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神様のおしごと  作者: 桃源
第一章 隠里
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翡翠の館「はじめの一歩」

「今日は街に出かけるよ。この世界の案内と、そうだなあ、家具一色新調しようか」


そう言われて、起きた瞬間から疲労を感じていた体は、「無理」と、間髪入れずに言葉を発せさせた。考えるより前に出てくるのだから相当だ。

それのどこが面白いのか、頬杖をつき、目が覚めるような銀髪を揺らした彼は、ニコリと笑って「さあ、行こうか」なんて宣う。

彼の傍らに立っていた狐耳の少女は、オドオドしながらも見送る挨拶をし、双子の白蛇は楽しそうに飛び跳ねる勢いで着いてきた。

強引に私の手を引き前を歩いている彼は、思い出したように振り返り、花のような笑顔で言った。





「そうそう、1番最初は婚姻届を出しに役場に行かなきゃね」






◇◆◇◆◇



暗い視界の中、寝ていたと気づいたのは顔に光が当たるのを肌で感じたからだ。


目を開いてからもしばらくは起き上がれず、身体が鉛のように重いので、仕方なく眼前に広がる天井の木目を数える。そして数え始めていくらも経たないうちに、あることに気がついた。私の部屋の天井は、こんな築年数を感じる木製の造りではなかったはず。


可動域の狭い首でできるだけ周りを見渡すが、なにもかも違いすぎる部屋。


ここは見慣れた自室じゃないし、眠る前、私は何をしていたのだろう。体にかけられた少し薄い毛布をくっと握り、思い出そうとしても自ら布団に入った記憶はない。

記憶の最後にあるのは抱きしめられた感覚と、脳裏に焼き付いた、庭に咲く桜の景色。それを頼りに、段々と糸をなぞる様に思い出していく。

しかしそれはあっという間にガタンっという音に遮られた。


何事かと音のした方に目をむけると、開け放たれていた襖を横に、目に大粒の雫を浮かべ、耳を生やした少女(だと思う)が、幽霊でも見たかのような顔で立っていた。

彼女が落としたであろう桶はコロコロと転がり、それに入っていた水で畳の床が濡れ、酷い有様だ。


「すっさっすすすすさ翠蓮様あああああ!!!」


そう叫んで、桶をそのままに、走り去った彼女の後ろ姿にはしっぽが生えていた。その、高めの声が家中に響き渡ったのは言うまでもない。


「あっ、夏芽、全く!寝坊助!」

「おはよ、夏芽!ぐっすりだったね!」

「うぐっ……お、おはよう、紅緒と、葵、だったよね。今何時?てか退いて……」


先程の声を聞いてか、次に姿を見せたのは紅緒と葵という白蛇たちだ。なぜか上から降ってきて、私の腹の上に乗った。少年の姿とといえども、なかなかに重量がありそうな見た目だし、何よりふたり分の重さだ。苦しい。


「何時だろ、8時くらい?」

「違うよ紅緒、12時だよ!」


どうやら退くつもりはないらしい。それに、8時と12時では差がありすぎるし、もしかして時間を教えるつもりもないのでは。


「お、重い……」

「腹筋鍛えてあげてるんだよ!」

「そうそう!夏芽ひょろっちいか……うわあ!」


ひょろくて悪いか。そう思うより前に、のしかかっていた重りが、羽のように軽くなった。先程まで私の腹部ではしゃいでいたふたりは、首根っこを捕まれ宙に浮いている。


「翠蓮様!」


驚いて見開かれた赤と青の瞳が、自分を掴んでいるその人に注がれ、たちまち嬉しそうな声になって発せられる。宙ぶらりんにされているのに喜んでいる場合か、とつっこんでやりたい。

翠蓮様、そう呼ばれた彼は神様で、記憶が正しければ、これから私の夫という事になる人だ。


「紅緒も葵も、夏芽を困らせては駄目だろう」

「困らせてないもん!」

「鍛えてただけだもん!」


こらこらと優しく注意する彼に、最初は反抗していた紅緒と葵も、最後には「ごめんなさあい」と可愛らしい謝罪を零す。しかし、そのぶすくれた表情を見る限り、私への謝罪かどうかは怪しいところだ。


「おはよう、夏芽。目が覚めて早々申し訳がないけれど着替えをすませて居間まで来てくれ。千秋頼んだよ」

「ははははいっ!この千秋、一族の名に恥じぬよう精一杯夏芽様のお世話に努めさせていただきましっ!」


最後の最後に舌を噛んだ女性。先程は、ほんの一瞬にして立ち去られたので見間違いかもと思ったが、やはり、頭には一際存在感を放つ耳が生えている。

どこかオドオドしていて、頼りなさそうな印象を受ける彼女。所謂メイド服を着ていて、コスプレかとも考えたが様子を見るにそうでもない。まさか、彼の趣味だろうか……と立ち去ろうとしている背中に、じとっと視線を浴びせても、残念ながら目が合うことはなかった。


「あらっ改めまして夏芽様、私は夏芽様の給仕として雇われました。妖狐の千秋と申します。よろしくお願いします!」


緊張しているのか、よく噛むなあとぼんやり思いながら、私は「よろしくね」と、軽く返事をした。この際、妖狐だとか一々突っ込むのが面倒くさくなってきた私は、では早速と用意された着物をされるがままに素早く着せられ始めたのだった。薄黄色の、とても可愛らしい着物。丈は膝より少し上で動きやすさ重視といった風な。好みだし、着た自分を見て可愛いなと目を輝かせた私の気分は上々だ。そうは言っても、隣に写る千秋の方が可愛いのは明白である。こんな子に着替えを手伝わせてしまって申し訳ないのだが、「わあ、綺麗です」とか「似合ってます」と屈託のない笑顔で言われるので、私は照れるかお礼を言うことしかできない。それを見てまたニコニコと笑いだすのでもう何も考えないことにした。とりあえず、好意的に接してもらっているのは確かで、出会って間もないがとても安心する。

ただ一点、文句を言わせてもらうとすれば、葵と紅緒が部屋に残ったままで一向に出ていってくれず、結局、着替え終わるまで延々と茶化され続けられたことである。えっ、この子達って男の子じゃないの?そう思うも、千秋は特に気にする様子もなくサクサクと着替えを進めるし、何より、矢継ぎ早に葵と紅緒に話しかけられ、質問出来る余裕もなく、いつの間にか準備が整い、彼の、翠蓮様の待つ居間に急いだ。



◇◆◇◆◇



そんな訳で、今私は車っぽい妖(?)に乗って、翠蓮様、葵、紅緒と移動中である。

 車っぽい妖、水車(すいしゃ)というらしいが、この一族はどうやら私がいた世界、人里でいうタクシーみたいな感じらしい。

 肝心の乗り心地はというと、地面から数センチ浮いているお陰か揺れがなく快適、どころか、空調もしっかりしていて、なぜか睡眠導入に使われるような、マッサージ店で使われるようなBGMが程良い音量で流れており、ここが極楽かと意識を手放しそうになった。待遇が良すぎて正直少し引いた。



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