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短編小説

勇者パーティーの『魔物使い』ですが、魔王の力を引き継いだので異世界に逃亡します

作者: レオナールD


「はあ……」


 赤い大地が広がる荒野を、一人の少年が歩いている。

 小柄な少年だった。黒髪で、顔立ちは幼くあどけなさを残している。

 乾いた大地を進む少年の顔は鬱屈とした感情で染まっており、二つの眼球からは一切の希望が抜け落ちていた。

 少年の名前はセージという。年齢は15歳で、とある国の小さな農村の出身である。


「もう嫌だ……どうして、こんなことになったんだろ」


 声変わりをしていない高い声音で、セージはポツリとつぶやいた。

 脳裏に思い返されるのは、遡ること一ヶ月前の出来事である。


 かつて、セージは一つのパーティーに所属しており、仲間と一緒に世界を旅していた。

 パーティーの名前は『魔王討伐隊』――勇者ロイドをリーダーとして、文字通りに魔王の討伐を目的にしているパーティーである。

 この世界には魔王がいる。あるいは、いた。

 魔王は世界中のモンスターを支配しており、その力をもって人類を廃絶させんと行動していた。


 魔王討伐隊におけるセージの役割は『魔物使い』である。

 セージは生まれつき、モンスターと心を通わせることができるという稀有な能力を有していた。

 その力を使って魔王に支配されているモンスターを解放して、人間に害を与えないように野に放すというのがセージの役割だったのだ。


 セージが魔王討伐隊に入ったのは13歳の頃。それから2年の歳月を費やして、討伐隊はとうとう魔王が住む本拠地へとたどり着いた。

 その間、セージは魔王軍の幹部を説得して戦いを回避したり、飛行できるモンスターに自分達を運ばせたりして、勇者や仲間の危機を何度も救ってきた。

 激しい戦いを越えて、仲間達との間にも深い絆が生まれている。少なくとも、セージはそう信じていた。


 魔王との戦いは熾烈を極めた。

 討伐部隊は少数精鋭。一人一人が卓越した実力を持つエキスパートであったが、魔王だって負けてはいない。

 激しい戦いは半日以上も続き、ようやく魔王を討ち果たすことができたのだ。


 これにて物語は完結。めでたし、めでたし。

 そんなふうに閉められるはずだった。はずだったのに……


(それなのに、どうして僕の手にこれが宿るんだよ……)


 セージは荒野を歩きながら、右手の甲へと目を向ける。

 意識を向けられたことで、手に刻まれた幾何学的な紋章が光を発した。

 この紋章こそが、セージが1人で荒野をさまよう原因となったもの。魔王の刻印――『魔神紋』である。

 勇者が聖剣で魔王を貫いた瞬間、魔王の身体から光の玉が飛び出てきて、セージの腕に入り込んだのだ。

 そして、魔王の手に刻まれていたのと全く同じ紋章が浮かび上がったのである。

 宿ったのは紋章だけではない。この刻印が手に浮かび上がった途端、セージはその場にいながらにして世界中のモンスターをコントロールすることができるようになってしまったのだ。

 それはまさに魔王の力。人類を滅ぼすことができる忌むべき能力だった。


『おそらくセージの『魔物と心を通わす力』は、魔王が持っていた『魔物を支配する力』と同系統のものだったんじゃないかな? 魔王を倒したことで行き場をなくした力が、類似の能力を持つセージに吸収された可能性があるね』


 ――というのは、魔王討伐隊の知恵袋である賢者アルズワールの解説である。

 アルズワールの推測が正しかったのかどうかはわからない。

 問題は、魔王の力を手にしたことにより、セージが人類の敵として認定されてしまったことである。


 魔神紋を手に宿した途端、仲間達のセージを見る目がガラリと変わった。

 勇者はあからさまに警戒した様子になっていた。戦士や盗賊も表面上は変わらない態度で接しながらも、時折疑わしい目つきで窺ってくるようになった。回復役の聖女にいたっては、ゴミでも目にしたように見下した表情となって、口もきいてくれなくなった。

 唯一変わらなかったのはマイペースな賢者だけであり、魔王を討伐してからの帰路は地獄のように気まずい空気になっていた。


 そして――極めつけは報告を聞いた国王である。

 魔王討伐部隊を送り出した国王は、セージが魔王の力を手にしたと知るや、すぐに裏切り者の反逆者として認定して処刑を命じたのだ。

 英雄から一転して反逆者になったセージは、必死に逃げ回った。幸いにモンスターを操る力があったため、手助けをしてもらって落ち延びることに成功したのだ。


 逃げ込んだのは人間が1人もいない荒野。

 ここまで来れば、さすがに刺客も追ってはこれないはずだ。


「どっちが裏切り者だよ……僕が何をしたって言うんだ」


 歩き疲れたセージは地面に腰を下ろし、天を仰ぐ。

 国王がセージの処刑を命じたとき、真っ先に刃を向けてきたのは一緒に旅をしてきた仲間達である。

 勇者を先頭にして、迷うことなくセージを殺そうとしたのだ。


『最初からお前は不気味だと思ってたんだ! モンスターと話せるなんて、お前も魔物だったんじゃないか!?』


『モンスターを従えるなんて汚らわしい! 貴方のような邪悪な人間と旅をするなんて、心から吐き気がしましたわ!』


 勇者の叫びに、聖女も追従する。

 苦楽をともにしてきた仲間の言葉に、セージは胸を貫かれるような痛みと衝撃を感じた。

 仲間だと思っていたのは、信頼していたのは、セージだけだったのだ。

 勇者も聖女も、セージのことを仲間だなんて最初から思ってはいなかったのである。


「はあ……これからどうしよう。僕はどこに行けばいいんだろ」


 セージは大空に視線を向けたまま、途方に暮れたようにつぶやいた。

 もう手配は世界中に回っているだろう。人里には入れない。

 このまま荒野で暮らすか、それとも山野でモンスターと一緒に暮らしていくか。心は通じ合っても人間の姿をしていない魔物と共に。

 圧倒的な孤独に押しつぶされそうになり、セージはギュッと己の胸を掻き抱いた。

 あるいは、人類を滅亡させようとしていた魔王もこんな心境だったのか。

 ひとりぼっちの孤独に耐えかねて。されど魔王であるが故に人間の輪に入ることもできず。孤独と葛藤から、殺意と敵意を向けてきたのだろうか?


「……ん?」


 そんなことを考えていると、青空に赤い斑点が浮かんだ。

 斑点はどんどん数を増やして凝ごっていき、やがて人型に結集した靄のようになる。

 靄の中から現れたのは見慣れた顔だった。


「やあ、探したよ。セージ」


 現れたのは、かつての仲間の1人。賢者のアルズワールである。

 漆黒のローブを着た若い男が、紫色の長い髪をなびかせて地上へと降りてきた。


「アル、さん……貴方も僕のことを殺しにきたんですか?」


「おや……ずいぶんと荒んでいるね。まるでこの赤い大地のようじゃないか」


 疑いを込めた眼差しに、アルズワールはいつも通りの暢気な顔で応じる。

 アルズワールは、セージが魔神紋を得たときも、国王が処刑を命じたときも、1人だけセージのことを庇っていた。

 セージが生きて仲間の追撃をかわすことができたのも、目の前の賢者の助力があったからである。

 しかし、今のセージはそれに感謝する余裕はない。

 疑心暗鬼になって、アルズワールを上目遣いで見やる。


「まあ……国王が君の殺害を命じたのは事実だね。逃がした責任を取れとか言って」


「やっぱり……!」


「まあ待ちたまえよ、そう逸るんじゃない」


 アルズワールが左右に杖を振った。途端、その背中に襲いかかろうとしていたサソリ型のモンスターが氷に閉じ込められる。

 1人で荒野を彷徨っているように見えるが、今もセージの周囲には無数の魔物が隠れており、敵対者を警戒しているのだ。恐るべきは魔王の力である。


「国王には命じられたが……それに従うつもりはないよ。王に義理はないが、お前さんには義理も情もあるからね」


「そんなの……」


 信用できない、そう言おうとして止める。

 どう取り繕ったとしても、アルズワールの言葉に喜びを感じてしまうのは隠しようがなかった。

 自分にはまだ味方がいる。たとえ偽りだとしても、そう信じたかったのだ。


「お前さんも災難だったな。これで人類の生存圏に居場所はなくなった。どうするつもりか、アテはあるかね?」


「…………」


 セージは無言で首を振る。

 アテがあるのなら、こんな荒野を歩いてはいない。


「だろうな。ところで、そんなお前さんに耳寄りな話があるんだが」


「何ですか……?」


「異世界に行ってみたくはないかね?」


「異世界って……?」


 セージは首を傾げる。目の前の賢者が言っている意味が分からない。


「ロイドの……勇者の先祖がこの世界とは別次元にある異世界から召還されたという話を、旅の間に聞いたことがあるだろう? 世界というのは一つじゃない。この時空には無数の世界が存在しており、時に近づき、時に離れてを繰り返しているのだよ。私は長年の研究により、その世界線を飛び越える魔法を編み出したのだよ」


「それって……ひょっとして、禁忌の魔法なんじゃ……」


「危険な魔法には違いない。しかし、新種の魔法ゆえに誰にも禁じられてはおらんよ。合法合法」


「…………」


 カラカラと笑う賢者を、セージは疑わしい目で見つめた。

 しかし、その提案は魅力的である。

 違う世界に行ってしまえば、国王も勇者も追ってこないだろう。裏切った仲間のことを忘れて、新しい生活を送ることができる。


「でも……僕にはこの刻印が……」


 セージは魔神紋に指先で触れて、沈痛な顔になる。

 モンスターを支配するなんて力がある限り、どこの世界に行ってもセージは邪魔者だ。必ず、その世界の人間に排斥されてしまうだろう。


「その刻印を消す方法は存在しない。たとえ賢者である私であってもね……ならば魔物がいない世界に行けばいいんだよ」


「え?」


 セージの懊悩を、アルズワールはあっさりと払拭する。


「無数の世界の中には、魔物やモンスターが一切いない世界もある。事実、勇者の祖先もそんな世界から召還されたらしいからな」


「そんな世界が……ううん、それなら……!」


 セージの瞳に希望の光が戻ってくる。

 モンスターがいない世界ならば、魔神紋の力も関係ない。タダの奇妙な刺青として扱われるだろう。

 明るい未来を見て目を輝かせるセージに、アルズワールは満足げに頷いた。


「どうやら意志は固まったようだな。特に思い残したことがないのならば、さっそく魔法を使わせてもらうが……」


「うん……」


 セージの頭に、魔王討伐に協力してくれた魔物の姿が浮かんだ。

 セージに懐いてくれたもの、慕ってくれたもの、セージのために魔王を裏切ってくれたもの。

 彼らにお別れを言えないのは、心残りだ。


(だけど……僕がこの世界にいる限り、あの子達も人類と戦うことになってしまう)


 セージが人類の敵に認定されたことを知れば、彼らは人間に牙を剥くことだろう。国王や仲間がどうなろうと知ったことではないが、心を通わせた魔物が傷つくのはやっぱり嫌だった。


「うん……大丈夫だよ。このまま送ってくれ」


「そうか? では……ゆくぞ!」


 アルズワールが杖をかざすと、セージの足下に魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣から放出する光がセージを柔らかく包み込む。


「ありがとう、アルさん!」


 笑顔でお礼を言って、セージの身体が消え去った。

 アルズワールの理論が正しければ、このまま異世界に旅立って行ったのだろう。


「お礼を言うのはこっちだ。優しいセージ」


 アルズワールは口元に笑みを湛えて、ポツリとつぶやく。


「セージ、お前さんは人類に復讐することだってできた。魔王のように、魔王にできなかったことをやり遂げることもできたかもしれない。だけど……君はそうしなかった。最後の最後まで魔王にならなかった」


 魔物に愛され、魔物を支配する力を手にしたセージは、あるいは人類にとって魔王以上の脅威になったかもしれない。

 それでも、そうはならなかった。どれほど人間不信になろうとも、絶望しようとも、セージは魔神紋の力を自衛のためだけに使い、人類を襲うことをしなかった。


「君は最後まで私の友人でいてくれた。心から感謝するよ、セージ」



     ○          ○          ○



 かくして、魔物使いセージは異世界へと旅立っていった。

 賢者であるアルズワールが研究の末に生み出した異世界転移の魔法であったが、それは半分は成功していた。

 セージは目論見通りに異世界にたどり着くことができた。

 しかし――予想に誤りがあったのは、その先のこと。

 なぜだかわからないが、異世界についたセージは幼児の姿に若返っていたのだ。

 それをアルズワールが想定していたことかどうかわからない。しかし、セージは自力で歩くことすらできない姿となっていたのである。


(それにしても……運が良かったよな。改めて)


 セージは異世界にある小さな国――日本にて、昔のことを思い出してぼんやりと思う。

 異世界に転移して幼児化したセージであったが、運が良くこの世界の司法機関によって保護された。

 その後、運良く引き取り先が見つかって養子となり、平和で平凡な家庭で育てられることになったのだ。

 セージを引き取ってくれた夫婦は子供ができず、ゆえにセージのことを実の子同然に育ててくれた。

 セージは『高村誠司』という新しい名前を得て、故郷である世界と同じ年齢まで成長した。無事に『高校生』になることができたのである。


(しかし、この世界には本当にモンスターがいないんだな。魔神紋も使い道がない)


 今日も高校の授業を終えて、セージは自宅への帰路についていた。

 右手を頭上にかざすと、そこに幾何学的な刻印が浮かんでくる。

 相変わらずそこにある魔神紋であったが、意識を向けない限りは消えており、誰かに見咎められることもなかった。


(刺青なんて見つかったら、退学にされちゃうかもな……こんなことで悩めることが幸せだけど)


 セージは苦笑をしながら、足取りも軽く通学路を自宅に向かう。

 きっと、今頃は母親が夕飯を作って待っていることだろう。セージは魔物と心をかわすという異能のため、かつて両親に捨てられた経験があった。

 手料理を振る舞ってくれる母親。自分を守ってくれる父親の存在は、涙がでるほど有り難いものだった。


(本当に、アルさんには感謝をしないと……ん?)


「やめてください!」


「放して!」


 寄り道することなく自宅に向かうセージであったが、その耳に高い女性の悲鳴が聞こえてきた。

 どこかで聞き覚えのある声である。声の方向――建物と建物の隙間にある路地裏を覗いてみた。

 そこには3人の女性がいて、倍以上の人数の男達に囲まれていた。


「あの娘達は……?」


 女性には見覚えがある。同じ学校の制服。可愛いと評判の女子生徒3人組だ。

 男達に見覚えはないが、彼らが着ている制服は少し離れた場所にある男子校の制服だ。その学校は、『不良の巣窟』として、近隣の中高生から恐れられていた。

 どうやら、不良達がうちのクラスの女子に絡んでいるという状況のようである。


「いいじゃねえか、ちょっとくらい付き合えよ」


「そうそう、ちゃーんと飯代はおごってやるぜ?」


「ホテルの金もな! ははっ!」


 不良らの口振りを聞く限り、もはやナンパという枠を越えている。すぐに警察を呼んだ方がいい。

 セージはポケットに手を入れるが、そこで今日に限ってスマホを忘れていたことを思い出した。


「ちょっと! やめてって言ってるでしょ!?」


 女子のうち、背の高いショートカットの少女が手を振り上げた。

 そのまま男を張り飛ばそうとするが、あっさりとその手を掴まれてしまう。


「おっと、あぶねえ!」


「おいおい、暴力はよくねえなあ?」


「きゃあっ!」


 殴られそうになった不良がショートカットの少女を壁に追いつめ、その身体に手を這わそうとする。


「やあっ、ちょ、やめなさい!」


「これは正当防衛だぞー? そっちから手え出したんだからな!」


「やめて、いやっ!」


「やめてください……っ!」


 ショートカットがピンチになっている。他の2人も止めようとするが、他の不良らに捕まってしまう。


(やばい……どうすればいいっ!?)


 セージは路地裏を覗きながら、焦って周囲を見回した。

 スマホは忘れている。あたりには人通りもなく、助けを求める相手はいない。

 交番に走ろうにも、警察官を呼んできたときには手遅れになってしまう可能性がある。

 不良らは3人の少女を捕らえ、路地の奥へ奥へと引きずっていこうとしていた。時は一刻を争う。

 セージは『魔物使い』であったが、それ以外には何の力もない。モンスターがいないこの世界では、何の力もない高校生なのだ。自力で彼女らを助ける手段はない。


(いや……本当にそうか?)


 ふと、セージは思う。

 試してないだけで、ひょっとしたらできることがあるかもしれない。

 セージの右腕には魔王の力が宿っている。魔王はモンスターを支配する力を持っていたが、魔王自身も恐ろしく強かった。

 ならば、セージだって多少は強くなっているかもしれない。

 不良の10人や20人、蹴散らすことも出来るのではないか。


(失敗したら、その時だ。僕に注意が向いているうちにあの娘達が逃げてくれることを祈ろう……!)


 セージは意を決して、路地裏へと飛び込んだ。


「待て!」


「あ?」


 叫ぶセージに、不良が怪訝に振り返る。

 セージは右手をかざして、彼らへと突きつけた。


「喰らえ!」


「なっ……!」


 セージの右腕が、魔神紋が光り輝く。

 目を焼くようなまばゆい閃光がまっすぐに放たれ、男達を貫通していき……


「は?」


「何だ、おい」


 何も起こらなかった。

 光に貫かれた不良は自分の身体を見下ろして、ペタペタと触り、やがて何事もないことを確認すると怒りの声を張り上げた。


「誰だ、テメエは!」


「急に出てきやがって! 脅かすんじゃねえ!」


「わわっ!」


 いきり立った不良がセージの胸ぐらをつかみ、そのまま力任せに持ち上げる。小柄なセージは為すすべもなく、宙へつり上げられた。


「ふざけやがって! カメラのフラッシュかあ!?」


「俺らを誰だと思ってやがる! ブチ殺すぞ!」


「う、ぐ……」


 セージは息苦しさにうめきながら、チラリと少女らに視線を向けた。

 どうか今のうちに逃げてくれ――そんな願いを込めてアイコンタクトを送るが、少女らは何故か立ちすくんでセージのことをじっと見ている。

 ショートカット、ロング、おかっぱ。髪型の異なる3人の美少女は目を皿のように見開いてセージを見つめて……。


「ちょっと! 高村に何するのよ!」


「うげっ!?」


 不良を殴りつけた。

 ショートカット娘が放った拳は先ほどのように受け止められることはなく、不良の顔面に突き刺さる。

 そして、殴られた男はギャグマンガのようにクルクルと回転しながら吹き飛ばされていった。


「へ……?」


 派手に吹っ飛ばされた仲間の姿に、不良は呆然と凍りつく。

 あり得ない光景に言葉を失う男達であったが、少女らの快進撃は終わってはいなかった。


「そうね、高村さんの敵は許せないわね」


「高村おにいちゃんの敵はデストロイです!」


 ロング娘が手刀で不良を切りつけ、おかっぱ娘がドロップキックをぶちこんだ。いずれも、一瞬で相手の意識を刈り取り、その場で倒すことに成功する。

 3人は倒した男達を踏みつけて、別の不良へと攻撃を仕掛けていく。


「へ……え……はあっ!?」


 セージは愕然と声を上げる。

 魔物使いであるセージの目には、確かに映っていた。

 不良をやすやすと倒していく彼女らの身体が、赤・青・黄のオーラを纏っていることに。そして、そのオーラと自分の右手が細い糸でつながっていることに。

 目の前で起こっている光景に心当たりがある。これは『使役バフ』だ。

 魔物使いであるセージは魔法も使うことが出来ず、自力で戦う手段を一切持っていない。

 しかし、テイムしたモンスターに力を分け与えて、大幅に強化する能力を持っていた。それが『使役バフ』である。


「つ、つまりこれって……」


 目の前の光景が意味することはただ1つ。

 セージは3人の美少女をテイムして、使役してしまったのである。


「大丈夫、高村君!」


 やがて不良を全滅させて、少女達が駆け寄ってきた。

 3人の目には一様に心配そうな、いたわるような色がった。しかし、その瞳の奥にテイムされたモンスター特有の『ハートマーク』が浮かんでいることをセージは見逃さなかった。


「あ、ありがとう。えーと……赤井さん、青島さん、黄野さん」


 クラスメイトになってから日が浅い3人の名前を絞り出して、セージはお礼の言葉を口にする。


「よかった、怪我はなさそうだな!」


 そう言って安堵に肩を落としたのは、ショートカットの少女・赤井である。背が高くて健康的に日焼けしており、セージの記憶が確かならば陸上部に所属していたはずだ。


「ごめんなさいね。私達のせいで危ない目に遭わせて……」


 申し訳なさそうに、ロングの少女・青島も頭を下げた。

 こちらは日本人形のようにお淑やかで楚々としており、見た目の通りに茶道部に入っていたはずである。


「いや、いいんだよ。僕の方こそ何も出来ずに申し訳ない……」


 本当はとんでもないことを……ヘタをすると、あの不良がやろうとしていた以上にやってはいけないことをしてしまったわけなのだが。


(人間をテイムなんて……それって奴隷と一緒じゃないか!)


 あちらの世界であれば、極刑ものの罪である。

 罪もない人間を魔法やスキルで縛って奴隷にするなど、許されることではなかった。

 セージは慌ててテイムを解除しようとするが、その手を突然掴まれた。


「ダメです!」


「わあっ!?」


 セージの右手をつかんだのは、おかっぱの少女・黄野である。

 背が低くて文芸部に所属する彼女は、子供のように頬をプクッと膨らませてセージの顔をのぞき込んでくる。


「高村おにいちゃん! それはダメ!」


「だ、ダメって何が……?」


「よくわからないけど、おにいちゃん、私達とのつながりを切ろうとしたよね!?」


「っ……!?」


 まさかテイムのことがバレたのだろうか。

 緊張に表情をひきつらせるセージであったが、黄野は自分で言った言葉によくわからないという顔をしている。


「って、どういうことだっけ?」


「僕に聞かれても……」


「そうね、高村君とのつながりが切れるのは困るわね」


「青島さん!?」


 何故か青島まで同意する。その後ろでは、赤井もうんうんと頷いていた。


「わからない。だけど、正しいわね!」


「あ、赤井さんまで……」


 どうしてこうなったのだ。

 混乱するセージの腕を、黄野がとる。


「ねえ、もう帰ろうよ。高村……ううん、誠司おにいちゃん?」


「明日からはずっと一緒ですね。誠司さん」


「そうね、帰りましょう。誠司!」


 セージの右腕に黄野がぶらさがり、左腕を青島が握り、出遅れた赤井が背中に抱きついてくる。

 三者三様の女性の柔らかさを直に食らって、セージはクラクラと目眩がしてしまう。


「み、みんな……」


「私のことは空と呼んで。赤井空!」


「私は渚といいます。青島渚」


「リクはリクだよー。黄野リクー」


「はう……」


 3人の少女に引きずられるようにして、セージは路地裏から出て行った。

 それから、セージは毎日のように彼女らにまとわりつかれることになった。

 美少女3人に囲まれた高校生活はとても平凡とはいえず、濃厚すぎるものになるのだったが――セージがそれを知るのは、まだ少し先のことである。



     ○          ○          ○



 一方、そんなセージの姿を遠くから見つめている人間がいた。


「あはは、どうやら上手く出会えたみたいだね。偶然……いや、これが運命ってやつなのかな?」


 水晶玉越しにセージと3人の少女を見ていたのは、セージを異世界に送り込んだ張本人。賢者のアルズワールだった。

 相変わらず暢気そうな表情を浮かべた賢者は、困り果てた友人の顔を見て苦笑と共につぶやく。


「セージ、お前さんはずいぶんと愛されているね。こっちでも、向こうでも」


 セージに抱きついている3人の少女であったが、その正体をアルズワールは知っていた。

 彼女らは肉体こそ間違いなく人間のものであったが、その魂はかつて魔物であったもの。セージがこの世界で使役していたモンスターである。

 セージが異世界に転移してから、セージによってテイムされていたモンスターは解放されて自由の身になった。魔神紋の効力も消え失せたわけだが、にもかかわらずセージのことを慕う魔物がかなりの数いたのである。

 彼らはアルズワールに詰め寄り、自分達もセージと同じ世界に送るように訴えた。

 そのしつこさ、必死さに根負けして、アルズワールは彼らの願いを叶えることにしたのだ。

 魔力がひどく希薄な地球という世界では魔物は生きていくことができない。そのため、アルズワールは地球で何らかの形で命を落とした者の肉体に憑依させ、魂を融合させる形で魔物を送り込んだのである。


 ちなみに、モンスターは人間よりも理性や知性が薄く、記憶も曖昧なものである。

 そのため、人間になった彼女らはすでに魔物であった頃の記憶を失っており、肉体が持つ記憶と人格によって上塗りされていた。

 セージが3人の少女を助け、少女らがセージを愛したのは完全な偶然。あるいは因果や運命と呼ばれるものである。


「たとえ記憶を失っても、君達は仕えるべき主人のことがわかるんだね。これを魔神紋の力だと考えてしまうのは、ちょっと野暮かな?」


 おかしそうに笑っているアルズワールであったが、セージが映し出されているのとは別の水晶玉に目を向けるや、表情を曇らせた。

 同じ形、大きさの水晶であったが、そこにはまるで別の光景が描かれている。


「こっちもちゃんと報いを受けているみたいだね。可愛そうだけど、自業自得かな?」


 もう一方の水晶の中では、かつて共に旅をした勇者や聖女がモンスターと戦っている姿が映されている。

 人類の最高戦力である彼らであったが、繰り返される戦い、際限なく現れる魔物に、すっかり疲弊しているようだった。


 セージが魔神紋を持ったまま異世界に転移したことにより、この世界から魔王の脅威は完全に取り除かれた。

 しかし、それでモンスターがいなくなるわけではない。魔王の支配から解き放たれたモンスターが、好き勝手に暴れ回るようになったのだ。

 魔王の管理下にあった時のように積極的に人間を襲うわけではなかったが、それでも秩序をなくしたモンスターの群は人間にとって十分な脅威である。

 魔王を倒して平和を手にしたはずの人類は、再び終わりの見えない戦いの中に放り込まれたのだった。


「……あのままセージに魔物の管理をさせておけば、こんなことにはならなかったんだけどね。誰も傷つくことなく平和を手にすることができたのに」


 水晶玉の中で戦っている仲間達は、はたしてセージを裏切ったことを後悔しているのだろうか。それとも、すべてをセージのせいにして逆恨みをしているのだろうか。

 どちらにしても、すでにアルズワールには関係のないことである。

 セージがこの世界を捨てたように、アルズワールもまた人類を見限っているのだから。

 アルズワールは不愉快な光景を映す水晶に布をかけて、再びセージの方へと目を向けた。


「こっちはこんなことになっているわけだが……なあ、お前さん。コレで終わりだと思ってはいないよな?」


 クツクツと喉を震わせながら、アルズワールは友へと届かぬ声で語りかける。


「君を慕っている魔物は3体ぽっちじゃない。まだまだ、君のハーレムは出揃っちゃいないよ?」


 アルズワールが異世界に送り込んだ魔物は、全部で72体。その全てに、女性の身体を与えている。

 もしも運命の女神というものが本当にいるのであれば、彼女らもいずれセージの前に姿を現すことだろう。

 ワケも分からず美女・美少女に囲まれることになった友人の姿を想像して、アルズワールは愉快そうに笑うのであった。


久しぶりに書いた短編小説になります。いかがだったでしょうか。

よろしければ感想、広告下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします。


同作者の小説として『悪逆覇道のブレイブハート』を連載しています。

こちらの作品も読んでいただければとても嬉しいです。

下のリンクからも読むことができますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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[気になる点] 美少女ハーレム…ノクターン版は…無理言って御免
[一言] 世界を滅ぼす力がエロゲに化けた魔王は泣いていい。
[一言] 続編を希望します!!
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