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第8話 『ダンジョンの魔物、冒険者試験を受ける』

「遅い!王国の数少ないA級冒険者であるこのアルトリア様を待たせるなんて、あんた達良い度胸してるじゃない。」


 第四訓練場に着くと、燃え盛るような赤髪赤瞳の少女が腕を組んで待っていた。


 こういうタイプの扱いはフェアリアのおかげで慣れている。


「君がアルトリアか、待たせてすまなかった。試験を受けに来たリランとセラフィだ。」


 にしても、こいつが本当に冒険者なのか?

 全く強そうに見えない。

 いや、実力を隠しているのか?


「君って·····、まぁいいわ。 試験についてはラミリアさんから話は聞いてるわ。 それで、本当にあなたがミルティの言ってた少年? とてもガドラを気絶させられるとは思えないけど·····。」


「ん?ガドラって誰だ?」


 俺は素直な疑問を口にした。


 ガドラ、ガドラ、ガドラ、ガドラ。

 聞いたことあるような、ないような?


「白銀の全身鎧(フルプレート)の大盾を背負った大男よ。さっきの諍いに居たんだけど覚えてない?」


 あ、そう言えば、いたな。そんな奴。

 あの時は(今もだけど)頭には串カツのことしかなかったからなー。


「あぁ、思い出したよ。まぁ俺がやったと言えばやったかな。」


 ガドラは俺のスキル『物魔反射(リフレクション)』で自分を殴って自滅しただけだ。


 それでも身内に怪我を負わせたのはまずかったか?

 俺だってモノプテロス大迷宮の魔物が殺られたら、相手が誰であろうと殺してしまうだろう。


 いや、向こうから殴りかかってきた訳だし、それで不合格とかやめてほしい。


 しかし、それは杞憂に終わった。


「ふーん、否定しないんだ。まぁいいわ、どの道あなたの実力は試験をすれば分かることだし。それで、試験はどっちから受ける?」


「俺から受けるよ。」


「それじゃあ、リランからね。 セラフィは向こうの椅子で座って見てて。」


 アルトリアが椅子を指さすもセラフィは動かない。


「こちらにおられるのはリラン”様”です。あなた如きが呼び捨てにするなど――」


「セラフィ、ルールを忘れたのか。」


 セラフィが言い終わる前に口を挟む。


 セラフィは毎度、俺への敬称に煩すぎる。

 ここは一度注意した方が良いだろう。


 街に入る前に、俺はセラフィに3つほど釘を刺していた。

 一つ、基本的に街の人間とは俺が会話すること。

 二つ、冒険者として活動する時は、俺に敬称を付けないこと。

 三つ、緊急時以外、第五級魔法までしか使わないこと。


 一つ目は、ルーミール程ではないがセラフィもやらかす時があるので、それを考慮してだ。


 二つ目は、リエッタ曰く、冒険者は仲間内で敬語を使わないらしい。そこにどんな理由があろうと、それが自然なら従えばいいだけの話だ。しかし、この条件はセラフィが認めなかった。そこで妥協して、敬称は付けないという条件になった。


 三つ目は、六級以上の魔法では外の世界に影響を与えかねないからだ。リエッタを脅す時に使った魔法『超巨大積乱雲(スーパーセル)』が第五級魔法だ。これから支配する土地をわざわざ自らの手で壊す意味はないだろう。


 慌ててセラフィが頭を下げた。


「うぅ。もちろん覚えています。申し訳ございませんでした、リランさ、ん。」


 まだ堅苦しいが、最初はこんなもんか。

 ルーミールよりマシで良かった。本当に。


 セラフィが渋々椅子に座るのを見届け、俺はアルトリアに向き直った。


「リランで結構だ。それで、何をすれば合格だ?」


 そこで漸く話が本題に戻った。


「私に自分の実力を認めさせることが出来たら合格よ。 方法はあなた達で決めていいわ。決闘でもいいし、自分の技を目の前で披露してくれてもいいし。でも·····」


 アルトリアは腰に提げたロングソードを鞘から引き抜いた。

 黄金に輝く(ガード)が美しい業物だ。


「私は剣士だから魔法を見せられても実力を評価するのが難しいわ。 だから魔法を使うなら決闘でお願いね。」


「いや、決闘で構わない。ちょうど剣も手に入れたしな。」


 そう言って俺はどこからともなくルーミールから借りている短剣を取り出した。


 それを見たアルトリアが腹を抱えて笑い声をあげた。


「あー、可笑しい。そんな短剣で料理でもするつもり? リランは冗談が上手いのね。」


「冗談じゃないさ。 俺の武器はこれだけだ。」


 俺は両手を上げ、他に何も武器を持っていないことをアルトリアに見せた。


 アルトリアの顔から笑顔が消え、表情が険しいものとなった。


「は?ふざけてるの? 子供だからって試験で手を抜くつもりは無いわよ。」


「それで構わない。」


「どうやら痛い目に合わないと分からないみたいね。 まぁ、剣士と言っても下級治癒魔法くらいは使えるから安心しなさい。 大丈夫、死にはしないわっ!」


 言い終えると同時に、アルトリアが地面を蹴って駆け出した。

 一瞬で俺との間合いを詰め、刀剣を後ろに構える。


 一方で、俺はそれをただ眺めていた。


「まずは腕を貰うわ。」


 微笑を浮かべたアルトリアが剣を薙ぎ払う。


 しかし、顔を下げることで、剣先を難なく躱した。


「なっ!」


 アルトリアは続けて、薙ぎ払ったロングソードを強引に引き戻し、リランの頭目掛けて突きを放つ。


 しかし、その突きすらもリランは首を傾けることで易々と躱した。


「これも躱した?! でも、これは避けられないでしょ!」


 もはやアルトリアにとって試験などどうでもよく、A級冒険者である自分の攻撃をも易々と躱す少年に一撃を当てることだけを考えていた。


 アルトリアはロングソードに左手を添え、上段に構える。

 振り上げられたロングソードが熱を帯び、赤く光った。

 煌めく刀剣の周りを陽炎が立ち上り、触れた空気が焦がされ、ジリジリと音が鳴る。


『光焔一閃』


 それはアルトリアが扱える剣技の中でも最高の威力を持つ技だ。

 この剣技で今まで数々の魔物を屠ってきた。

 世界の最上位十人にも数えられる、あの『天空の大鷲』のギルドマスターですら、まともに受ければ無事では済まないだろう。


 ロングソードが振り下ろされる。

 それは正に神速の一撃。

 避けようものなら体が、受けようものなら短剣が焼き斬られるだろう。

 燃え盛る刀身は残像すらも焼き尽した。


 アルトリアは勝利を確信し――


 ――目を疑った。


 先のように躱されたのなら、ギルドマスターに並ぶ実力者が現れたのだと納得も出来ただろう。

 しかし――


 音すらも凌駕する速さで振り下ろされたロングソードは少年が無造作に手に持つ短剣(おもちゃ)に焼き切られていた。


 肌に感じられる熱気に反し、空気が凍りつく。


 動揺するアルトリアに、単調な声がかかる。


「剣に炎を纏わせる発想はなかったな。こんな短剣でも、ちょっとは使えるようになるんだな。」


「·····そんな·····ありえない。」


 声にもならない声が漏れる。


 視線の先には、白く光る短剣があった。

 アルトリアの全力の剣技が児戯であると嘲笑うように、白い焔が揺らめいている。


 その異常な熱量によるものか、はたまた動揺によるものか、アルトリアは止めどなく流れる汗を拭う。




「決闘はまだ続けるのか? 」


「続けられる筈ないでしょ。 私の剣はもう·····。」


 地面に転がっている折れた刀身を眺めて言葉を呑み込んだ。

 アルトリアの目にはうっすらと涙が浮かび、表情は曇っていく。


「わざとじゃないんだ。 でも、良かった。この程度なら直せるよ。 《修復(リペア)》」


 これで不合格にされたら、たまったもんじゃない。

 俺は慌てて魔法をかける。


 折れた剣先が光の粒子となってアルトリアの持つ剣の先に集まる。

 一瞬の発光の後、ロングソードが元の形に修復された。


「治った!? 」


 そりゃ治るだろ。そういう魔法だもん。


「それで、決闘を続けるのか?」


 驚くアルトリアを他所に、気になる質問をぶつけた。


「え? あ、いや、勿論合格よ。私を上回る剣技を持つあなたとはまだ戦ってたいけど、それは我儘だもの。」


「そうか。じゃあセラフィと交代だな。」


 あの程度で合格できるのなら、セラフィも直ぐに合格となるだろう。


 にしても、ルーミールには助けられたな。

 あれ以上の武器であればアルトリアを焼き殺してしまっていただろう。

 あの短剣だったからこそ、ロングソードを焼き切るだけで済んだのだ。

 帰ったら礼を言わないとな。


 これなら問題なく冒険者になれ――ないようだ。


 セラフィが満面の笑みを浮かべていた。

 しかし、()だけは笑っていない、不敵な笑みだ。


「私の番ですね。」


 ダメだ。あいつ、やる気満々だ。

 こういう時のセラフィは必ずやりすぎる。

 日頃の訓練でも、配下の魔物をボコボコにしていた。


「殺すなよ。」


 殺したら殺したで、方法はいくらでもあるが、目立ちすぎるのは問題だ。


「勿論でございます。あの程度の者は殺す価値もございません。それでは行ってまいります。」


「頑張れよ。」


 セラフィはルールをすぐ破りそうになるからな、()()()()()()()()念のため鼓舞しておいた。


 そう言うと、何故かセラフィは顔を真っ赤にして顔を手で覆いながら走っていった。



「私もリランさ、んと同じ決闘でお願い。」


「分かったわ。 リランの時と違って、最初から本気でいくわ。 油断はもうしない。 それじゃあ、行くわよ!」


 アルトリアが話終わると同時に巨大な爆発音に似た音がした。

 刹那、アルトリアの視界からセラフィの姿が消える。


 リランにはあっさり負けてしまったが、アルトリアは立派なA級冒険者だ。

 ダンジョン攻略こそしていないものの、S級に引けを取らない実力があると自負している。

 そんなアルトリアが戦闘中に油断は勿論、相手から目を離すなど、そんな初歩のミスをするわけが無い。


 しかし、そこにセラフィの姿は無かった。

 セラフィが先程まで立っていた場所は、大地が凹み、地面は大きくめくれ上がっていた。


 突如、アルトリアの()()から冷徹な声がかかった。


 慌てて振り返ると、不敵な笑みを浮かべたままセラフィが何か持っているのが見えた。


「まずは腕を貰ったわ。」


 冷徹な声の主は、()()をアルトリアの前に放り投げた。


「え?」


 それはアルトリアの左腕だった。

 アルトリアは自分の肩と落ちた左腕を交互に見る。

 肩からは血が吹き出し、鮮血が地面に撒き散っている。


 大量の血を失ったから、或いは、悲惨すぎる現実を受け入れられないからか状況を直ぐには呑み込めなかった。


 一秒、また一秒と時間が経つに連れて、徐々に頭が理解していく。


「うわぁぁああ!!」


 悲痛な声が響き渡った。


 先程までの冷静な態度と打って変わって、苦痛に塗れた顔になる。

 額には大粒の汗が吹き出し、呼吸は荒くなる。


「《下位治癒(レッサーヒーリング)》!《下位治癒(レッサーヒーリング)》!《下位治癒(レッサーヒーリング)》! 」


 痛みに大きく顔を歪ませながらも、アルトリアは何度も自分に治癒魔法をかけた。


「どうして治らないの!? 」


 しかし、何度魔法を叫んでも、腕が治るどころか吹き出す血さえ止まらなかった。


 ――それもそのはずだ。

 アルトリアは怪我などしていないのだから。


「セラフィ、もう満足だろ。幻術を解いてやれ。」


これは第五級魔法《永久の悪夢(エターナルナイトメア)》という幻術魔法だ。


「まだ右腕と両足が残っ·····。いえ、リランさ、んがそう仰るなら。」


 そう言って、セラフィが優しく息を吹きかけると、

次第に幻は流れていった。


 ♢



 暫くして状況が理解出来たアルトリアは額についた大粒の汗を拭った後、話しかけてきた。


「恐ろしい魔法だわ。 セラフィも当然合格よ。」


 だが、その距離は遠い。

 特にセラフィには苦手意識を持ったようで、常に俺の方を向いて話している。


 兎にも角にも、全く手応えは無かったが、二人とも合格出来て良かった。

 これは念願の串カツへの第一歩だ。


 そして俺達はアルトリアから合格通知書を受け取った。


 俺達に合格通知書を渡した後、アルトリアはすぐに休憩室へと帰って行った。


「当面の問題はS級だけだな。A級以下の冒険者は警戒する必要もないだろう。」


 事実、アルトリアの実力はモノプテロス大迷宮最弱の魔物と同等以下だった。

 これならば、どれだけ油断しても怪我一つ負うことはないだろう。


「畏まりました。 わざわざ殺す必要もありませんね。」


「あぁ。俺達の迷宮に足を踏み入れない限り、殺さなくていいだろう。」


 そうして、俺達はギルドの受付へ帰ったのだった。

串カツ食べたい。

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