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紅の赤  作者: 青階透
鬼殺し編プロローグ
7/61

5話 初めての喧嘩と初めての対話

プロローグ偏の終わりです。


 俺だって昔は普通の家庭として仲の良い家族だった。

 

 父は中小企業の社長として、少しばかり裕福と言っても差し支えない家庭だった。

 そんな生活をしていたある日、俺の家の隣の東京から引っ越してきたのが、お前だったよな、(たける)

 それからだ全てが狂い始めたのは。



 ##############



 ポツポツと雨が降る中で、二人の少年が向かい合ったとさ。 

 一人は目を離さず相手を見据えて

 一人は目を相手から背けて。


 雨のせいで凍りつく空気の中、琉助はポケットから小さな箱とライター取り出した。そして、その箱を開け中から小さな紙でできた筒を抜き出し、それを口に運び咥えた。


「知ってるか?大人の味って、俺たちが思っているより不味いんだぜ」


 咥えたそれにライターで火をつけながらそう言った。筒の先から出る白い煙は弱々しく真冬に吐く白い息のようにも映った。


「なんだよ急に」


 なんの脈絡もないセリフに咄嗟に返した。


「俺はこの味が嫌いだ。そして、それと同じようにお前の事がずっと昔から大嫌いだった。だから、お前の両親が死んだって聞いて、どう思ったと思う?喜んじまったんだよ。ひでぇよな、最低だよな。小さい頃に勝手に憧れて勝手に嫌うなんてさ」

 

 その言葉からは様々な琉助の中の様々な感情が読み取れる。それぐらいに俺は琉助の事を理解しているつもりだった。でも、違ったみたいだ。長い付き合いだった琉助の心情を俺は勝手に理解しているつもりだった。だから、さっき俺の読み取った事は実際の意味ではないのかもしれない。だから、少し悩んだ末に聞き返した。

 


「・・・・・・・・・。それがどうした」


「人として軽蔑してくれよ。頼むよぉ。なぁぁ」


 物乞いするように頼んできた。

 それはまるで、飼い犬が飼い主に餌を求めるように。なぜだろう?それは琉助の本心にはどうも聞こえなかった。

 

「そんな話を言いたいから、わざわざこんなことをしたのか?」


 俺はそう尋ねた。俺が話したい事はそんなことではない。今のが、本心でないと信じたいから。


「いつもそうだよな。お前は、お前はいい奴すぎるんだ。いい加減、俺を殴れよ!蹴れよ!頼むからよぉ。俺に罰を与えてくれ!」


 琉助は傘を投げ捨てて言葉を叫んだ。

 雨が当たり火のついたそれは自然消化され、地面に落ちた。それを琉助は思いっきり踏み躙った。

 その眼からは雨か涙か分からないが、水滴が零れ落ちた。


「教えてくれ琉助。お前の本音を、今までのような皮一枚みたいな薄っぺらな対話ではない。芯のある言葉を俺に言ってくれ」


 俺も傘を地面に放り投げて、駆け寄ろうとした。


「俺に、俺の心にこれ以上近づくなぁ!お前に許されることを俺が許してないんだ!」


 近づく俺に対し、先程の要求とは逆に琉助は蹴り飛ばし突き放した。

 

「近づかなきゃ、話せないだろ!」


「近づくなって言ってんだろ!」

 

 再び近づく俺の顔面をに琉助は殴り飛ばした。

 だが、俺はもう一度歩み寄る。


「そうやって逃げるのかよ!」


 深く一歩一歩進む。

 湿った地面にその足跡を刻みながら。


「お前が、お前がァッ憎い!俺にないもの全てを、全てを持ってるくせにどこか人間臭いお前が憎いんだよッ!ずっとずっとずっとずっとーーーーオッ!」


「それでも、俺はお前の親友だッ!」


 俺が地面に刻んだ足跡はもう雨程度ではもう消えない。

 


 ##############



 山門健は凄い奴だ。

 俺がその事を確信したのはまだ下に兄弟たちが出来る前の話だ。


「初めまして、山門(やまと)たけるです。東京から来ました。よろしくお願いします」


 この挨拶と共に(たける)はクラスに温かく迎え入れられた。


 健は勉強も出来れば、運動も得意でそれに加え、それらがオマケのように霞んでしまうほどの良い奴だった。そんな奴だからこそ、転校してきてクラスの中心になったし、誰も健を嫌わなかった。

 例に漏れず俺も同様に彼を嫌いにはなれなかった。


「たける君今日一緒にあそぼ!」


「いや、ぼくたちとだよッ!」

 

 放課後になると健を遊びに誘う声が、他クラス含めて多く寄せられた。


「ごめん、お父さんとお母さんが今日は家ですることがあるから、遊びはだめだって」


 それらを健は相手を傷付けないように細心の注意を払いながら、やんわりと断った。


 健を目的として集まった集団は徐々に解散し始め、俺もそろそろ帰ろうと立ち上がったところ、健がこっそりとこちらに近づいてきた。


「琉助くんだよね。確か家が隣の?今日からさ、一緒に登下校しない?」


 この言葉を聞いて、正直とても嬉しかった。

 クラスの人気者に存在を知られていた事も含め、誰かに登下校を誘われることも初めてだった。


「いいよ!あと、健って呼んでいい?僕の事を琉助って呼び捨てにしていいから」


 恥ずかしさのあまり目を逸らしてしまいながらそう尋ねた。そこには、誰かと呼び捨てにしながら呼び合うことに憧れがあった。


「よろしくな琉助」


 その返事はOKであると俺は受けとった。


 それが健との最初の会話だった。

 それからというもの俺達は親友と呼べる程に深い仲になった。


 初めて出来た親友との日々は俺の単色だった俺の人生をカラフルに彩った。

 ある日は公園で走り回って、ある日はどっちかの家でビデオゲームで遊んで。学校では健の完璧人間ぷっりを存分に発揮してた。


 だが、強すぎる光の元にはやがて影が生じ始めた。

 

 なんて事のない平凡な一日。

 すべての授業も滞りなく進み、記憶の底に埋もれるような日のことだった。

 

 ある日の放課後に一人の少女が自殺するまでは。

 少女、名前を読売陽暮(よみうりひぐれ)と申す。


 

 ##############



 雨の中、一人の男が墓の前に花束を手向けていた。

 灰色のスーツに赤色のネクタイをしっかりと締めている。片手に大きめな黒い傘を持っている。

 墓はその男の娘のもので、今日は月命日であった。毎月、この日になるとお参りにやってくる。

 本来の命日には、他の家族や娘が自殺した当時に唯一仲良くしてくれた男の子も来てくれるが、そんな彼に対して、男は突き放すような事をしてしまった。


「遅れてごめんね。今日は会議が長引いちゃって」


 娘が自殺してしまった理由は学校内に置いての虐めが原因であるとしか分かっておらず、犯人も分かっていない。当時ただの教諭に過ぎなかった男は虐めという行為が無くなることを目標に教頭を目指した。

 彼を学校から追いやったこともその一環だった。

 虐めというものは些細なことをきっかけに始まることがある。だから、彼の存在は学校規模の虐めに繋がりかねない。そう判断した男は、彼に転校に転校することを提案した。

 それでも、後悔していた。


「彼には悪いことをしてしまった」


 もう墓参りに来てくれないかもしれない。そう思ってしまった。

 男の娘は生前、明らかに彼に本当の好意を抱いていた。

 事件の発生当初、男は彼が娘の好意に付け込んだ虐めを行ったのではないのかと、幼い彼に強い言葉を使ってしまった。

 だが、葬式で泣いてる姿を見た。

 そこには本当の悲しみが有った。娘を本当に大事にしてくれていた事を心で感じ取った。

 だから、葬式の後、彼に対いて全身全霊をもって謝罪した。

 

「またやり方を間違えたかもしれないな」


 今回も彼は何一つとして悪くはない。だからこそ思う、あの判断は本当に正しかったのか?と。

 だがもう、遅い彼は自ら学校を辞めてしまった。それが、男の考えを汲んでの事か、はたまた、男に対して絶望したからのか、それは本人のみにしか分からない。


読売(よみうり)さんですよね?」


 突然、後ろから声を掛けられた。

 後ろを振り向くと、見知らぬ白いスーツを着た中年男性が立っていた。


「貴方はだれですか?」


「ワシは影村寿雄(かげむらとしお)と申すものです。お久しぶりですね」


 この人物からは並々ならぬ気配が感じ取れる。まるで、ヒトとは違う存在に出会ったような。

 いったい何者なんだ?



 ##############



 気付けば俺は健の顔面を殴ろうとしていた。

 しかし、健はその拳を受け止めると同時に、俺の顔面を殴り飛ばした。


「ッ!」


 なんだ、今のパンチは?歯は折れてこそいないが、一発で口の中が血の池になってしまった。

何とか地面に倒れることなく、体制を保って顔だけを健に睨み向けた。


「初めからこうすれば良かった。お前が話さないなら、無理やりにでも吐かせるッ!」


 健が両手を突き出してファイティングポーズを取った。

 次の瞬間、健の雨に濡れた重い髪がふんわりと舞った。


 次の瞬間に腹部に激痛が入った。見ると健の拳が思いっきり練りこんでいた。


「ッ、クッソがァ!」


 口の中のちっを吐き出しながら、健の睾丸目掛けて足を蹴り上げた。


「ッ!マジか」


「フン。ここはフニフニだなッ!」


 健は股間を抑えながら、後ろに二度バックステップした。


「そ、それはひ、卑怯だろ」


「喧嘩に卑怯もねぇよ。勝つか負けるかだけッ!それが嫌なら最初から掛かってくるんじゃねぇ」


 足がガタガタになっている健に睨み付けながら、そう言い放った。

 ていうか、最初の蹴りとかがダメージが入っているように見えなかったのに、さっきの睾丸攻撃は大ダメージが入っている。何か、違いがあるのか?

 単に急所だからってわけじゃないだろうし。それに健の攻撃も妙だった。あんだけの衝撃を顔に受けたのに歯が一本も折れていないのは変だ。まるで内側の骨だけを殴られた感じがする。

 何かの武術か?健はこの間まで世界一周の旅に出ていたはずだから、そういう技術を手に入れているかもしれない。

 実験だ。俺はポッケトからライターを取り出しそれを健に投げつけた。


「ウオァ!ハッ!」


 当然のように健は、それを右手でキャッチする。俺はその隙に三メートル近く距離を詰めた。顔面目掛けたパンチを健にお見舞いしやる。と思わせて、足蹴りを腹にお見舞いした。

 健はそのまま一メートルくらい後ろに飛ばされた。

 

「ギリィィ!」


 予想通りだッ!

 こいつは攻撃が来ると予め分かっている箇所しか守れない。不意打ちには弱い。

 といよりは、反射的行動することが苦手なんだ、コイツァア。


「喰らえ!」


 追撃の足蹴りと見せかけて、右手で顔面を殴り抜けた。


「グァアッ!」


 策が見事にはまり健を天高く飛ばした。そのまま、背中から地面にダイブした。

 さしてその事を気にすることなきに、泥に汚れた衣をまといて近づいて(きた)る。


 次の瞬間、健の姿が空中に上着を残して消えた。その途端に俺は体のバランスを崩して泥まみれの地面に倒れた。その最中(さなか)、一瞬だが健と目と目が合った。


「コイツッ!俺の脚の脛を高速で蹴り払ってバランスを崩させやがった!」


 左腕と脚を使い体を一回点させるようにアクロバティックに起き上がった。

 その際に爪と指の(はざま)に泥と砂利が入り込んできた。それを反対のコートの袖に引っかき強引に落とした。そのまま、コートを脱ぎ棄て健の位置を確認した。


 この間僅か十秒。

 しかしそれだけの時間は健の次の攻撃に備えるには不十分だった。


「グッツハァ!」


 背中を二度、強めの力でノックされた。

 まるで、心への入門の許可を取るかの如くに。


 ここは本来なら振り向いてしまうかもしれないだが、それを狙い健も動くはずだ。

 ならば、そのまま正面を殴ると見せかけ後ろ目掛け後ろ蹴る。


「クッ!パアァ」


 ここから更に追撃の回し蹴りだ。

 時計周りに回転させ健を横腹から跳ね飛ばす。


「俺をここまで痛めつけて楽しいか?」


 健がフラフラとしながらたち上がりながらそう言った。


「おい、もう限界か?俺の口割らすんじゃないのか?」


 煽るようにそう言うと、健の視線が細く鋭く睨んできた。

 そして、


「ああ、言ったぜ。そして琉助、確か喧嘩に卑怯などは無いと言ったよな?」


 こちらに指を指しながらそう言った。

 これは不味い。何かヤバいぜ。さっきまでとは明らかに雰囲気が異なっている。

 いつでも対応出来るように身体を警戒して、否、緊張して強張らせた。


「なら反撃の改進だ」


 その言葉で雨音が一瞬かき消された。

 そして、当然俺の身体が大きくぶっ飛ばされた。



 ##############



 俺が彼女と仲良くなったのは、本当に偶々だった。

 

 この名前の無い気持ちを初めて感じたのは学校が夏休みに入る前の直前の日の事だった。

 この学校に転校してよかったと思ったことは琉助と友達になれた事と、この学校図書館だ。東京で通っていた学校の図書館は品揃えがあまりよろしくなく、隣町にある公営の大図書館まで足を運ぶ必要があった。当時の俺からすれば、その距離はフルマラソン完走する並みのハードルであった。だから本を借りに行くときはいつもお母さんの自転車の後ろに乗って行っていた。

 だからこそ理想の品揃えを誇るこの学校図書館は木々の生い茂る楽園(ユートピア)に見えた。


 長期休みである夏休みに入る前に百冊ぐらい借りようと思いわざわざ家から段ボールを持参した。

 どんどんと段ボールの中に本が積んでいく。その最中、一冊の本を取ろうとした時、他人の手とぶつかった。チラリと相手を確認すると、相手は急におろおろし始めた。ふと胸のバッヂに目をやるとどうやら同学年らしい。この学校は学年をバッヂの色で区別しているから相手が何学年かが一目で分かった。その姿は、長い黒髪を短く後ろで縛っていて赤渕の眼鏡をかけている。この顔どこか見覚えがあると思えば、同じクラスの確か、読売陽暮(よみうりひぐれ)だったっけ?


「あっごめんね。この本は君にあげるよ。だって、もうたくさん借りたからね」


 そう言って、机の上の本の積まれた段ボールを指さした。

 その言葉を聞いた彼女はクスリと可愛らしく笑った。普段教室では大人しい子だったから、その事が凄く新鮮に見えた。


「あ、ありが、ありがとうございます」


 彼女はオロオロとしながら本を受け取った。


「いや、同級生なんだから、そんなかた苦しい言葉づかいはやめてほしいな」


「あっ、すいません」


 第一印象は大人しい子だったが、天然もプラスしとこうと思った。


「そうだ!」


 彼女が急にテンション高くなり、大声を出した。その声にびっくりして咄嗟に両耳を塞いだ。


「あっ、ごめんなさい」


 急に素に戻って謝られた。


「いいよ。それで、何が思いついたの?」


「私が読み終わったら、この本を山門さんに貸すってのはどうですか?」


「確か、ほんの又貸し禁止じゃなかったっけ?」


 そう冗談めかして尋ねると、彼女はそっと唇に指をあてた。


「フフ、内緒ですよ」


 そう小声で言ってきた。

 

 その日から、徐々に仲良くなっていき、琉助と同じ以上に信頼できる人になった。

 夏休みに入ると琉助と遊ぶ日以外は毎日のように会い読んだ本の感想会を行った。

 暑い日々が終わっても昼休みには学校図書館で談笑を楽しんだし、休日には二人だけで出かけることもあった。


 お父さんに買うプレゼントの相談された時なんかは、お父さんが高等学校に勤めている教諭であることを聞いたので為、スーツが良いんじゃないかと提案したりしたこともあった。

 そんな大切なことを相談されるってことは、自分で言うのもなんだが、凄く信頼されていると思っていた。その事が凄く嬉しかった。


 今思い返せば、この頃から彼女の事が、、、、、、、。


 そんな楽しい日々は突然残酷にも終わった。

 ある日の放課後、学校の屋上から彼女が突き落とされたのだ。俺が昇降口を出ると、そこにはぐちゃぐちゃに潰れた頭部。綺麗な黒上を染め上げる赤い液体。


 真っ赤に染まった地面に飛び散った眼鏡の破片が沈み始めた太陽の光を反射して何事も無かったように輝いていた。


「ウァァァァァァァァァァ!」


 俺の悲鳴は夕焼けの中、消えってた。

 


 ##############



影村寿雄(かげむらとしお)ですか?失礼ですが、何故あなたは私の名前を知っているのですか?私はあなたの事を存じ上げておりませんのに」


「そのことは気にしなくていいよ。ワシと会ったという記憶はワシが『回収』させてもらったから、覚えていないのは仕方のない事ですよ」


 記憶の回収だと何を言っているのだ?そんなこと現代の科学でも不可能なことだぞ。


「このことはただのオカルトだと思っていいよ。深く考える必要は存在しない」


 そういうと影村は左の掌をこちらに向けてきた。

 その瞬間、


『娘を自殺まで追い込んだ犯人を特定してください。お願いします。仇が取りたいんです』


 なんだ、これは。自分の言葉で知らないことセリフが脳内に再生された。


『良いですよ。その為の妖気法使いですから』


 そうだ、私は以前この影村なる男と出会っている。そして、依頼したのだ。娘の仇を探してほしいと。今全てを思い出した。何故忘れていたかさえ、分からない程の強烈な記憶だ。


「これがワシの能力です。左手は他者の記憶を回収しストックでき、別の者に張り付けることが出来る。そして、こっちの右手は人物や物、場所の過去を調べることが出来る。調査の結果が遅くなりましたが報告に来ました」


「いくら何でも遅くないか?」


「おや?覚えてない、この記憶も返したはずですが。あなたが言ったのですよ、今日報告すると」


「すまない、本当にこれだけは覚えていなかった」


「では、報告書ですが・・・・」


 影村がカバンから、ホッチキスで留められた紙束を出そうとしたが、


「いや、要らない。もう私の中では思い出せても、当時のように復讐しようとは思えない。きっとこれを狙って、過去の私はあなたに報告させようとしたのだろう。いつまでも復讐に捕らわれる事は、実に愚かなことだと思うよ」


 そのことを聞いて、影村は少し顔を引きつったが、すぐさま報告書を仕舞った。


「それは良いことだな。復讐はよろしくない。君の記憶をもう一度回収させてもらおう、この能力の事を一般人に知られてはいけないからな」


「分かりました。そしてさようなら」


 気が付けば、辺りには居なかった。


「気のせいか、誰かと話していた気がする」


 ふと手に違和感に気が付いた。何かの紙が握られていた、そこにはどこかの地図が書かれていた。確かここは公園だったはずだ。


『もう一人、君は謝るべき人間がいるはずだ』


 この紙が何なのかを考えていると、聞き覚えの無い声が再生された。


「謝るべき人間か」


 その人間について思い当たる節は一つしかなかった。



 ##############



 彼女の葬式の日、俺は泣いている健の姿を見て静かに絶望した。


 そしてこの世には完璧な人間など存在しないと存在しないと静かに絶望した。

 

 その日を境に俺の生活は一変した。

 まず、親父の会社が突然倒産した。その際に莫大な借金を背負うことになり住んでいる家からも出ていくこととなり、現在のオンボロアパートに引っ越すこととなった。更に当時妊娠していた母さんが双子を出産したことで、生活はかなり苦しいものとなった。


 夜な夜な泣きわめく赤子たち、その声はアパート中に響き渡り、母さんは必死にあやしたが近隣住民の怒りの籠った怒鳴り声を受け、さらに事態が悪化した。パートとして一人働きながら俺たちの家事や、子育てをしなくてはいけない母さんは次第に精神的にやつれてきて、よく体調を壊すようになった。それでも、親父はそんな母を無理矢理働かせようと暴力を振るった。

 

 二人が小学校に入学してからは、次第に回復していたっがそれでもあの頃のよな優しい笑顔は戻らなかった。

 俺と健が中学校に進学したころ、健は俺に携帯と古いパソコンをくれた。これを使い次第にネットの世界に入り浸るようになった。


 そんな毎日を過ごした俺は次第に勉強が厳かになり、健と同じ学校に行けなかった。しかし、家のせいだとか適当な言い訳を健にしてしまった。健は俺の事を信頼してくれているのに、勝手に絶望してしまった俺は次第に健を憧れていた『自分自身(過去の自分)』を嫌いになっていき、健を嫌っている『自分自身(今の自分)』を肯定するようになっていった。


 健の両親が死んだという事件を聞いた、腐り味噌は大いに笑った。


『こりゃ、因果応報ってやつだな!あの屑共のせいで俺の会社は潰れたんだ』


 そして、そう言った。

 これを聞いた途端、健に対する憎悪が今までにないほどに増幅した。

 アイツは、健はずっと俺の事を見下していたのか。っと。



 ##############



 吹き飛ばされた俺がゆっくりと起き上がりながら、健に尋ねた。


「な、何をした?」


 物凄く早いパンチを腹に受けたとしか認識できない。


「これが何か分かるか?」


 健が俺の言葉を無視しながらあるものズボンのポケットから取り出し見せてきた。

 何かのスイッチのようだ。


「このボタンを押せば、警察の方々に現在位置が送信される。そして、お前はなんやかんやで逮捕される」


 あやふやな説明だが、俺の生命をアイツが手の中にあると言う事だけど理解した。


「クッソがぁ!」


「だがッ!」


 健はそれを片手で握りつぶした。

 嘘だろ、見た目からプラスチックってのが分かる。それを片手って、


「どんな握力してんだよ」


「さぁーな。これで余計な水が入らないから、気にせず出来る」


 そう言うと健は猛スピード、猪突猛進で突き進んできた。

 俺はボディを警戒するあまり、下顎から殴り飛ばされてしまった。


「ぐっづがァッ」


 だが、それに構うことなく健は俺への攻撃を続けた。

 俺も負けじと健の髪を引っ張り思いっきり頭突きを繰り出した。


「いてぇじゃねぇかッ」


 そういう健を無視して俺も攻撃を連続で続けた。

 しかし一発を躱されて、拳が俺の頬を突き抜けた。だが、それで健が大勢をグラつかせたことを見逃さずに、俺も健の頬を殴り飛ばした。


 殴っては怯み殴られを互いに繰り返しながら、泥まみれの全身を気にすることなく喧嘩は続いた。

 拳を交えながら、次第に健の心根が俺の中に入ってきている事に気付いた。

 

 俺の過ちを本気で正そうとしている。俺の罪を許そうとしてくれている。俺の事を一人の人間として見ていてくれている。俺を、健は本気で俺の事を友達だと思っている。


 気付けば、頬から雨とは違う温かい液体が零れ落ちた。それが腫れかけている頬に沁みこみ、別の痛みを生み出した。

 そして、それは健も同じだった。それに気づいたときは、互いに攻撃の手を緩めていた。

 それでも、俺達は続けた。

 続けるしか、対話をする方法を今の俺たちは知らなかった。


「俺は、俺はこうして誰かと本気で殴り合い(会話)をしたかったんだな」


 零れ落ちた声は健の心に届いただろうか?

 聞こえて欲しくないな。だって、これが俺の本音だから。

 でも、現実はそう甘くない。特に山門健(やまとたける)という男は、そういうことを決して聞き逃さない。


「それをもっと早く言えよ」


 健はそう腫れた不細工な顔で笑いながら言った。

 こういうやつだから俺は昔からコイツが、健が嫌い(憧れ)だった。


 そうして、初めての喧嘩と対話は終わりを迎えた。

 雨はもう止んでいた。


 ちょうどいいタイミングで一台の車が公園の前に停車した。



 ##############



 あの時、俺がはっきりと言葉にしていればこの悲劇は起こらなかったかもしれない。

 だが、それを伝えるには俺は幼すぎた。

 ただ泣くことしか出来なかった。

 俺の真の心の拠り所は琉助だけになった。だが、琉助に感じていた友情と彼女に抱いていた感情は一致しなかった。パズルの最後のピースを失くしてしまったように、心の中にポツリ穴が残った。

 

 今日、初めて琉助と喧嘩した。

 最初は喧嘩すれば、琉助との友情が壊れてしまうのではないかと心配した。

 だが、実際は琉助との偽りの友情が終わり、本物の親友になれた。でも、俺にはもう一つケジメを付ける必要がある。


 目の前には、無機物の塊があった。

 それは彼女のお墓であり、何度も通った場所だった。

 ここに来る前に教頭が俺に謝罪した。俺はそれを受け入れここに連れてきてもらった。


 彼女の名前を前に俺は手を合わせた。祈るように、俺の心を伝えるために。


 俺は彼女の事に幼い好意を抱いていたのかもしれない。

 理解したその感情をもう遅いと分かっていても、彼女に伝えたいから。


『君に出会えて本当に嬉しかった。そして、ゴメン』


 心の中でそう伝えた。

 突然頭の中に湧き上がってきた罪悪感のままにそう答えた。

 その罪悪感のせいで俺は好意を心の中ですら伝えられなかった。


「さようなら」


 俺は墓に背を向けた。過去から前に進むために。

 教頭と琉助と一緒に車に戻ろうとしたら、後ろに何かの気配を感じた。


 振り向くと、そこには彼女が立っていた。

 初めて出会った頃と全く変わらない姿のままで。


『さよなら。気にしないで、アナタは悪く無いから』


 昔とは違う大人びた声で口調でそう言ってくれた。

 直後、彼女は光になるように消えていった。


『ッ!?』


 脳から嫌な記憶が溢れ出して止まらない。手の震えが徐々に速くなってきた。その記憶では、俺が、、、、した。


「健、何してんだ?行くぞ。もう夜遅い」


 パニックになりそうな所で、琉助に肩を掴まれた。その事で、震えは止まった。


「ああ、そうだな。明日の朝は何を作ってくれるんだ?」


「余り物で適当に」


「そうか。ありがとう」


 琉助のおかげでとりあえずは正気に戻れた。思い出したくない過去だ。でも、どこか違和感もある気がする。

 いや、今は思い出したくもない過去の話はやめて、友と未来の話を共に語れば良いじゃないか。


 こうして俺は歩き始めた。

 隣に信用できる友を置いてな。


 この時はまだ俺の心に過去という鎖が巻き付いていることに、誰も気付いていなかった。


 To be continued


次回から新章に突入します。

鬼殺し偏本格的にスタートです。


*ちなみに琉助の犯行動機は健が葬式で泣いていたからです。

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