表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DREAMING BOY  作者: 群青カオル
1/1

vol.1 原点座標(浪人時代、中島みゆき)

 伊集院静氏のエッセイ集に『大人の流儀』というタイトルがあるように自分のエッセイにも何か統一タイトルを付けたいと思った。いくつか候補はあったもののなかなか良いと思えるものがなかった。最初は映画のタイトルをもじったものにしようかと思ったが、私が好きな映画は『2001年宇宙の旅』、『時計じかけのオレンジ』・・・。どうもエッセイのタイトルに採用するには不似合いなものばかりだった。半ば諦めかけていた時、一曲の歌を聞いた。敬愛する山下達郎氏の、一九九六年の作品『DREAMING GIRL』。朝の連続テレビ小説『ひまわり』の主題歌である。この歌詞に「DREAMING GIRL 君とめぐり逢えた素敵な奇跡」というものがある。これだ!と思った。私の人生は奇跡的な出会いの連続でここまできたようなものだ。そこで、この歌をもじり、「DREAMING BOY」とすることにした。

第一回の今回は自分自身の原点について。人生とは様々な出来事や出会いが座標として存在し、それらを繋いだグラフである。グラフで大切なのは原点だと昔々に数学の先生に教わった。もし、自分の人生もグラフに準えて考えることにしたら、自分の原点とは一体どこだろうか。


 私のX軸の原点は浪人時代。私は大学受験にことごとく失敗し、浪人生というある意味では脇道に逸れた人生に突入してしまった。今まではなんとか前に進んでいた私だったが、突然一旦停止と告げられた気がした。しかし、それを嫌だと感じたことはあまりなかった。それはそれで楽しい時間ではあったからだ。

浪人生というのは社会的に見て結構異質の存在なようだ。大学生でも高校生でもない。こんなことがあった。上野の国立博物館に行った時、チケット売り場にて「浪人生なんですが、チケット一枚ください」と言ったら、そこのお姉さんが口をあんぐり開けたかと思ったら、「お、お待ちください」とうろたえながら奥に消え、スーツを着たお偉いさんと戻ってきた。そして、「申し訳ありませんが、一般のチケットをご購入ください」と言われた。悔しいと思いつつも、このようにチケット売り場のお姉さんを困らせる性格の悪い遊びが浪人生の間で流行していたのはここだけの話である。

 浪人生活を嫌に感じなかった理由は、何と言っても仲間達との出逢いのおかげである。私の予備校は少人数制で授業が行われる所であり、しかも私のクラスには男子しかいなかったということもあり初日には打ち解けていた。加えて、私は一番年下であったことから他の人たちが余計に気にかけてくれたのもありがたかった。私の予備校はなぜか浪人を幾度も重ねた猛者たちが集まる所で、三浪四浪は当たり前。私のような一浪生は百人近くいた予備校全体でたった五人しかいなかった。一浪かつ、おのぼりさんであった私を事務の方もかなり気遣ってくれた。大学受験のバイブルに各大学の入試問題を集めた赤本があるが、私の予備校では赤本のコピーをするのにコピー代として一枚十円取られた。しかし、事務の方はこっそり私にまだ誰も来ていない七時半なら無料でやらせてあげると言ってくれた。これが本当に助かった。一年で何百枚もコピーする必要があったのだから、その金額たるや・・・。お金のない私にとってどれほど助かったか。ずっと内緒にしていた話だったが、ついに明かしてしまった。関係各位、もう時効ですよね?お許しくだされ。

 予備校で印象に残った先生に化学のK先生がいた。K先生はその予備校の看板講師であった。私はその予備校に見学に行くまでその先生の存在すら知らなかったが、体験授業で受けた化学の授業でK先生の虜になってしまった。この先生から教わりたいと初めて思った先生だった。K先生は予備校開校時からずっと人気実力共にトップ講師として君臨していた。「ほぼ」全てのクラスの講義を受け持ち、夕方以降は個別授業をしていた。「ほぼ」というのが憎らしい話で、なんと私たちのクラスだけ担当していなかったのだ。なぜこうなったのか未だによくわからないが、この予備校にいる浪人生の大半はK先生の授業を受けたくて入学したようなものなのに、これはないだろうと私たちはクラス内で署名活動を実施し、学園長に直談判しに行った。学園長は必死になって考えてくれたようが、残念ながらクラスの授業を担当してもらえるほどK先生に時間的余裕なかった。他のクラスの人から授業ノートをコピーさせてもらえることにはなったが、やはりK先生の授業を直接受けたかった。そう思っていた矢先、K先生に対して特に尊敬の念を持っていた私ともう一人の生徒のために個別授業の枠を開けると予備校側から提案があった。そんな美味しい話に私たちはすぐに乗っかり、水曜日七時半から私とK先生の個別授業が始まった。個別授業が始まって分かったことだが、このK先生という人はだいぶ変わった人だった。体験授業で私が憧れた姿は世を忍ぶ仮の姿で、本当は眉間にシワが寄ってしまうようなことを平気で言う、なかなか悩ましい人であった。加えて毎年夏と冬には必ずハワイに行き、真っ黒になって帰ってくる。こちとら必死にあんたの課題をやっとんじゃ!とその当時は思ったが、それでも嫌味に感じないところが、K先生の人徳だったのだろうと今になって思う。K先生がなぜそこまでカリスマ的な人気を誇ったのか、その秘密はK先生が浪人生と同じ視点から授業していたからだろう。予備校講師の中でカリスマと呼ばれる人は何人もいるが、その多くは華麗な解法、膨大な知識を綺麗にまとめた板書、熱い話を売りにしている。だが、試験会場に行って気がつくのだ。彼らから授かったものは現場では到底真似できないような超人的解法、膨大すぎて何が本当に必要なのかわからないノート、試験には何も役立たない単なる無駄話の数々だという辛辣な真実に。しかし、K先生は巷のエセ・カリスマ講師と違い、真のカリスマ講師だった。常に試験当日のことを意識し、問題冊子の余白まで計算して現場で緊張していても計算ミスを犯さないよう限りなくシンプルに洗練された解法、みんなが知っていることを知っていれば受かるという信念のもと、知っていれば自慢できるといった類の物は一切教えず、必要なことだけでまとめられた全く無駄のない黒板。そして、無駄話ではなく化学の話で生徒を引き込ませる巧みな話術。予備校業界では地味な存在のK先生だが、予備校講師に関しては目の肥えている浪人生が最後にK先生に縋り付きたくなるのは、K先生が生徒を第一に考える予備校講師だったからに違いない。そんなK先生との個別授業を思い出すと、あまりのオーラに緊張してしまい計算ミスばかりしていた思い出しかない。普段は選ばれし優秀な生徒ばかりを相手にしてきたK先生であるから、私みたいなポンコツ生徒をどう見ていたのだろうか。私が計算ミスをするたびに笑いながら馬鹿にしてきたK先生だったが、私が大学に合格したと報告した時には「受かると思っていた」と言ってくれた。こんなに嬉しいことはなかった。それから数年経って、予備校のYouTubeにK先生の授業動画が上がった。何気なしに見ていたが、自然と背筋が伸びる感覚があった。

 そんなK先生だったが、先日予備校をお辞めになったそうだ。自身の体調を崩され、かつてのような授業ができなくなったからだという。後輩たちがK先生の授業を受けられないというのは、残念で仕方ない。

 スティーブン・スピルバーグが新作映画を撮る前に自分が映画監督を目指すきっかけとなった作品である『アラビアのロレンス』を観るように私は大学で進級が決まると、渋谷へ行き、予備校の事務の方や先生たちに挨拶するのが恒例行事になっていた。今こうしていられるのも全て浪人時代があってこそだからだ。人生の節目の度に行きたいと思っている。


 浪人時代が私のX軸の原点だとすると、Y軸の原点は中島みゆき様になるだろう。みゆきさんと出会ったのはいつだったか。はっきりとしたきっかけはよく覚えていないが、高校時代にはみゆきさんのベストアルバム『大吟醸』を毎日必ず聴いていた。そんな折、高校の卒業式で答辞に任命されてしまった私は、みゆきさんの作品で最も好きな『誕生』の歌詞を盛り込んだ答辞を述べ、場内を感動の渦に巻き込んだ覚えがある。なぜ『誕生』を盛り込んだかというと、前年、送辞を担当した際には論語を引用したら、それが当時の理事長の祝辞と被ってしまったという経験から、答辞こそは絶対に他人と被らないものを書きたいと思って、みゆきさんを使わせてもらった。実は、この答辞の草稿を提出した際、先生たちの間でかなり議論になったそうだ。答辞で引用する言葉は歴史の教科書に載るような偉人の名言や格言と決まっており、残念ながらまだ歴史の教科書に載っていないみゆきさんの詩を読むことは前例がないことだった。保守派の先生たちからは書き直すように言われたが、私にとってみゆきさんは孔子やダンテと同等、いやそれ以上の存在であったから、「みゆきさんを採用しないなら答辞はやらん!」と楯突いた。待てば海路の日和あり。『誕生』が国語の教科書に採用されていたことがわかった。これで反対されることはないだろうと確信した。なぜなら、私の担任は国語の先生だったからだ。「己の科目の教科書に採用されている歌の詩を答辞で読んじゃいけないとはどういうこっちゃ!」と迫って、採用に漕ぎ着けた。卒業式で反対派だった先生たちでさえも泣いていたのを私は見逃していない。ただし、もう何年も前の話なので、思い出が美化されている可能性もあることをご了承ください。

 なぜ私がみゆきさんを神と称えるまでになってしまったのか。それは、みゆきさんに完敗していると自覚しているからだろう。みゆきさんは単なるシンガーソングライターの域を超え、日本を代表する詩人と言ってもいいと思う。場面描写の的確さ、比喩表現のうまさ。どれを取っても凡人では到底及ばない。この心地よい敗北感がたまらないのだ。ただ、熱心なみゆきさんファンからは「男如きがみゆき様の世界を理解できるか」というご指摘があるのも事実だ。みゆきさんの描く世界は女の情念の世界。それを男が理解できるはずがないというのだ。確かに、そのご意見は大変よくわかる。しかし、男が聴くみゆきさんというのは女性を知るという意味で実に興味深いのだ。「ネコの眼のように気まぐれよ」ではないが、女心と秋の空。私がいくら頑張っても理解できない女性心理の深淵をみゆきさんは教えてくれる。私にとってみゆきさんは女性心理学の教科書的存在でもあるのだ。みゆきさんのことはもっと書きたいところだが、字数制限もあることから、また別の機会に詳しく。その時はもっとディープな世界へお連れしましょう。


 私のX軸とY軸がゼロ点で交わるところ、その場所こそ、渋谷である。私が浪人時代を過ごした街だ。私は栃木県足利市に生まれ、十八歳までは足利に住んでいた。足利という地方都会に生まれた私にとって渋谷のような大都会は異世界そのものだった。渋谷といっても、私が住んでいたのは桜丘という予備校や住宅が立ち並ぶ閑静な所であったため、思った以上にすんなり馴染めたような気がする。私の母も大学時代に渋谷に住んでいたことがあったそうで、親子共々お世話になった街になってしまった。もっとも、私は浪人生として渋谷に住んだ訳だから、その当時はもちろん今も母ほど渋谷のことはそこまで詳しくない。スクランブル交差点を越えた先に広がるセンター街など、今行ってもドキドキしてしまう。私の浪人生活はスクランブル交差点手前で全てが完結していた。平日は家と予備校の往復しかしておらず、日曜日だけは贅沢をしていたと言っても、予備校を夜七時に出て、建て替え前の東急プラザ三階にあった紀伊國屋で立ち読みをして、東急百貨店東横店地下にあるお茶漬けの店でマグロの出汁茶漬けを食べ、渋谷サンジェルマンで食パンを買って帰ってくるという質素な贅沢であった。たった二時間の自由時間だったが、これが浪人時代の唯一の楽しみだった。街に溢れる多くの人がどれだけ恨めしく見えたか。今では再開発が進み、私が浪人生活を過ごした時の景色は無くなってしまった。かつての渋谷の景色で私を最も感傷的にさせたのが、銀座線だった。あの当時はまだ銀座線が明治通りの上を通って東急百貨店三階のホームに到着していた。銀座線は客を下ろすと、そのまま直進して車両基地に入った。桜丘から渋谷駅方面に向かうと歩道橋の上から車両基地を出入りする銀座線の姿が見えた。銀座線は浅草と渋谷を結ぶ地下鉄であるが、浅草は我が故郷足利市へ向かう東武鉄道の出発駅でもある。浪人生は勉強だけしていればいいから気楽だと大人たちは言った。しかし、毎日勉強しかしないというのは二十歳前後の若者に取っては手枷足枷をつけられたようなものだった。銀座線に乗ればここから逃れられるのに、と何度悔しさを握りしめただろうか。何度渋谷駅で時刻表を見上げただろうか。

 みゆきさんの『時刻表』という曲はまさに私の浪人時代をそのまま表したような歌であり、私の「ゼロ点が交わり、原点座標が生まれる」瞬間である。『時刻表』が渋谷を舞台にしている歌と明言はされていないが、「街頭インタヴュー」、「満員電車」など東京を感じさせられる言葉が並んでいる。そして、「ほんの短い停電」という言葉でこの歌の舞台が渋谷ではないかと思いたくなる。なぜなら、これはかつて特定の区間で天井の電灯が瞬間的に消えた銀座線のことを表していると言われているからだ。「人の流れの中でそっと 時刻表を見上げる」、まさに、まさに浪人時代の自分の姿だ。もしかしてみゆきさん、見てた?『時刻表』を聴くと、K先生との思い出や浪人時代の仲間たち、渋谷の喧騒、そういったものが瞬時にありありと浮かんでくる。原点を確かめることは自分が今まで歩いてきた道を振り返ることと一緒だ。原点はいつでも私に先に進めるように勇気と力をくれる。

 群青カオルという名前の「群青」はYOASOBIの歌『群青』から拝借した。この歌詞には「渋谷の街に朝が降る」という一説がある。

 私はまだ原点座標を忘れてはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ