上弦
白い炎がちかりと目の裏で弾けたのを合図に、私は目を覚ました。それが最初の記憶。
日のある午后に目が覚めた私は、街の外にある境の湖に歩いて行った。今日はイリスが一緒について来てくれた。枯れることの無いと言われている湖から流れる小川で髪を濡らし、梳く。髪が黒に近い灰色から銀色の輝きを帯び始めると共に、どこか覚束なかった気持ちが落ち着いてくる。
それから、……ああ、そうだ。
「頼んでいた物、出来たかしら」
「もちろん」
仕立ての店の男性が出してくれたのは曙色のドレス。
「ありがとう、大したお礼はできないけれど、私に何かできることがあれば……」
「そんなもの。これは試作品がてらの完成品を手直しした物と言っただろう。それにここだけの話、君達のための服は仕立てるのが簡単なんだ。まるで夢のように出来上がる」
「それは良かった。でも、本当にすることはない?」
「じゃあ、君さっきイリスと一緒にいただろう。彼女に注文された服があるから、それを届けてくれないか」
「もちろん」
街の中を歩いていると、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。嬉しいような、もう少し心の準備をしたかったような複雑な気分になる。
「もう来たの?」
「夕方になると、君がここにいるということを信じられなくなってくるんだ。だから、早く確かめたくてね」
「私、今頼まれ事をされていて友達の家に行かなきゃならないの。だから貴方に付き合えるのはそれからね」
「私も行けるのなら、一緒に行っていいか?」
「……いいけど」
イリスは当然ながら彼のことを見て「誰?」と問いかけてきた。
「サミュエル・ローランさん。この辺りに住んでいる貴族の方よ」嘘ではない。彼の話に嘘がなければ、だけれど。
私が答えると、イリスは微かに目を伏せて彼に挨拶した。
「ルナとはどういう関係なの?」
「えっとね、私は彼にこの街を案内――」
「二人の秘密に立ち入るのは野暮ですよ、お嬢様」
彼が指を唇に当てて変なことを言うものだから、イリスはますます俯いて「そうよね、ごめんなさい、じゃあ」といってそそくさと扉を閉じてしまった。
「いつもあんな感じの子じゃないんだけれど。変な事言わないでよ」
「私は貴方に友人がいるということがまず驚きですけどね」
「何それ!」
サミュエルは良く私を揶揄う。怒っているのを見るのが楽しいとか何とか。揶揄われれば誰だって怒ると思うんだけれどな。
彼は微笑んだが、直ぐに真面目な顔になると空を仰いだ。
「今夜も月が昇っていますね」
「ええ」それが何か、と聞きたい気持ち半分で相槌を返す。彼の瞳は角度によって綺麗なネイビーブルーに見えることに、ふと気が付く。
彼が私の肩にそっと手を回す。
「さあ、今日は何を話しましょう。外の街で起きた恋の話でもしましょうか」