり、魔物は鎖を握り、少年を馬車から降ろした。

建物は、城というよりも館と言った方が良い外見だった。

「ついてこい。」と引っ張られる。

…三階まで上っただろうか。廊下の一番奥の唯一の鉄製の扉。その扉越しに魔物は話しかける。

「お嬢様。魔王様からの贈り物です。」

すると向こう側から声がした。

「人の腕とかなら送り返すよ。」

「今回はきっとお気に召すはずです。」

すると、重々しい扉が開く。

「前回は眼球、前々回は脚だけで今度は何なの?…ってその子は?」

「勇者です。」

「勇者…?なんでここに?」

「贈り物と言いましたが。」

娘は少し悩んでいる様子だった。

そして、少年の姿を見て、

「わかった、今回は受け取ることにするわ。帰っていいわ。わざわざお疲れ様。」

「かしこまりました。」

そう言って、魔物は帰って行った。

「帰ったわね…さて、」

と言うと、彼女は少年の拘束を解きだした。

少年は驚いたような素振りをしている。

「よし、縄も鎖も外れたわね…酷い傷…それにその呪印は…ここまでするの。」

そう言いながら、彼女は治癒魔法をかける。

新しい傷は消えたが、古い傷は残ったままだった。

最後に、少年の額の呪印に口付けをした。

すると、呪印は効力を失い、消えていった。

「さあ、これで君は自由、故郷にでも帰ってのんびり暮らすといいよ。」

その言葉に少年は首を傾げる、

「勇者なんてやめて、自分の行きたい所に行きなさい。」

その時、少年の虚ろな瞳から、涙が溢れ出てきた。

「ちょっと!?どうしたの!?」

急に泣き出した少年に彼女は困惑している。

…その後小一時間少年は泣いていた。落ち着いた少年は怯えているのか、か細い声で、

「戦わなくても…いいんですか…?」

この少年の身に何があったのか、彼女が理解するには十分だった。

そして、彼女は少年を優しく抱きしめた。

「よく一人でここまで頑張ったね…」

再び、少年の眼に光が灯る。だが、その光は淡く、弱い。

「もう…君が苦しむ必要はないんだよ…」

…再び時間が経って…

「僕…やはり、戦わなきゃ…」

少年はまだ恐怖を感じている。体も、声すらも震えている。

「どうして、君はそこまでして戦うの…?」

当然の疑問だ。あんなに傷ついて、こんなにも震えて、なのに戦おうとする。

「僕は、小さい頃から体に収まりきらない魔力を持っていました。それが原因で、忌み子として蔑まれ、挙句、故郷を追いやられました。」

彼女は息をのんだ。この十程の少年が背負うにはあまりにも重すぎる過去に対して。

「本当は、痛いのも、怖いのも嫌なんです。でも、勇者になれば、誰かに受け入れてもらえる、そう思ったんです。」

気がつけば、彼女は涙を浮かべて、頷きながら話を聞いていた。彼女は、

「君の帰る場所がないならボクが君の帰る場所になる。ボクが君の家族になる。そして、君がもう戦いに行きたいなんて思わせないように。」

この物語は、勇者だった少年が幸せになるまでの物語である。


カーテンの隙間から差し込む朝日で、少年は目覚めた。

見知らぬ天井に困惑するが、常からそんなことが多いので、すぐに気にしなくなった。

牢の中にいないことが非常に疑問点であった。なんせ、昨日の記憶が薄れていて思い出せないのだ。

少年の頭には「キッチンはどこだろう。」という言葉が浮かんでいた。

部屋を出て調理場を探す。食堂のような広間を見つけ、その横にキッチンを見つけた。

そこには、少女がいた。

その姿を一目見た少年は、昨日の記憶を思い出した。

彼女は魔王の娘であり、その末っ子。そして、彼を認めた大切な存在。

彼女は扉から顔を出す少年に気がつくと、

「起きたか、おはよう。もうすぐできるからな。座って待っていてくれるか?」

一番奥に大きな椅子がったのでその対角線から、少し外れた場所に座り、待っていると。

「君、遠慮しすぎじゃないか?」

彼女はそう言いながら二人分の朝食を持って、

「隣、失礼するよ。」

といい、少年の隣りに腰を掛けた。

出てきた料理は、パンにサラダ、シチューだった。

少年は自分が食べても良いのかと言わんばかりに首を傾げる。

「君の分だから、お食べ。」

少年は恐る恐る食べだした。少ししょっぱい。だが、それでもしばらくぶりのまともな食事であった。少年の食事の勢いは増していった。

「そんなに美味しくはないと思うが、そんなに食べてくれるならよかった。」

彼女の笑顔に少年の心が揺らぐ。

「そういえば、君の名前を聞いてなかったね。君、あの後倒れるようにして寝ちゃったから。」

「僕は…―――名なんてありません。強いて言えば「魔族の子」でしたかね。」

魔王の一族に近い魔力量。それを揶揄した「魔族の子」。実際は魔族よりもちっぽけな魔力だったが。

「名はないので好きに呼んでください。これからは、それが僕の名になります。」

彼女は非常に悩んでいる。彼女自身、他の存在に名を与えたことなどないのだ。

「わかった。今日から君は「シャン」だよ!」

それを聞いた途端に、少年の魔力が溢れ出た。

「ぐ…グ…」

その影響か、少年の左目が変化していく。

それは、深い海のような、暗く、暗い光を鈍く放つ石のようになった。

「あ。」

彼女は、何か思い出したようだった。

「ごめんなさい!魔族が名前を与えると魔力が増えて与えられた存在を強くすることをボクすっかり忘れてた…」

元々、肉体には収まらなかった魔力が更に増えたことで少年の身体に変化が現れたのだろう。

「目…大丈夫?見える?」

彼女は少年の無事な方の目を自身の手で隠して、

「どう?ボクが見える…?」

少年は自分の身になに起こったのか理解できていないようだった。

「はい。見えますが?」

「良かった…。」

そう言い、彼女は鏡を少年に向ける。

少年は自分の変化に気が付いたが、特に反応はなかった。

反応のない彼に彼女は、少し震えていた。

少年は察し取ったのか、

「大丈夫です。怒ってなんかいません。」

「…本当かい?」

「元をたどれば、悪いのは僕ですから。あまり気を落とさないでください。」

彼女は安心したように、「ありがとう。」と呟いた。

「ところで、僕は貴方をどう呼べばいいですか?」

「あぁ…そうだね、僕が名乗ってなかったね。ボクは、「ラズリー」だよ。」

…朝食を終え、ラズリーは研究室へと向かっていった。

シャンは屋敷の部屋を覚えたいということで歩き回っていたが、違和感を感じていた。

研究室、書斎、客間、寝室、自分の部屋、ラズリーの部屋。どこを回っても使用人の一人もいないのだ。もう少し散策をしていると浴室を見つけた。中を覗くと、随分と広かった。五人程で入れるのではないかと思わせる広さだ。

ふと、鏡に映る自分が目に入った。蒼の石となった目は、瞬きをしていない。閉じようと思えば瞼は閉じる。片目だけ瞬きをしていることが不思議な感覚であった。

自分の部屋に戻り、カーテンを開け外を眺める。

この屋敷は随分と深い森の奥にあるようだ。日は傾いてきている。目を凝らせば、そちらの方角に遠くに人間の村が見える。

…シャンの中で黒い感情が蠢く。

その時、部屋の扉が叩かれた。その音でかき消された。

扉を開けるとラズリーが入ってきた。

「この部屋は君の好きなようにしていいからね?」

シャンは頷いた。

「あと、これ、さっき完成したの。」

そう言い、彼女は小さな箱を取り出し、シャンに手渡した。

シャンは戸惑っているようなので、ラズリーは、「開けていいよ。」と扇動した。

中身は指輪だ。だが、随分と赤黒い宝石が多くあしらわれている。

「この指輪は…」

「この宝石には装着者の魔力を吸い取って溜め込む性質があるの。だからこそ君に必要なんじゃないかと思ってね。」

シャンはその指輪に指を通した。溢れ出る魔力を自分の意志で少しはコントロールすることができるようになった。ただ、変化した目は元には戻らなかった。

「ちょっとその石の成分を調べてみてもいいかな?」

「別にいいですよ。」

「ありがとう。」

そう言い、ラズリーは一本の金属の棒を取り出して、目に近づけた。

しかし、その棒に変化が現れることはなかった。

「あれ?おかしいな、壊れたのか?」

そう言い、ラズリーは深紅の宝石を取り出し、棒に近づけた。すると、金属の棒は宝石と同じ色へと変化していき、ついには宝石と同じ輝きを放つようになった。

その光景に啞然とするシャンに対して、ラズリーは、

「ふむ、正常に動作しているね。だとすると…。」

彼女は、少し悩むと、

「どうやらその石の判別はこいつを改良しないと無理そうだな。」

シャンは疑問をぶつける。

「その棒は?」

「こいつは近づけた石に反応して、一時的にその石と全く同じ成分に変化するんだ。」

変化しなかった原因があるはずだ。

「ボクは、その石が魔力で目が硬質化したものだと推測するよ。見えてるんだろう?その目。」

あの棒が石ではない存在にはなれない。そう考えることが自然である。

「ふむふむ。実に興味深い。もっと研究したいところだが、今日は随分と疲れた。」

「ありがとうございました。こんなに良い物も作っていただいてしまって。」

シャンの礼に彼女は、

「お礼なんていいよ。元々、僕が悪いんだし。それに、ボクらはもう」

そう言いながら部屋を後にした。

…シャンはキッチンにいた。部屋には肉の焼ける音が響く。

シャンは、自分の切ったキャベツを見て(やりすぎたな。)と思っていた。

背後から扉の音がしたのでシャンは振り返った。

「あ、見つかってしまいましたか。」

シャンの視界には、ラズリーがキッチンに入ってきていたのが映った。

「君、何を…あ、もしかして、作ってくれてたの?」

「はい。僕、旅の途中で手に入れたレシピ集を読み漁ってたので、気になってしまって。」

シャンはそう言いながら焼いた肉を皿に盛っていく。

「出来上がりましたから、向こうで食べましょう。」

――――――…

「一人旅していたらこんなに料理できるようになったと。」

「はい。」

話してる間にも二人の箸は止まる気配はない。

「今回は、生姜焼きというものを作ってみたのですが、調子に乗りすぎました。」

とは言え、キャベツも米もどんどん減っていく。

結局、二人は山盛りだった料理をすべて平らげた、

「知っていると思うけど、ボクはあまり料理が上手くないからさ。君がよかったら、これからも料理は、任せてもいいかな?」

「もちろんです、僕だって、何もしないでここに住まわせてもらうわけにはいきませんからね。」

「ありがとう。助かるよ。」

こうして、二人のお互いを支え合う生活が本格的に始まった。

お疲れ様です。私の世界観がお気に召したのであれば、今後も楽しんでください。

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