満点ドライバー
「あ、今行けたのに!判断ミス、減点だな!」
「ご、ごめんなさい……。」
先月車の免許を取ったばかりの、私。
来月車が納車されることになっているので、母親の車を借りて運転の練習をしている。
助手席に乗るのは、またいとこの征ちゃんだ。
征ちゃんはタクシー運転手をしていて、大型免許などの特殊車両運転免許も持っており、大抵の陸上車両ならばすべて華麗に動かすことができる人物である。
ありがたいことに、ありがたすぎることに…車の運転のプロに、母親が初心者ドライバーである私へのレクチャーを頼み込んでくれてですね。
お盆休みという事で、丸一日みっちり指導をしてくださることになりましてですね。
「今の運転、30点。後ろの車、怒ってるよ?」
「あわわ…どうしよう、謝りに行った方がいい?!」
「バカじゃねえの、車降りていくつもり?お前ガキの頃からちっとも変ってねえなあ、早く成長しろよwww」
祖母の姉の子どもの子どもである征ちゃんは、昔からどことなく意地悪で、……いつも私は泣かされ続けていた。
……やけにこう、細かい性格でさあ。毎年夏休みになると、家に来てはちょっかいをかけまくってくれてさ。
人の夏休みの宿題をあれこれ覗き込んでは、ケチをつけて来てさ。ポスターをのぞき込んで線がゆがんでるから落選だと宣ったり、ドリルの丸の付け方がそろってないのがガサツだとバカにしたり、自由工作の粘土にひびが入っているのを見つけては登校日前に割れると予言したり、読書感想文を読まれては感想とあらすじの違いが判らない頭の悪すぎるやつだと笑われたり。
「なんちゅータイミングで車線変更してんの。ウインカー点滅時間が長すぎる、50点。」
「譲ってくれた車にハザードランプでお礼しないとダメじゃん!マナーなってねえな、40点。」
「おいおい、ブレーキング遅すぎっしょ、シートベルト食い込んでるんだけど!赤信号見えたらすぐ踏んでいかないとダメじゃん、30点。」
「おいおい、流れ見て速度出さないと!こんなでかい道路で制限速度守ってる車なんか追突されるぞ、20点。」
「いきなり右側車線に入ったらダメだろ!左折は左に入って、右折手前で右側車線に入るんだよ、10点。」
「教習所のガチガチ指導なんかにこだわってるから駐車技術があがんねえんだよ!ドライバー失格だな、0点。」
大人になって少しは穏やかになったのかなあと思いきや、まるで容赦のないさまは変わっておらず、本日も実に厳しい言葉を受け続けておりましてですね。
……泣かなくなった私、絶対成長してるよなあ。
「ちょっと代れよ、俺が運転の手本を見せてやるから。」
「う、うん。」
高速道路のSAで、運転手を交代することになった。
混み合うジャンクションを華麗に抜け、複雑に入り組んだ道路案内板を瞬時に完璧に理解し、わかりにくい一方通行を抜け……、片側五車線の高級車がぶんぶん行き交う大都会の道を、堂々行く軽自動車。
「すごい、こんな道、私にはとても通れそうに…運転できそうに、ない!!!
口も悪いし性格も悪い、だがしかしその運転技術は天下一品であることに間違いはない。
征ちゃんの運転は、実にスムーズで安定感があり、百点満点を通り越して見本中の見本、いや、見本の手本となるようなハンドルさばきであった。
「俺はなあ、運転してお金をいただいているんだ。そこら辺の自己満足運転とは重みが違うの!茜ちゃんはさ、近所の細い道だけ運転して生きていきなよ。都会に出るときはタクシーと電車、それが安心でいいよ。技術のない人は無理しちゃダメなんだって!」
ありがたいご忠告まで下さる。……まあ、私は都会に住む予定もないし、通っているのは山奥の大学だし、就職先も田舎に決まりそうだし…多分何とかなると思われる。
「うん、そうだね…肝に銘じるわ。なんか疲れちゃった、もう帰ってもいい?」
「そう言うとこだよ!俺なんか毎日10時間ぶっ通しで車乗ってんだけど?!ホントぬるい人生送ってんなあ、これだから女はずるいんだよだいたいさあ……。」
……怒涛の愚痴を聞かされつつ、げっそりして家に帰った日が、あったのだな。
私は安全運転を心がけながら、時折失敗しつつ、恥をかきつつ、優しいドライバーさんに助けてもらいつつ、なんとかゴールド免許を保持している。
都会の道は苦手だけれど、全く走れないという事はなく、それなりに走行することはできるようになった。
今日も、田舎から都会へ抜けて、また田舎に入って…祖母のお見舞いのために、二時間のドライブをしてきたのだ。
「おう、久しぶり。なんだ、まだへたくそな運転してんのか!」
「……うん、なに、征ちゃん来てたんだ。」
ものを話さなくなった祖母のお見舞いに行くと、ベッドの横に……車いすに乗った初老男性の姿があった。横柄な態度で大きな体を揺らしていた征ちゃんの面影は薄い。
厳しいドライバー指導があってからわりとすぐに‥‥征ちゃんは事故に遭ってしまったのだ。
100点満点の運転を誇っていた征ちゃんではあったが、道路には…征ちゃん以外の運転者が、溢れていたのだ。
どれだけ素晴らしい運転をしていても、運転技術のない人の起こした事故に巻き込まれてしまう事はあるのだ。
この世界から、100点満点の運転ができる人が一人消えてしまって…早、何年だ?
「おばさんも毒吐きまくってたけど、こうなっちゃあただの枯れ枝だな。もうそろそろかね?顔だけ見とこうと思ってきたんだけどちょうどよかったわ、俺こんなんだからさあ、葬式出たくなくて!よろしくね!あとさあ、悪いんだけど家まで乗せてってくんない?タクシー代払いたくなくて!!」
「うん、いいよ。」
征ちゃんの家はこの病院から20分ほど。
難しい道もないし、そんなに怒られることもないはず。
私の車にはトランクルームはないので、後部座席に車いすを乗せて、征ちゃんには助手席に座ってもらった。
「おいおい、ダッシュボードにティッシュとか置くなよ、視界が悪くなるだろ、減点。」
……人って、やっぱり変わらないものなんだな。
「スピード出てるんだから突っ込まないとダメだろ、50点。」
「歩行者は待たせときゃいいんだよ、ほら、後ろが詰まった!40点。」
「挨拶のハザードが長いな、なんかあったと思われたらどうするの、30点。」
「これ左折になるんだよ、右ウインカー出すってどういうこと?10点。」
「あのさあ、人が下りるための空間考えて車停めないと!こんなん0点だわ、もっと道路の真ん中に止めて!!!」
散々ダメ出しされて、げっそりする私がここに。
「もうお前の車には乗らんわ!つぎこそ俺の命が危ないでな!じゃあな!!」
「はは……お元気で。」
……うん、もうあんたを乗せるつもりは毛頭ございませんのでね。
私は、私の信じる安全運転をしながら…二時間かけて、家に帰ったのであった。