section3
♭♭♭
「整列ッ!」
「ハァ〜↑」
「直立・・不動!」
ザッ!
「ネガイシマッ!」
「ネガイシマァ〜↑」
一人の女の子の号令に合わせて上がる、甲高い声が、愛華の耳にキーンと響く。
その度に、愛華の意識は徐々に現実へと引き戻されいった。
「ネガイシマァ〜↑」
まるで出来損ないのオペラ歌手が歌うような声が、自分のものであることを認識すると、愛華は一気に正気を取り戻した。
(わ、わたし、一体なにしてるの?)
愛華は意識を失う前の記憶をゆっくりたどっていく。
蘭に言われて大学に来て、蘭が戻ってこないから、迷った末、マーチングバンド部の練習場にいって、そしたら、下着姿の蘭がいて・・・。
そこで、愛華はハッと気づいた。
(そうだ、蘭!蘭は無事なの!?)
愛華は周囲に蘭がいないか確かめようとした。
しかし、
(え、なんで、体が動かない・・・!)
どういうわけか、愛華の体は、全く愛華の言うことを聞かなかった。
手足はおろか、首を動かして周囲を見回すことさえ出来ない。
(どうなってるの?アタシ、どうしちゃったの?)
必死に記憶をたどると、とある場面が思い出される。
下着姿の蘭に驚き、思わず練習室に飛び込んだときに現れた、壮年の男性・・・。
その男性が、愛華の目の前に現れた。
(こ、こいつ!こいつが、アタシに、いえ、蘭や他のみんなにも何かしているの・・・?)
考えを巡らせる愛華をよそに、男性は冷たい目で愛華を見つめた。
「新入生もいることだし、基礎練習をやりたかったのだが、この通り時間が無くなってしまった。お前たちの責任だ。深く反省しなさい」
男性が言うと、愛華の胸に、なにか熱いものが込み上げてきた。それが、激しい後悔と自己嫌悪であることを理解するときには、愛華の口は大きく開き、
「ハァ〜↑申し訳、アリマセッ!」
愛華は大きな声で謝罪すると、あれほどウンともスンとも言わなかった愛華の体は、勝手に上半身をカクンと折り曲げ、深々とお辞儀した。
その時、愛華の目に、自分の体が見えた。
(そ、そんな!)
愛華は、先程見た蘭のように、パンティとブラジャーだけの姿になり、男性の前に直立していたのだった。
(こ、このジジイ!ほんとに、アタシ達になんてことをしてくれてるのよ!)
心の中ではそう悪態をつきながら、深々とお辞儀を続ける愛華の耳に、聞き慣れた声が入ってきた。
「ハァ〜↑申し訳、アリマセェッ!!」
愛華のものより、数倍大きく、高い声は、紛れもなく蘭のものだった。蘭は愛華のすぐ隣に立っていた。男性の言った”お前たち”とは、蘭と愛華のことだったのだ。
二人ともピタリと揃った角度にお辞儀すると、推し量ったように、同時に頭を上げ、直立の姿勢に戻った。
「今日の基礎練習は、全体の練習が終わってからにする。練習終了後、片付けを終えたら、もう一度ここに集合するように」
男性が言うと、愛華の口はまた独りでに動く。
今度は、他のサマープログラム生も一緒だ。
「ハァ〜↑カシコマリマシ、タァ!」
再び、男性が愛華の前までやってくる。
「まだまだ声が小さいな。まぁ、いきなりさっき入部したばかりだから仕方がない。今日は、テストだ。”1日体験入部”といこうじゃないか」
男性が言う。どうやら、完全に愛華自身も、このマーチングバンド部の中に加えられてしまっているようだった。
(なに言ってんのよ!こんなおかしな部活に、入るわけないでしょ!)
頭の中で精一杯そう叫んでも、愛華の身体はやはり、針金のようにピンと張りつめたまま、まっすぐに男性を見つめ続けている。
「同級生であろうと、友人であろうと、先に入った者が先輩。それが我が部の鉄則だ。すなわち、隣でお前と一緒にかわいい下着を見せてくれている彼女も、お前の大先輩だ。後輩であるお前は、先輩達の下僕であり雑用であり奴隷だ。忠実に従い、円滑な練習の進行に貢献しろ」
「ハァ〜↑カシコマリマシ、タァ!」
めちゃくちゃな理屈を並べ立てられても、愛華はなすすべなく返事をしてしまう。
「その働きぶりを見て、今日の合否を決めよう。お前もお友達と揃って、身体”だけ”は我が部にふさわしい。その身体を生かせるように、頑張りたまえ」
そう言って、男性は愛華の体をゆっくりと撫でていく。
虫酸が走るほどの拒否感覚を覚えるが、男性に触れられると、それは一瞬にして、心地よさに変化してしまう。
(なん・・・で?体だけじゃなくて、気持ちも、なの?)
男性の手、ゆっくり、優しく、ブラジャーに包まれた胸に当てられる。
「ハァ、んっ・・・!」
わずかな吐息が、愛華の口から漏れると、男性は眉をひそめた。
「・・・まだ感情が”表”に出て来てしまうか。お前のお友達は、初日から素晴らしいマネキン状態だったぞ。まぁ、今日のうちに、お前もそうなれるさ。『館花大学マーチングバンド部、”ド・レ・ミ”』」
男性が呟くと、快感に目を細めていた愛華が、カッと目を見開いた。
愛華だけでなく、他のサマープログラム生も、目と口を大きく開き、顔は天井を仰いでいる。
「ハァ〜↑館花大学、マーチングバンド部、”ドッ・レッ・ミッ”!!!」
号令を出していた女の子が、叫ぶように言い始める。
「”ド”ッ!」
愛華の顔は天井を仰ぐと、大きな声で叫び始めた。
「操られるまま、”動”き、マッ!操られないとき、”動”きま、セッ!頭の先から、土踏まずまで!パペット、マペット、マネキン、デッ!」
「”レ”ッ!」
「”礼”に始まり、”礼”をし続け、”礼”に終わりは、アリマセッ!顧問!指導者!先輩!全ての方に、”礼”!”礼”!”礼”〜〜〜ッ!」
「”ミ”ッ!」
「常に動作を美しく!常に音楽を素晴らしく!私のこの”身”は、それだけのために!ダンスのための道具!楽器のための器!私のこの”身”は、空っぽの人形、デッ!」
一通り言い終えると、愛華たちは再び沈黙する。
(ア・・・カハッ・・・)
けたたましい部則の斉唱で、愛華の意識はまた朦朧としていた。
マーチングバンド部、部則、”ドレミ”。男性が、最初に指揮棒で堕としたときに、全員に仕込んでおくものだ。
“トリガー”となる言葉を聞くだけで、いつでも大声でこの部則を復唱する。これを繰り返すことで、徐々に彼女たちの自我は、確実に崩壊していく。
「さて、メイン練習場で、部員達と合流し、先輩方の練習の準備を整えるのだ」
男性が言うと、沈黙していた愛華達は、一斉に口を開く。
「ハァ〜↑カシコマリマッ!」
レオタード姿のサマープログラム生と、下着姿の蘭と愛華は、列を均等に保ったまま移動を始める。
が、男性は動きだそうとする愛華を止めた。
「ほら、一番下っ端のお前が、先輩方の通り道を作らなくてどうする?」
男性が言うと、愛華はまるでドローンのように方向転換すると、シャカシャカと部屋の入り口に先回りし、ドアを開けた。
「お疲れ様、デッ!」
愛華はまた深々と頭を下げると、サマープログラム生たちが通る度、高い声で呼び掛ける。
「お疲れ様デッ!お疲れ様デッ!」
そんな愛華の目の前を、下着姿の蘭が通っていく。
だが、部則の斉唱によって、意識が消えかかっている二人には、お互いを認識することができない。
頭を下げる愛華の前を、毅然とした姿勢で通り過ぎていく蘭の姿は、どこか勝ち誇っているように見えた。
先輩方が通ると、愛華はまた姿勢を正し、ドアを閉めると、シャカシャカと先輩方の最後尾を目指した。
愛華がシャカシャカと足を動かす度、パンティからはみ出たお尻の肉が、小刻みに揺れていた。




