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神様のおしごと  作者: 桃源
序章
6/14

翠の約束「隠里」

「夏芽、君のご先祖様の話聞いたことある?」


あの後、困惑しながらも、置いてかれるのはあまりにも心細い。そう思い、素直についていった先には、立派な日本家屋が建っていた。内装も全て畳と襖の、ここがThe・日本だぜって感じの家。

そして居間に通され座布団に座らせられる。

用意された可愛いマグカップにココアが入っていて、更に困惑しつつも、部屋に不釣り合いな物に少し、口元が緩んだ気がした。

それをこくりと口にした後、翠蓮と呼ばれる神様に問われる。

口に含んだ丁度良い暖かさのココアが、僅かだが、私の心を落ち着かせた。


少し間を置き、ふるふると小さく首をふると「そう…」と哀しげな顔をされたが、彼の心情など分かるわけがないのだ。出会って間もない私には。


「じゃあ、この隠里(かくれざと)のことは聞いたことある?」

「いや、聞いたこと……」


無い、と言いかけた口は開けたままに、確かに聞き覚えのある言葉だとふと思った。今、私は大層間抜けな顔をしているに違いない。しかしどこで聞いたのだろうか。聞き覚えはあるがどこで耳にしたのかは全く見当がつかない。


「聞いたことがない、筈はないんだけど……。うん、まぁ、覚えてないだけだろうね」


私の記憶力をバカにしているのだろうか、目の前の彼は。自慢になるのかはわからないが、これでも私は頭が良く要領もいい方だというのに。

……謝ります、ただの自慢だった。


決してバカでもアホでもない頭を信じて記憶を蘇らせていく。小さい頃の記憶はあやふやだがそこそこ覚えているつもりだ。


「……もしかして、一度行ったら帰ってこれないって聞いたやつ……」


古い記憶にひとつだけ引っかかった祖母との会話。僅かしか思い出せないがそんなような事を言っていた気がする。怖くて、小さい私が泣き喚いたやつだったと思う。どうしてこう、嫌な記憶はなかなか忘れられないのだろう。

少し彼の表情が少し強張った気がした。その後、口に手を当て、慎重に言葉を選びながら話し出す。今まで微笑みを崩さなかっただけあって、歯切れが悪く紡ぎ出される言葉に緊張感が足された。


「人の世界に帰れないっていうのはね、まあ、うん、強ち間違いじゃないよ」


"強ち間違いではないよ"


その言葉を脳内で反芻する。帰れない。

祖母に聞いた話は嘘ではなかったみたいだ。別に疑っていた訳ではない。そもそも日常生活において、今まで思い出すことがなかったくらいには現実感のない話だっただけで。(そもそも妖が存在している時点で、そういう事もあるんだろうな、と半ば考えるのを放棄しつつあった)

ただ、そんな、私達が暮らしている世界の理が通用しないのを信じたくなかっただけだったのだ。



普通の、ただの人間として。



「それじゃあ、私はもう元の世界には帰れないって事に……」



掻立てるのは動揺と様々な後悔と表しようのない不安と。


その反面。


元々非現実的な事には慣れていたつもりだ。妖が見えるという時点でそれはもう他の人とは違うのだから。しかし、なぜ私はこうも……いや、焦っている。大いに焦っているんだ私は。それなのに、多少は落ち着いていられる自分に思うところがたくさんあるのだ。


平気なのだ。このようになっても。

諦観しているのだ。自分自身、それが非常に複雑で困っている。

元の世界が嫌いだったわけじゃない。嫌いな人がいたわけでも、すごく嫌な事があったわけでもない。

ただ、興味がなかった。それに今気付かされたのだ。私はどうしようもなく冷めていたんだと。


彼にはわかるだろうか、私の気持ちが。何か欠落しているのを無理矢理にでも気付かされた私の気持ちが。



「まあ、絶対に戻れないと言う訳でもないんだけど……手続きがめんどくさくて」


それを聞いても私の顔が晴れることはない。当たり前だ、原因は別のことにあるのだから。

しかし、彼はどう解釈したのか、慌てたように言う。


「その、夏芽がいた世界……私達は人里(ひとざと)と呼んでいるんだけど、そこに法律ってあるだろう?隠里にもそんな感じの規律があるんだ」

「規律……」

「そう、例えば、隠里に住む妖は申請、神の許可なくして人里との往来は不可、とか隠里に迷い込んだ人間を食してはいけない、とかね」

「やっぱり人を食べる妖っているんだ……」

「うん、この子達も、一番の好物は蛙なんだけどね。言っていただろう?夏芽より大きな蜘蛛を食べちゃった、とか。ここ300年くらいはないけど、それ以前はこの子達も人間を好んで食べていたんだ。夏芽が思っているよりも人間が好物というものは多くいるよ」


微笑みを浮かべて、翠に光る澄んだ瞳は、いつの間にか横で寝息をたてている白蛇達に注がれた。

先程から静かだと思ったら、なるほどなるほど、よく眠っている。

いつもちょっかいを出してくる小さな人型の姿ではなく、それは紛れもなく2匹の蛇だ。とぐろを巻いているせいかちんまりとしている。爬虫類はあまり得意とは言えないが、見ているだけなら可愛く思えなくはない。


「緋色と葵には、いつも夏芽を見守らせてたんだ。少し悪戯好きな所もあるけど、賑やかで楽しかっただろう?」

「見守らせてたって……付き纏ってたとかじゃ……」


つい思ったことが口から出てしまったのはさておき。先程の話を思い出し、白蛇達への若干(私を食べようと思ってたんじゃないのかという)疑いの目を向けつつ口を尖らせる。


「迷惑だったかな……でも、ごめんね。夏芽を高位の妖に喰われる訳にはいかないから。お守りも、もう寿命だろう、何百年も君達を守ってきたんだ。よくここまで持ち堪えたものだよ、凄いよね、君のご先祖様は」

「へえ……え、ご先祖、様……?ぅわっ……」

「なんだ、思ったより平気そうでよかった」


そういう彼には先程までの強張った表情など見る影もなく、いつの間にか、ひたすらに優しい笑みを顔に浮かべていたのだった。



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