第七日目・終章
そして彼は、日常の世界へと戻っていきます。
前の晩から降り続いた雪は、辺りを更に深い白に埋め尽くしていた。
「かなり積もったわね。道路は大丈夫かしら」
「この位いつもの事だ」
「そうだったわね」
俳優は弱い笑みで頷き返す。熊は時計にちらりと眼をやると、
「おーい、準備は出来たか」
その呼びかけと同時にバタバタと階段を彼が降りてきた。
「そろそろ行くぞ」
「うん」
「気を付けてお行きなさい、ボーヤ」
「はい、マダムもお元気で」
「私はいつだって元気よ」
彼は頷くと、ドアを開けた。熊が既に車をその前に止めていた。
車のドアに手をかけて、彼はふと、俳優の方を振り向いた。
「マダム……」
「なあに」
「いつか案内してくださいね」
「どこに」
「マダムが、前に言ってた場所に……」
「……ええ、いいわ。夏にいらっしゃい」
「では」
「ええ」
俳優が右手を差し出した。彼は躊躇いも無くその手を握り返し、そして車に乗り込んだ。
こうして彼はペンション『キャビン』を後にした。
車の中で、彼がもう一度だけ振り返った時……
扉が静かに閉じられた。
「行っちゃったわね」
「誰が」
「皆……レディ……先生達……そして、ボーヤ」
「珍しく感傷的だな」
「たまにはね。それも良しよ」
「何か飲むか」
「ブランデー、貰えるかしら」
「いつものか」
「……ありがと」
「どう致しまして」
「明日からは忙しくなるわね」
「ああ、シーズンだからな」
「……ここもまた賑やかになるわね」
「ああ、かまびすしくなるぞ」
「それもまた良し……」
「……」
「ふふ……」
「何だ」
「いいえ……若いっていいわね」
「ボーヤのことか」
「ボーヤとレディ……たとえここだけの話だったとしても……彼らにとっては本物の時間だったかも知れない」
「……」
「ここに来た人達は、皆、約束をして去っていく……例えそれが、いつ果たされるとも知れないものであったとしても……ねぇ、乾杯しない」
「いいが……何に」
「そうね……そう、遠い約束のために……乾杯」
そして、ペンション『キャビン』の時は過ぎていく……
出会いと別れの狭間の中で……
いつかまた、再び会うことを約束して……
ここまでお疲れさまでした。
ありがとうございました。