section7
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館華大学の学生証にはICチップが組み込まれており、正門、あるいは通用門にあるカードリーダーに通すことで、学生及び関係者はいつでも通ることができた。
逆に言えば、カードリーダーに学生証および関係者用の通行証を通さなければ、この大学に入る手段は完全になく、そのため、この大学では警備員は雇われていなかった。
通用門のカードリーダーに学生証を通し、そのまままっすぐに歩いて、マーチングバンド部の練習棟の建物に向かう。
マーチングバンド部の練習棟には、これまた別のセキュリティが設置されている。
入口のセンサーに顔を近付けると、スキャナーが網膜を読み取ると同時に、かざされた目に向かって、特殊なライトが照射される。
そのライトによって催眠暗示にかけられると、暗示で仕込まれたとおりのセリフが、口から勝手に溢れ出す。
「ワタクシハ、マーチング、バンドぶノ、メンバー、”えすぴーノ、ゴバン”デス」
一昔前の、機械の電子音声のように読み上げると、声紋認証も完了し、ガチャリと音がして、練習棟の扉のロックが解除された。
昨日入部した(させられた)愛華、もとい、”SPの5番”の網膜と声紋は、既にスキャナーに登録されていた。
それをさも当然というように、ガラス張りの扉を通ってエントランスに入ると、”SPの5番”の存在を認識したセンサーによって、練習棟の明かりが一気に点灯していく。
エントランスの奥へ行くと、練習場へと続く扉がある。
これには、マーチングバンド部専用のカードキーが必要になるが、無論、愛華は既にそれを手渡されていた。
彼女自身はそれを知らない。だが、マーチングバンド部員
のメンバーとして洗脳された人格、”SPの5番”はそれを自覚しており、万が一、元の人格である愛華がそれを発見しても認識できないように、無意識でロックをかけているのだ。
こうして、「愛華」としての人格自体も、”SPの5番”の人格の支配下にあり、つまりは、”SPの5番”が服従する、マーチングバンド部の支配下にあるも同然なのだ。
カードキーでロックを解除すると、練習場へと続く廊下にも次々と電気が点いていく。
だが、今回はセンサーではなく、”SPの5番”がもつカードキーによって、スイッチが入れられたものだった。
中には、電気が点かず、暗いところもあった。
カードキーは部の階級によってランクが分けられており、
最高ランクは、顧問である石神のカードキーで、「”完全に”全ての部屋のロックの解除と、システムの起動」の権限が与えられている。次いで、指揮者、パートごとの指導者と続き、徐々に権限の範囲は小さくなっていく。
愛華や蘭たち”サマープログラム生”においては、ほとんどの権限は与えられておらず、ほとんどの部屋が真っ暗で、ロックも解除されない。
更衣室やシャワールーム、トイレさえも使用権限は与えられていなかった。
練習場へ続く廊下や階段も、片側の電気しか点灯していない。つまり、”サマープログラム生”たちは、廊下を歩く際は、この電気の灯っている部分、壁際ギリギリを歩かなければならないのだ。
当然、愛華、もとい、”SPの5番”も、例え自分しかいない時でも、壁に真新しい、真っ白なブランド物のワンピースをゴリゴリと擦り付けながら、無表情で練習場までの道のりを歩いていく。
練習場に入るなり、愛華は着ていたワンピースを乱暴に脱ぎ捨て、レオタードとタイツの姿になる。
音響設備を整え、倉庫を開けて、楽器を運び出す準備を終えると、巨大なモップを持ち、一人でいそいそと掃除を始める。
広い練習場のモップがけをたった一人で終える頃には、間もなく他の”サマープログラム生”たちがやって来るであろう、時間が迫っていた。
ガチャリと練習場の扉が開き、お団子髪に真っ白な顔、ワンピース姿の”サマープログラム生”たちが入って来たときには、”SPの5番”は、扉の横で、両手を腰に当てて、脚をぴったり揃えた”直立不動”の姿勢で待機していた。
「ハヨウゴザイマ〜ッ↑」
入場してくる”サマープログラム生”たちに挨拶をするが、”サマープログラム生”たちはこれを一切無視する。
最後に蘭が、完全に愛華の挨拶を無視したところで、愛華は練習場の扉を閉めると、横一列に並んだ”サマープログラム生”たちは、一斉に着ていたワンピースを、無造作に脱ぎ始めた。
やはり、全員がワンピースの下に制服を着ていた。
愛華は彼女たちが脱ぎ捨てたワンピースを、いそいそと集めていく。
やはり、全員が壁に身体を擦り付けて来たのだろう。ワンピースの半面は磨耗し、ところどころ擦り切れていた。
愛華は集めたワンピースを、練習場のかたすみに持っていく。
そこには、愛華が脱ぎ捨てたワンピースが置いてあり、それは、モップがけの時に下敷きになったり、何度か愛華も踏んづけたりしたため、もう元の色やデザインが分からないほどになっていた。
その、自分のワンピースの上に、集めたワンピースをドサリと置くと、愛華はまた、”サマープログラム生”たちの列に戻った。
と、隣に立っていた蘭が、突然、列の前に歩み出た。
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「皆さん、ハヨウゴザイマッ!」
「ハヨウゴザイマ〜ッ↑」
蘭が挨拶するのに合わせ、愛華たちほかの”サマープログラム生”たちも、”直立不動”の姿勢のまま、90度に上半身を倒してお辞儀をする。
顔を上げたとき、全員の、塗料で真っ赤に塗られた口角がニイッと持ち上がり、あの、貼り付けたような満面の笑みを浮かべていた。
真っ白なメイクも相まって、その笑顔は好印象というよりも、まるでピエロのような、不気味なものになっていた。
「顧問から、ノッ!ご命令、デッ!本日よ、リッ!ワタク、シッ!、”SPの4、バッ”!ガッ!”サマープログラッ!”ノッ!リーダッ!ヲッ!勤めさせ、テッ!頂き、マッ!」
引き付けでも起こしたような、もはや聞き取るのも困難なイントネーションで、蘭、もとい、”SPの4番”は自分が指導者であることを宣言する。
「異論、ガッ!なけれ、バッ!0.4秒、デッ!返事ッ!」
“SPの4番”の号令と共に、”サマープログラム生”たちは一斉に手を上げた。
「ハァ〜↑」
「ハァ〜↑」
「ハァ〜↑」
「ハァ〜↑」
四つの「ハァ〜↑」が練習場に響き渡るのを無視し、”SPの4番”は倉庫に向かった。
ほどなくして戻ってくると、”SPの4番”は再び口を開いた。
「ワタクシたち、ノッ!覚え、ノッ!悪さ、ガッ!先輩がた、ニッ!ご迷惑、ヲッ!おかけし、テッ!オリマッ!次、ノッ!本番まで、ニッ!完璧、ナッ!演技!ヲッ!お見、セッ!出来るよう、ニッ!まいあ、サッ!毎晩!特別練習、ヲッ!行い、マッ!」
「ハァ〜↑指導者!」
「今回、ワッ!基本、ノッ!姿勢、ヲッ!徹底!いたし、マッ!」
「ハァ〜↑指導者!」
“SPの4番”は、倉庫から持ってきた物を、かかげた。
それは、指揮者がパレードの時に使っていた、ホイッスルだった。
シルバーの、大きな突起物のような形をしている。
「顧問、ノッ!ご命令、ニッ、したが、イッ!今回、ワッ!僭越なが、ラッ!ワタクシ、ガッ!ホイッスル、ヲッ!担当!させ、テッ!頂き、マッ↑」
「ハァ〜↑指導者!」
“SPの4番”は、持っているホイッスルを咥えんと、口を完全な”O”の形に開き、ホイッスルを口元へ運ぶ。
“SPの5番”と化した愛華は、”直立不動”のまま、ぼんやりとその様子を見つめることしか出来ない。
だが、ディ○ドの形の”それ”を、今にも咥えようとする愛華の脳裏に、ある光景が蘇ってくる。
口いっぱいに咥えた感触、口の中の”それ”から、口、鼻を通し、脳へと達する”何か”の感覚。
そしてその後に押し寄せる快感と、突然の無感情。
それを思い出したとき、今は意識の奥底に閉じ込められた愛華の人格が、叫びをあげる。
(ダメ!蘭!それを咥えちゃ・・・)
「ダメェッ!!」
その叫びは、実際に愛華の口から漏れだし、次の瞬間には、愛華は蘭にかけよって、彼女の手の中のホイッスルを弾き飛ばしていた。
「”直立・・・不動”!!」
蘭がすぐさま号令を出すと、愛華は一瞬にして”直立不動”になり、蘭の方を向く。
「”SPの5、バッ”!命令以外、デッ!行動するの、ハッ!規則違反、デッ!」
蘭の言葉に、愛華は姿勢を正す。
「ハァ〜↑モシワケ、アリマセッ!」
自分の甲高い声を聞きながら、愛華の意識は再び闇へと沈んでいく。
しかし・・・
「ち、違うの!」
愛華の意思は、やはり何度でも闇の水面へと戻ってきた。
「蘭、聞いて!アタシ達、洗脳されてるんだよ!あの石神って教授に、おかしくされてるの!」
“蘭”という名前を聞いた瞬間、”SPの4番”の動きが一瞬ゆるんだように見えた。
愛華はハッとする。
「やっぱり、あなたもまだ意識が残ってるのね!」
“SPの4番”、蘭は、驚くほど空っぽな目で、愛華を見た。
「そうよ!お願い、意識を取り戻して、らヒャァァァン!!!」
愛華がもう一度蘭の名前を呼ぼうとした時、愛華の胸に熱い刺激が迸り、愛華の声が裏返った。
何者かが、背後から愛華の両方の乳房を鷲掴みにしていた。
「両方の胸を同時に揉むと、”強制シャットダウン”だ」
石神が、まるでパソコンの機能を説明するようにでも言った。
愛華の体から、力が抜けていく。
力だけでなく、先ほどまで覚醒していた意識も、今日のこの記憶も、全てが闇のなかに沈んでいくようだった。
(ダメ、ダメ、ダメ)
頭の中で、うわ言のように呟きながら、愛華は意識を失わないように必死に耐えた。
その様子を見て、石神はうすら笑いを浮かべる。
「さすがのお転婆だな。だが、わかるだろう?”強制シャットダウン”なんて機能が仕込まれてる時点で、お前達はもう人間じゃない。俺の思い通りに動く”機械人形”なんだよ。『アタシたちは洗脳されてる』だって?ただの洗脳と一緒にされてもらっちゃ困る。ほら、大人しく、”おねんね”の時間だ」
石神の言葉が引き金になるように、小刻みに震えていた愛華の体はピタリと止まると、愛華の目の瞳孔がぐんと開き、同時に完全に焦点が失われた。
愛華の状態を見計らって、石神は掴んでいた愛華の乳房を放すと、愛華はへたり込むように体を沈めた。
目を見開いたまま動かなくなった愛華を気にすることもなく、石神は蘭の方に目をやった。
一瞬、意識を取り戻したような反応を見せた蘭だったが、”石神を見ると支配される”という発動条件によって、再び”SPの4番”となって、直立不動のポーズをとっていた。
「念のため、様子を見に来て正解だったな。おい、それを渡してくれ」
石神は、地面に転がったホイッスルを指差すと、”SPの4番”に言った。
石神の命令を受け、”SPの4番”は姿勢を正す
「ハァ〜↑かしこまりま・・・」
パチン。
途中まで返事をしたところで、石神が指を鳴らすと、”SPの4番”は突然沈黙した。
ダンス隊の規則通り、常に貼り付けたような笑顔だった顔からは、一切の表情が消えていた。
「時間がないから、今は返事はいらん」
石神が改めて、手をクイッと動かして、ホイッスルを指差すと、”SPの4番”は膝を伸ばしたまま、上半身をガクンと下まで折り曲げた。
「アッ」
“SPの4番”の口から、薄く声が漏れる。
“SPの4番”はホイッスルを拾い上げると、またグインと上半身を持ち上げて直立不動に戻る。
「アッ」
また、”SPの4番”の口から声が漏れる。
まるで、誰かが乱暴に操り人形の糸を引っ張っているようだった。
“SPの4番”は、膝を伸ばしたまま、ガシャガシャと両足を動かして、石神の方へ近づいてきた。
乱暴に動かされているためか、一歩動くたび、彼女の口から「アッ、アッ」と、無機質な声が出ていた。
最後に、「アッ」と、石神の前にホイッスルを突き出すと、石神はそれを受け取った。
「お前は愛華と違い、ちゃんと自分の身の程をわきまえているようだな。俺の命令次第で、こんな木偶の坊から、優秀な指導者まで変幻自在の、”機械人形”だ。そうだろ?言ってみろ」
“SPの4番”は、目をあらぬ方向に向けたまま、口をパクパク動かし始めた。
「アイッ、ワタシ、ワ、キカイ、ニンギョー、デッ、デクノボー、カラ、ユウシュー、リーダー、マデッ」
“SPの4番”が、たどたどしく述べると、石神はほくそ笑んだ。
「フン。こういう、どうしようもなく馬鹿な人形にしといてもいいが、効率が悪い。まずは”コイツ”を修正しないといけないしな」
石神は、”強制シャットダウン”されたままの、愛華に目を向けた。
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「顧問!ネガイシマッ!!」
「ネガイシマァ〜ッ!!」
ウィ〜ン、ウィ〜ン。
2時間後、練習場にはメンバー達が揃い、指揮者の号令で石神への挨拶が行われた。
ウィ〜ン、ウィ〜ン。
「8月末のパレードと演技まで、あと40日あまり。これは、かなり短い期間だ。この期間に、これだけ増えた人数で、完璧な演技を完成させなければならない。時間が無ければ、作るしかない。練習が足りないものは、授業、バイト、私生活、食事、睡眠。捨てられる時間は全て捨てて、練習だけに集中するつもりで」
「ハァ〜ッ↑↑かしこまりまし、タァッ!!」
ウィ〜ン、ウィ〜ン。
「それでは、練習を開始しろ」
「ハァ〜ッ↑かしこまり、タァッ!館華、マーチングバンド部、”ドォッ・レェッ・ミィィィッ”!!」
「操られるまま、”動”きマァァッ!!」
ウィ〜ン、ウィ〜ン。
ところで、先ほどから聞こえてくる、無機的な回転音。
石神は、その音のする方へ目を向けた。
そこに立っているのは、”SPの5番”だった。
元の名前は確か、と少し考えて、ああ、と石神は一人苦笑した。
石神は、この少女の名前をそもそも知らなかった。
“SPの5番”は”直立不動”の姿勢のまま、微動だにすることなく、そこに立っていた。
その口には、例のディ○ド型のホイッスルが咥えさせられ、ホイッスルは”SPの5番”の口の中で、一定のスピードを保って回転していた。
先ほどから聞こえるのは、この回転音だった。
“SPの5番”の、大きく開かれた目の中で、彼女の眼球が、ホイッスルの回転に合わせて、大きく、グルグルと回っていた。
時計回りに数回、一旦停止し、今度は半時計回りに数回。
これを、”強制シャットダウン”されてから今の今まで、数時間、延々と繰り返していた。
もちろん、彼女の意思でやっているわけではない。
“SPの5番”の意思および意識は、”強制シャットダウン”の瞬間から、完全に消失していた。
今、彼女の頭は、このディ○ド型コントローラによって”修正”されている途中だった。
ディ○ド型コントローラは、口内からナノサイズの装置が無数に伸び、咥えた者の頭部を侵略する。その侵略は脳にまで達し、咥えたものの脳や神経を完全に支配する。
支配が終わると、その装置によって植え付けられた様々な機能により、条件による支配状態の発動、書き込まれた教育の実行、そして外部からの完全操作など、まるで本物のロボットのように動く、文字通り機械人形となる。
そう。このマーチングバンド部のメンバー達は、洗脳や催眠によって意思を操られているだけではない。
完全に、石神によってコントロールされる”機械人形”と化しているのだ。
だが、この支配の程度は、本人の脳神経の”強さ”に左右される。
簡単に言えば、性格や思考能力の強さで、完全に支配されるまでの時間が前後するのだ。
一般的に、意思が強く、責任感のあるものはリーダーに適しているとされているが、石神の”機械人形”たちは逆だ。
いま、指揮者を務めている”機械人形”や、各パートの指導者たちは、俗に言う”引っ込み思案”な少女たちだった。
自己主張の弱いもの、他人に流されやすい性格の者ほど、コントローラの支配を受けやすく、しばらくされた後も滑らかに操られる。
“SPの4番”はその点、少し意思の強さを見せ、この部の異常性に気付いた時には、石神の命令に背き、部を辞めるとまで言い出した。
だが、その後、”修正”を施したあとには、それらが嘘のように石神に忠実な”機械人形”となり、親友であり、彼女を助けに来たはずの”SPの5番”を支配する役割を率先してこなした。
なるほど、このようなケースもあるのか、と石神は感心した。
そして、彼女。”SPの5番”は、典型的なマインドの強いポジティブな人間だ。
恐らく、旅行やイベントなどの企画も進んで買って出るタイプなのだろう。
このようなタイプは、コントローラの支配をなかなか受けにくい。支配されることを本能的に嫌い、時には力や勢いでそれらを跳ね退けようとさえするからだ。
一度、彼女の意識は完全に石神の手に落ちたはずだったが、それでも親友を助けるために自我を取り戻した奮闘ぶりは、なかなか見ものだった。
だが、意思の強さも、精神の強さも、”科学”の前では無力なのだ。
“機械人形”たちの脳には、すでに相当数のナノマシンの巣窟と化している。
いくら精神力が強かろうと、外部操作によって、脳と身体との”接続”を切られてしまえば、動くことはおろか、喋ることも見ることも出来なくなるのだ。
ここで改めて、「人間とはなにか」という問いかけに戻ってみる。
人間の定義とはなにか。
ヒトから産まれたこと?肉体があること?精神があること?感情があること?
ヒトから産まれ出て、肉体と精神を持ち、感情を持っていても、こうしてスイッチひとつで自我の有無さえ自在に操られる彼女たちを、人間と呼ぶことは可能なのだろうか。
そんな”SPの5番”は、いま、より完成された”機械人形”となるべく、”修正”を受けている。
意識を刈り取られた状態で、彼女の脳はナノマシンによって、外部操作に従うことに、なんの疑念も抱かぬよう、書き換えられているのだ。
そんなことを考えているうち、”SPの5番”は眼球の回転を止めた。
石神はいまだ無造作に回転を続けるコントローラのスイッチを切り、”SPの5番”の口からコントローラを引き抜いた。
グボッと、奇妙な音を響かせながら、”SPの5番”の唾液にまみれたコントローラが、”O”の形に開かれた彼女の口からヌルリと取り出される。
まるで、自分の頭を固定していた杭が抜かれたように、”SPの5番”は、だらりと頭をもたげた。腕を垂らした。
「さあ、お昼寝は終わりだ。お前も、さっさと練習に向かえ」
石神はそう言うと、”強制シャットダウン”したときと同じように、”SPの5番”の両の乳房をがしりと掴んだ。
身体を一度、ビクンと弾ませ、ゆっくりと顔を上げた”SPの5番”は、虚ろな目に、石神の姿を認める。
両手を腰に当て、背筋を伸ばし、今一度、直立不動のポーズをとり、顔を上げ、真っ赤な唇をニイッと歪ませても、”SPの5番”の目の焦点が再び合うことは、二度となかった。