section5
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レオタード姿の部員達が練習を始めて数時間が経ち、それまで黙って練習を見守っていた石神が、口を開いた。
「よし、本番の演奏演技の練習はこれまで。今からは、パレードの練習に移る。”SPの4番”」
石神が呼ぶと、四つん這いになって、鏡の下の方を磨いていた蘭が、サッと立ち上がった。
ずっと四つん這いになっていたため、パンティはしっかりとお尻に食い込み、Tバックのようになっている。だが、そんなことを気にもかけず、蘭は直立不動の姿勢を崩さず、宙を見つめていた。
「お前も、パレードに参加するメンバーだ。練習に加わりなさい」
石神の指示を受けると、蘭は、一際姿勢を正し、目線を上げる。
「ハアッ↑かしこまりまし、タッ」
相変わらずの独特な返事をすると、蘭は雑巾をその場に落とし、他のメンバーに加わった。
蘭が立ち去ったことにも全く気付かず、その後ろで、愛華は中腰で、お尻を突き出して鏡を磨き続けていた。
鏡には、虚ろな目で鏡の汚れを探し続ける、愛華の姿が映し出されていた。
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パレードは、会場となっている都内の外周をグルリと巡るコースだ。車でも、スムーズに行っても十数分かかる道のりを、各団体が列を成し、音楽に合わせ、ゆったりと練り歩くのだ。
特に、舘花大学のような名門校のパレードともなると、その横にピッタリくっついて見学する人達も、かなりの人数となるため、安全面を考慮すると、やはりスピードは更に遅くなる。時には、前方の安全が確保されるまで、その場所で立ち止まっていなければならないこともザラにあった。
だが、そんな中でも、舘花大学のマーチングバンド部は演奏をやめない。その場所で、例え何時間でも音楽を奏で、ダンスを踊り、足踏みをしてみせるのだ。
その練習も兼ねて、パレードの練習は、パレードと同じ隊列を組み、マーチング練習場の外周をグルグルとパレードする。
パレードの列は、”TATEBANA Univ.”という文字と、舘花大学の校章があしらわれた横断幕を持つ二人の後ろに、ポンポンを持った”ダンス隊”。一人の指揮者をはさみ、トランペット、ホルン、クラリネットと主要な楽器が続き、ドラムやシンバルなどの打楽器、そしてまた、最後列に楽器を持たないダンス隊が続く。
蘭、もとい、”SPの4番”は、列の最後尾、楽器もポンポンも持たないダンス隊の列に加えられた。
新入りの下級生、そして、”サマープログラム”の参加生は、楽器を持たずに演技するダンス隊に、無条件で配置される。サマープログラム生は特に、ポンポンなども与えられず、素手で列の後ろに並ばされ、パレードすることになる。
列に加わると、”SPの4”は、グーに握った両腕を、パンティからはみ出したお尻にピッタリと当て、直立不動になった。
自然と、”SPの4”の口角が、キュッと持ち上がり、大きく曲がった笑みを浮かべた。他のサマープログラム生達も、同じように笑みを浮かべている。
その、大きな笑顔とは裏腹に、彼女達の目は、いま、愛華が必死になって磨いている鏡よりも淀み、曇っていた。
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「出発シマーッ!」
ピーッ、ピッ!
指揮者の号令と笛が聞こえると、パレード隊は一斉に右足を、膝が直角になるように上げ、そこから足踏みを始めた。
全くもって一糸乱れず、楽器隊が奏でる演奏に合わせ、マーチングバンド部のメンバー達は、マーチング練習場を行進していく。
横断幕を持つ二人は、満面の笑顔で腰を振り、首を左右に交互に傾げ、持っている横断幕を息ピッタリに左右に揺らす。彼女たちはこれを、パレードの間、延々と繰り返すのだ。
その後ろでは、ポンポンを持ったダンス隊が、コースの両脇にいる見学者を想定して、誰もいないマーチング練習場に向かって、満面の笑みでポンポンを持った手を振っている。
楽器隊も、それぞれの楽器を左右に軽く揺らしながら、楽しげにパレードを続ける。
楽器を咥える必要がない、ドラムやシンバル達、打楽器のメンバーも、口が裂けそうなほどの笑みを浮かべてパレードしている。
その後ろに立つ、サマープログラム生達はたちは、ポンポンを持っていないため、手をヒラヒラと振りながら、何かを呟いていた。
「ミギっ!・・・ヒダリっ!・・・ミギっ!ヒダリっ!ミギっ!ヒダリっ!ミギっ!・・・ヒダリっ!・・・ミギっ!ヒダリっ!ミギっ!ヒダリっ!」
言いながら、彼女たちは顔と手をその方向にクルクルと向けているのだった。
“見学者に手を振るだけの役”とはいえ、パレードの足並みを揃えながらのこの作業は以外と難しい。
そのため、慣れるまでは自分たちで掛け声を出しながら、手を振る方向を指示しているのだ。
だが、それ以外にも、絶賛を得る彼女たちの演奏演技の、ピタリと揃った機械のような動きには、まだ秘密があった。
先頭を歩く指揮者の部員は、大きな球体の付いた、杖のようなものを振って歩いていた。これは、石神が蘭や愛華たちを、このように支配した時に使った指揮棒と同じ機能を持つものだ。
言うまでもないが、蘭や愛華、サマープログラム生だけでなく、このマーチングバンド部のメンバー全員が、この指揮棒によって支配され、自らの意思を刈り取られ、コントロールされている。
いや、正確には、石神の持つ指揮棒の方が序列は上で、いざというときは、石神が全ての支配権を握る。
だが、こうして演奏演技している間は、指揮者の持つ杖が、彼女たちを操り、この完璧な演奏演技を生み出している。
複数で同期されたドローンと一緒だ。個々の機能で動くのではなく、大元となる一つの存在によって、まとめて操作されているのだ。
だが、彼女らのように生きた人間を、同期されたドローンと同様にするには、一つのコントロールだけでは不十分だ。
それを補うのが、指揮者の彼女のホイッスルだ。
マーチングバンドの指揮者がホイッスルを咥えているのは当然だが、彼女の咥えるホイッスルは、通常のそれとは異なっていた。
通常のマーチングのホイッスルよりも大きく、太い形状のそれは、彼女の口に深々と突き刺さっていた。そのため、指揮者は口を完全な”○”の形に開け、ホイッスルの向きを水平に保つため、顔はかなり上向きになっていた。
まるで、ディ○ドを咥えさせられているようだった。
なにより異様なのは、それを咥えた彼女の表情は、完全に白目を向き、大きく開いた口からは涎がダラダラとこぼれ、完全に正気を失っていることだった。
今、彼女は完全に、このホイッスルに体を乗っ取られているのだ。
ディ○ド型のホイッスルは、彼女の持つ指揮棒と同期され、彼女が口に咥えることで、口内から脳神経を支配し、意識を奪い、全身の支配権を奪う。
こうして、ホイッスルが指揮棒からの操作をダイレクトに受け取り、彼女の体を操作する。
つまり、今、彼女の本体はこのホイッスルなのだ。
それは指揮者だけではない。トランペット、クラリネット、ホルン、トロンボーン・・・口に咥える楽器のマウスピースは全てこの”ディ○ド型コントローラ”となっており、楽器を咥えたが最後、指揮者の少女と共に、指揮棒に操られる傀儡と化す。
彼女たちは楽器を使って演奏をするのではなく、楽器によって演奏”させられている”のである。
まさに、「奏でるための器」というわけだ。
“ディ○ド型コントローラ”を咥えない、打楽器やダンス隊のメンバーには、指揮棒で支配した時に暗示がかけられており、指揮者の号令とホイッスルの音、そして楽器が奏でる音色によって、あらかじめ仕込まれた動きを無意識に行うようになっている。
ダンス隊に至っては、指揮者の号令、ホイッスルの音、楽器の音楽、打楽器の音、その全てが暗示の発動となるため、ほぼ常に誰かに操られている状態となってしまう。
そのため、メンバーの序列は、指揮者、管楽器、打楽器、そしてダンス隊、となっているのだ。
一周ほど、パレードが問題なく行進するのを見届けると、石神は専用の椅子から立ち上がった。
パレードの練習は、本番のあらゆるアクシデントを想定して、本番の予定時間の”5倍”の時間、行うようにしている。
昼前の今からであれば、終わるのは夕方だ。
それを毎日毎日、彼女たちはひたすら繰り返す。
これも機械と同様で、その行動を行うだけで、彼女たち、いや、正しくは彼女たちを支配するホイッスルなり指揮棒なりが修正箇所を見つけ、勝手に完璧な演奏演技を完成させてくれる。
就任依頼、メンバーたちを操り人形にすること以外で、石神が顧問として彼女たちに関わったことはない。
石神は、未だお尻を突き出して鏡を磨く愛華に目を向けた。
「“SPの5番”」
石神が言うと、愛華はスクっと立ち上がり、直立不動になった。
愛華の横に、雑巾がポトリと落とされる。
「パレードの練習が終わるまでの間、お前にマーチングの基礎を教えてやる。ついてこい」
「ハアッ↑かしこまりまし、タッ」
潔く返事をすると、おかまいなしに歩き出した石神のあとを、愛華はまるでカラクリ人形のようにカクカクと早足で追いかけた。
愛華の裸足が、ペタペタとマーチング練習場を歩く度、パンティから覗くお尻の肉が、無造作に揺れていた。