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神様のおしごと  作者: 桃源
序章
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翠の約束「雲行き妖しく」

最初に言っておこうか。私は極度の面食いなのだ。隠しているつもりは毛頭ないし、そもそも世の女性は皆面食いなのではないのかと思う。そうでなければ女性向けゲームや男性アイドルがあれほどまでに好かれることは無いだろう。完璧に私の偏見である。



ふと、瞬きをした一瞬だろうか。

正座している私に跨るように膝立ちをして、切れた紐を結び直して首から降りているであろう、ボロボロに裂かれたお守りを人差し指でツンとつつく。いきなりのことに動転して顔が赤くなるのに時間がかかった。なんなら平静を装いたいが多分無理だ。

見下ろす顔があまりにも綺麗で背筋に変な緊張が走る。すごく顔が近い。

正座で痺れかけていた足が横に崩れて、倒れそうになる身体を頼りない腕で支えた。


彼はお守りをなぞるように、くるくると人差し指を動かす。カムバック私の思考力、家出している場合ではないよ。ご主人様(?)の危機だよ。そう脳内で茶番をしても心臓は早鐘を打ったままだ。落ち着くどころか悪化している気さえする。


私は、覆いかぶさりきれてないその人の顔を、凝視したまま動けなかった。


容姿があまりにも整いすぎて。儚すぎて。


肌は白く、それでいて透き通るような。

そこに嵌め込まれる様にある、翡翠の瞳が僅かに憂いを帯びている気がするのは、片目を隠した銀色の髪が、もうひとつの瞳にも僅かではあるが、影を落としているからだろうか。


線が細く、顔の印象もあったのだけれど、女性のように華奢だと思っていた彼の体躯は、想像しているより重さがあり、胸元に、何か懐かしさを感じるように這う人差し指は、しっかりと男性のものだった。

いや、こんなの、誰でもゆでダコになるに決まっている。


顔を背けることも出来ないでいる私を見下ろしながら、彼はどこか昔を懐かしむように話し始めた。


「私は君のご先祖様と、ある約束を交わしたんだ。夏芽達人間には何の効力も無いんだけどね。神である私はそれに縛られるんだよ。全くあの頃は本当に間抜けだったと思う他無いな」


茶化しながらも記憶から掘り起こすように。これからも忘れないでいられるように。何千年何万年経っても思い出せるように。どのような感情で昔話をしているのかは分からない。分かるのは、その昔話が大切なものであるというだけだ。


「次の見鬼の才を持つ女性、夏芽の事だ。君が現れるまで何百年も待った。その間に約束もあやふやに伝わったんだろうね。だからあれほど手記を残せと言ったのに。君の先代達は私の神社に足を踏み入ることさえなくなっていったよ。妖達より神の方が危うい存在だとね、夏芽もそう聞いていると思うよ?まあ、小さい頃に聞いただけでほとんど覚えてないとは思うけど」

「う……はい……」


図星をつかれ、やっと目を逸らして返事をすることができた。

でも、その後に「神の方が面倒臭いのは否めないと思うけど」と小声で零した言葉をこんな近距離で聴き逃しはしなかった。結局、神様の方が厄介なのか。


「話も長くなるし、君の御先祖様の話はもっとしていたいけどね?私はその約束に従って、この隠里で夏芽と家族にならなければいけないんだ。……わかるかな」

「わかるか」


思わず間髪入れず突っ込んでしまったが。いや、わかるか。

何がどうなって"家族にならなければいけない"に落ち着くんだろう。

階段を登っている途中から、エベレストに連れてかれる位に話が飛んでいる。有り得ないほどに。

駄目だ、混乱して例え話も謎な上に分かりづらい。


「家族って……え、兄妹とかそういう、あ、父娘的な……ひっ」


胸元を撫でていた手が私の唇に当たる。驚きと畏怖で小さく声が出たことは許して欲しい。

彼の、少し爪が伸びた綺麗な手は、口端から反対の端をなぞった。黙れという事だろうか。

制服の下で一気に鳥肌が立つのを自覚するには、十分過ぎる程の寒気を感じる。


「夏芽、家族というのは夫婦のことだよ。恨むなら自己中で傲慢だったご先祖様にね」


ニッコリと恐怖を含ませる笑顔だ。今までの優しい笑みとは比べものにならないくらいに迫力が増す。

一体どんな約束を交わしたんだ、私のご先祖様は。


ご先祖様の交わした約束というのも気になるが、十二分に気になるのだが。

年頃の乙女(笑)としてどうしても、それはもうご先祖様を恨む暇も無い程に、与えられる恐怖など軽く上回る程に、どうしても気になる事がある。


お気付きだろうか、この体勢。ギリギリの所で、私の頼りない腕が震えながら耐えているお陰なのだ。

私が床に放り出されずに済んでいるのは。

率直に言おう。完全に押し倒されずに済んでいるのは。


先程、彼が「恨むなら先祖を恨め」と横柄な事を言った時。ぐいと、やけに顔が近づいたのだ。

それまでは彼の顔に釘付けになっていた、見惚れていた。面食いでよかった。

いつの間にか距離がそこまで開いていないという事に気付かない程に、凝視していた。ふわふわとした感覚で、まるで夢心地だ。


しかし、顔に彼の髪が触れることで現実に引き戻されたのだ。


「……ふっ、そろそろ腕も痛くなってきてる頃だろう。やっと少し、いや大分動揺しているみたいだ」

「はは……えっと、え?」

「これだけ近くに行っても顔色ひとつ変わらないのは驚いたけど。そうか、夏芽は驚きが先にきてしまったんだね。でも、これでようやく意識はしてくれたみたいだ」


彼は初めから……正座に跨ってきた所くらいから狙ってやっていたのだろうか。いつの間にか顔に焦りが出ていたのだろう。確実に面白がっている、この神様。


面白がるんじゃない。私は初心(うぶ)なんだぞ。いや、ほんとに、疑わないで。


にこにことまではいかないが、笑いながら、私を支えていた両腕を床から浮かせた。

それから何の早業か、私の頭に手を置き、あろう事かそのまま畳に縫いつけた。声も出なかった。


「夏芽はこれから私の妻になるからね。逃げられないように初めに色々してしまおうか」


警告、私へ警告。今までにないほど頭が沸いている。

今すぐ腕を振り解き覆い被さる彼の身体を蹴り上げなさい。(相手が神様である事は勿論忘れてはいないが思考を護身に極振りしようと思う。)これは危ない。頭の中はWARNINGの嵐だ。しかし、体に力を込めるも振り解ける見込みはないと確信した。抑えられる腕も、重なる体もよくよく見れば全く違うのだ。


「うわぁ、ちょっと待って……」

「数百年待ったかな」


情けない声が出たな、と現状に似合わず呑気なことを考える頭を賞賛したい。拍手喝采。

それに、待たせていたのは私の意図したことではないし、しょうがないじゃないか。それこそ先祖に言ってほしい案件である。本当、根に持たないで欲しい。

しかし、どうしたものか。あまり体力が無い上、運動も殆どしない貧弱な体で何ができるというのか。無謀極まれりである。抵抗するのに疲れてもうほぼ諦めたと言わざるを得ない。極度の面食いといえども誰でも受け入れちゃうぜ、というスタンスではない。言っておくが非常に遺憾だ。



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