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夕碧センチメンタル  作者: 晴曇空
第一幕:Absurd Buried
11/29

#1-6-3.明日への逃亡Ⅲ

「……んぅ」

 そうは言っても、やっぱり疲れは溜まっていたようで、いつの間にか眠ってしまっていた。

 起き上がるとそこは、昨夜矢風に連れてこられた民宿の一部屋で、隣に敷いてあった布団には、矢風の姿が――無かった。

「っ……?!」

 そんな馬鹿なと思って、布団を叩いて確かめてみるも、その中には誰もいない。嫌な予感が頭を過りながら、部屋中探してみるけれど、やっぱり矢風はいない。

 やっぱり信じなくてよかったな、と思う反面、これからどうしよう、という不安が頭を埋め尽くす。

 今私がいるのは仙台。確か、仙台には小鎮守府があったはずで、船魂娘こそいないけれど、海軍の人は居るはずだし、それに、多分話も出ているころだろうから、その先はどうであれ、保護はしてくれるだろう。でも問題は、そこまでどうやって行くか……。

 そう頭を悩ませていると、部屋の扉が開いた音がして、その方を見ると、相変わらず飄々とした矢風が、「あれ、摂津さん、もう起きてらっしゃいましたか」と部屋に入ってきた。

「矢風さん……一体どこへ」

「どこ……って、ちょっとそこまで朝ご飯を買いに。腹が減っては何とやら、とよく言うじゃないですか」

 悪びれもなく言う矢風に、安堵やらなんやら、複雑な思いが重なった深い溜息を吐いた。

「まったく、あなたって人は……」

「そんな、私が途中で逃げ出すなんて、そんな訳ないじゃないですか」

「……今の私たちの状況を見て、その言葉をどう信じろと?」

「はは、まあ確かに」

 笑いながら、矢風がパンを差し出してきた。そんな人から貰うものなんて、と意地を張ろうとしたけれど、その前に私のお腹が鳴った。

「無理は体に禁物ですよ?」

「うるさいです」

 さも面白いものを見た、という風に笑う矢風からパンをひったくって噛り付く。パンはクリームパンだった。


+++


 早々と支度をして、民宿を出る。

「今日の予定は?」

「……やっぱり、少し楽しんでません?」

「そんな訳ありません」

 にやにやしながら聞いてくる矢風を一蹴して、「それで? どうなんですか?」と圧をかける。

「そう怒らないでくださいって。……今日は青森まで行ってしまおうかと思っています。途中でどこか、お昼を食べに降りるかもしれませんが」

「……相変わらず暢気なことで」

「それぐらいじゃないと、やってられないですよ?」

 見飽きるほどの矢風のへらへらした笑顔に、それでもどこか安心感を覚えている私がいた。信じられるのが、今は矢風しか居ない、っていうのもあるのかもしれないけど。でも、それを矢風に勘付かれでもしたら、また調子に乗られたら困るので、「まあ確かに」と答えるだけにしておいた。

 昨日下車した駅からまた電車に乗って、私たちはさらに北に向かう。何もやる事もない私は、相変わらず窓の外を眺めているだけだけど、あの鎮守府にずっと居たら出会わなかったような景色を、こうしてぼーっと眺めるのは悪くなかった。

 でも、私たちが守っていものが、こういう景色だったんだと、いやに見せつけられているお陰で、こうして自分のするべき事を放棄している現実を思い知らされて、心の隅がチクリと痛む。そういう時は決まって、目の前で眠り呆けている矢風のせいにしてみるけれど、結局、いつでも矢風を裏切ることも出来るにも関わらず、そうしない私も、きっと同罪なのだ。

 そういう事をぼーっと考えながら、車窓を眺めていたら、花巻に到着する事を告げるアナウンスが流れた。それを聞いて目を覚ました矢風が、「そろそろお腹も減りましたし、一旦降りましょうか」なんて言ってきた。まあ、色々と考えてしまうのは、お腹が空いてきたからかもしれないし、とその提案に頷いた。

 花巻の駅に着いて、一旦改札を出る。とはいえ、そう時間がある訳でもないので、駅近くでお弁当を買って、電車の中で食べることにした。

 丁度駅の近くにお弁当屋さんがあったので、そこのおばさんにおすすめを聞きながら、お弁当を選んでいると、いつの間にかここ最近の話をしてくれた。その中で。

「仕入れをしてくれている人からきいたんだけどねぇ、最近見たことのない生き物が、海をうろついているらしくて、なかなか思うように漁が出来ないそうなんだよねぇ」

「……そうなんですか?」

「えぇ。だから、最近はお魚の値段も上がって、私たちもなかなかお魚を作ったものが出来なくて……」

 おばさんの言う、『見たことのない生き物』とは、恐らく侵略者(インベーダー)の事だろう。あまり鎮守府のいると、船が沈んだ、っていう話は聞いても、他の影響の話は聞かないから、ちょっと新鮮だった。

「それでもここ最近は、お嬢さんたち位の歳の子が、詳しくは知らないんだけど、追い払ってくれているらしくて、少しずつまた捕れるようになってはきているそうだけどね」

「へぇ……すごい方達ですね」

「そうだよねぇ……。本当に感謝しなきゃならないわね、私たちも」

「そうですね」

 そんな話をしてくれたおばさんからお弁当を買って、駅まで引き返している途中、あれだけ飄々としていた矢風が、気持ち悪いほど静かだった。

「……私が言うのもおかしいですが、元気を出してください」

「摂津さん……」

 まあ矢風が落ち込んでいる理由は分かる。あのおばさんが話していたのは、どう考えても私たちの話だった。そして、そんな私たちは今、そのことから逃げ続けている。

 まさか、あのおばさんがそんなことを知っている訳はないので、純粋に雑談の一種として話してくれたのは、きっと矢風も分かっている。けれど、こうして聞くと、堪えるものがあったんだろうなあ、とは想像に難くない。そんな矢風に、同情をかける義理は、巻き込まれた側の私にはないけれど、でも。

「こんなことにしたのは、矢風さん、あなたなんですよ? それに、今の私が信じられるのはあなただけですし、そんな不安そうにされては、私まで不安になるじゃないですか」

 別に矢風を優しくしようと思ったわけじゃない。その言葉は、紛れもなく私が思ったことを言っただけ。けれど――。

「え、どうして泣くんですか?!」

「いや、その……。摂津さんって優しいんだなって」

「どこにそんな要素が……?」

「いえ……すみません、取り乱しました」

 あやふやに言って、涙を拭った矢風は、そう笑ってお弁当を抱えて駅の改札に駆けて行った。

「……本当に、よく分からない人ですね」

 呟いて、その背中を早足で追いかけた。


+++


 電車の中でお弁当を食べて、終点の青森に着いた時には、すっかり夜も遅くなってしまっていた。すぐに駅近くのビジネスホテルに泊まって、翌朝早くにそこを出た。

 いよいよ北海道に行く、っていうだけあって、今朝はどこか吹っ切れたかのように晴れ晴れとした気分だった。諦めがついた、っていうのは、このことを言うのかもしれない。

「函館までは電車とフェリーで行けますけど、どうします?」

 矢風にそう聞かれて、「ずっと電車ばかりでしたし、たまにはフェリーでも良いんじゃないですか」と答えると、「そうしましょう」と矢風も頷いた。

 そして、ホテルの人に手配してもらったタクシーに乗っている途中、丁度かかっていたカーラジオのニュースが耳に止まった。

『……鎮守府所属の兵士二人が……い画的逃亡……服装を変えながら……東北各地を転々と……』

 電波が悪いのか、途切れ途切れだったけれど、それでも私たちの事を言っているのはすぐ分かった。それでも、もうすぐ終わるであろうこの逃避行に、まるで悪役のように笑いだしそうになった。あれだけ後ろ髪引かれていたというのに、自分の変わりように我ながら驚く。でも、悪い気はどこかしなかった。

 タクシーに数十分揺られて、いよいよフェリーターミナルに付いた。そこから、特に滞りもなくフェリーに乗り込んだ。もうこの先、きっと何もかも上手くいくんだと、どこかそう思わせてくれた。

 そして、三時間くらい船に揺られて、函館に着いて、タラップを降りた時――。


「呉鎮守府所属の、標的艦摂津と、矢風だな」


 冷たい声がして振り返ると、軍服を着た数人の男が、私たちに近づいてきていた。逃げ出そうと思っても、体が言う事を聞かない。

「長旅は楽しかったか? 帰投命令が出ている。我々としても手荒な真似はしたくないのでね、大人しくついてきてもらおうか」

 今思えば、函館には小さい鎮守府があって、確か、そこにも一艦隊ぐらいの船魂娘(ふなだまむすめ)が居たはず。そして、私たちの捜索命令は絶対出ているはずで――。

「分かりました。ただ一つだけ、条件があります」

 一歩前に出て、矢風が言う。

「矢風、何を――」

「そこにいる摂津は、私の逃亡計画に巻き込まれた、謂わば被害者です。よって、重刑を課さないのであれば、従います」

 その声は、聞いたことのないほど、凛としたものだった。「そんな、私も」と口を開こうとしたとき、前にいた、勲章の数では大佐級の軍人の一人が、「罰に関して、ここで決めることは出来ない。全ては、詳しく話を聞いた後になるが――話によっては留意しよう」と言った。

「ありがとうございます」

 矢風がそう頭を下げて、ちらと私の方を見た。その表情は、言葉で言い表しにくい、色々な感情が混じった笑みを浮かべていた。

  

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