第4話『ダンジョンの魔物、初めての食事をする』
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ちなみに、今回も文字数多いです。
右手を掲げた少年の頭上では、全てを飲み込むような黒雲が渦巻いている。
光沢の無い漆黒の闇が世界を覆い、軈て太陽をも飲み込んだ。
少年が一歩一歩と歩を進め、リエッタの前で立ち止まる。
先程まで厄災がいた所に目を向けると、気を失った男達が転がっていた。
リエッタは、その光景を茫然と眺めていた。いや、眺めることしかできなかった。
リエッタの心臓を握っているのは、本人ではなく、この少年なのだから。
身を震わせながら、リエッタは少年の言葉を待つ。
辺り一帯の空気が重い。
少年が口を開き――
「あのさ、『冒険者』って知ってるか?」
それは、余りにも軽々しい口調だった。
「ふぇ?」
この状況にそぐわない平凡な問い掛けに、リエッタは思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
しかし直ぐに気を引き締め直し、質問の意図を考えた。
(冒険者? 冒険者を知らない人なんているのかな?それに、あんな自然災害片手に私を脅してまで知りたい情報ってことだから・・・。少年の言う『冒険者』が私の知ってる『冒険者』と一緒な筈ないよね。)
質問の意図を読み取ろうと暫く考えを巡らせていると、少年が不思議そうに首を傾げているのが視界に入った。
(そう言えばまだ何も返答していなかったわ!取り敢えず早く何か答えないと!)
しかし、リエッタが口を開くよりも先に、少年がパチンと指を鳴らした。
すると、先程までの暗闇が嘘のように巨大な黒雲は雲散し、太陽が照りつけた。
「セラフィ、やはりこの程度の魔法じゃ脅しにもならないらしい。冒険者の情報は聞き出せそうにないな。」
「っ?!」
リエッタの沈黙は、少年に黙秘と取られてしまったようだ。
(早く、早く訂正しないと!)
「違――」
慌てて口を挟もうした途端、少年のすぐ隣に何処からともなく絶世の美女が姿を見せた。
腰辺りまで伸ばされた艶やかな黒髪は、女性が僅かに動く度に靡いている。
あまりの美しさに、リエッタは言いかけた言葉を呑んだ。
「そのようですね。ですが、これ以上魔法の等級を上げてしまわれると、リラン様の魔力量では発動段階ですらこの世界を壊し兼ねないのでは?」
「俺を強制転移させた奴の正体も実力も分からない以上、理由も無くこちらから危害を加えるのは愚策だしな。脅して聞き出すのは諦めた方がいいな。
うーん、こんなことなら魔法を手加減する練習もしておけばよかったな。」
「困りましたね。命令魔法で自白させようにも、カウンター魔法が施されている可能性がありますし、解除魔法を持たない私では...。お役に立てず、申し訳ございません。」
リエッタの意志とは裏腹に、話が勝手に進んでいく。
「セラフィは悪くないさ。脅しで口を割らないなら仕方ない。 他をあたるとしよう。この娘達には悪いがここで――」
リエッタの顔から血の気が引いて青ざめていく。
少年が言い切る前に慌ててリエッタは口を挟む。
「あ!あの!も、もしよかったら私の知っていることの全てを話します!だから、ですから、どうかフェリスの命だけは助けて下さい!」
「えっ、命?」
僅かに動揺した様子を見せた後、少年は言葉を続ける。
「まぁ、教えてくれるなら有り難いんだけどさ、どうして急に? さっきは答えなかっただろ。」
(嘘をついてでも『冒険者』について知らないと言うべき?それとも正直に·····。)
一瞬逡巡した後、リエッタは自分の直感を信じ、正直に話した。
「さっ、先程は失礼しました。私は『冒険者』についての知識が浅く、あなた方が求めている質問にお答えできるかどうか不安だったもので·····。」
嘘をついた瞬間殺される。
壮絶な人生を送ってきたリエッタだからこそ、少年の目からそう感じ取った。
「そっか。でも別に『冒険者』についてじゃなくてもいいんだ。俺達は知らないことが多いから、少しでも教えてくれるだけで助かるよ。」
「はっ!はい!ですが、直ぐに衛兵がやって来るので、その前に場所を変えたいのですが・・・。」
リエッタは顔を俯け、自分の体を見た。
「そう言えば、体を拘束したままだったな。すまない、誰が敵か分からなかったからな。拘束を解いてやってくれ。」
「畏まりました。『自由を与える』」
その瞬間、リエッタの拘束が解かれ、体の自由が戻る。
体の痺れが治ると直ぐに後ろを振り返り、フェリスの様子を確認した。
そこには、小さな鼻息を立てて寝ているフェリスの姿があった。
(無事で良かった。怪我もしていないみたい。)
泥まみれのリエッタと違い、フェリスの顔には汚れもなく、いつもの綺麗なタマゴ肌のままだった。
恐らく、フェリスだけは地面に押さえつけられず、眠らされていたのだろう。
リエッタはフェリスを優しく抱き抱えた。
「それで、その衛兵ってのが敵なら離れた方がいいな。でも、何処に行くつもりだ?」
「王国の外れにある私達の家なら衛兵は来ません。ですが、少々手狭でして・・・。」
リランと呼ばれるこの少年の格好は、一見 落ち着いたデザインに見えるが、目を凝らすと細やかな装飾が施された豪奢な服を着ていた。
又、セラフィと呼ばれる従者らしき絶世の美女から敬称をつけて呼ばれていることからも、詳しい立場は分からないが、決して貧民街にある小さな家に招待するべきでないことはリエッタでも分かった。
「ん?あぁ、そんなことは気にしない。」
しかし、当の本人は全く気にしていないようだ。それどころか、未知の世界に踏み込む時のワクワクした表情を浮かべているようにさえ見えた。
従者らしき女性も無言で頷き、恭順の意を示す。
「それじゃあ、行こうか。っと、その前に、あそこで倒れている男達には悪いけど、ここでの記憶は消させてもらおう。」
そう言って少年は男達の元まで歩き、右手を翳す。
《記憶操作》
すると、男達を中心に魔法陣が展開され閃光を発する。
「よし、こっちは大丈夫だ。一人は死んでしまったか。死体が見つかると面倒だし回収しておくか。《次元空間》」
少年が指で円を描くと、囲われた部分から深淵が顔を覗かせた。
少年に軽々と異空間へ放り投げられた男の死体は何の痕跡も残さずに姿を消した。
まるで元々この世界に存在しなかったかのように。
リエッタはその光景に驚きつつも、同時に少年の行動を疑問に思った。
「あの、他の男達は殺さないんですか?」
思わず疑問が口から零れてしまった。
「殺す必要が無いからな。リエッタはあの男達に恨みがあるのかもしれないが、俺達には無い。俺から危害を加える気は無いよ。まぁ、俺に攻撃してきたやつが死んだのは自業自得だと思うけどね。」
(あれ、もしかしてさっきも私達の記憶を消そうとしただけ?)
リエッタは少年への警戒心を僅かに緩めた。
「それじゃあ、その家を頭に思い浮かべてくれ。歩くと時間がかかるから転移で行こう。」
少年が何の躊躇いもなく、リエッタのおでこに手を触れる。
「ひゃっ?!」
収穫した野菜を売りに街へ行った時、王国の外れにある貧民街に住んでいるリエッタ達に近寄る者はほとんどいなかった。
そんな自分に不意に少年が手を当てた為、驚きの声を漏らしてしまった。
リエッタは驚きながらも、嬉しいような恥ずかしいような感情を抱いた。
(こんな気持ちになったのは、いつ以来だろ。フェリスと同じ温かい手。昔のお母さんのような安心させてくれる手。)
安らかな気持ちのまま、自分達の家を思い浮かべると――
「 行くぞ《空間転移》」
リエッタの驚きの声と共に4人の姿が掻き消えた。
♢♢♢
「本当に一瞬で私達の家の前に来ちゃった・・・。」
少女は唖然として口をパクパクしている。
「へぇー、これが家か!見たのは初めてだよ。」
もはや冒険者の情報を集めるという目的は頭から抜け落ちていた。
見るもの全てが見たことの無いものばかり。
これが外の世界か·····。他の迷宮の使徒にも早く見せてやりたいな。
少女の手を引いて、走って家の中に入る。
木造の扉を開けると木を加工して作られた椅子が二脚、机が一卓、寝台が一台あるだけの質素な部屋だった。
「すっげー!!木でできた椅子なんて初めて見た!おい、えっと...。」
少女の名前を呼ぼうとして、言葉に詰る。
そう言えば、出会ってから結構経つのに名前すら聞いていなかった。
「私はリエッタと言います。こちらは妹のフェリスです。」
リエッタは察しがよく、すぐに名前を名乗った。
そして、背負われたまま寝ている幼女の顔をこちらに見せてきた。
「リエッタにフェリスか、よろしく。俺がリランで、横にいるのがセラフィだ。気軽にリランと呼んでくれ。 」
「リラン・・・様とセラフィさんですね。よろしくお願いします。」
一瞬、セラフィがリエッタを睨んだように見えたが気のせいだろう。
「で、リエッタ! あれはなんだ?」
自己紹介もそこそこに、俺は先程から気になっていた机の上の茶色く丸っこい物体に目を向けた。
それは知識としても知らないものだった。
「あれはジャガイモと呼ばれるものです。王国の貧民街でよく食べられています。よろしければ食べてみますか?」
俺が目を輝かせていたのを見て、またもや察してくれたようだ。
「いいのか?!是非 食べさせてくれ!」
「リッ、リラン様! どこの誰とも分からぬ者を信じるのは危険です!」
慌ててセラフィが止めに入った。
確かにセラフィの言うことは分かるし、正しい。今までだって何度もセラフィの忠言には助けられた。
しかし、それを無視してでも俺は食べねばならない。
「セラフィ、この娘はリエッタだ。それに、これから『冒険者』についての情報を貰う相手だ。こちらが信用すればこそ、相手も信用して話してくれるというものだぞ。」
そう言っている間も俺はセラフィではなく、机の上にあるジャガイモに目が釘付けになっていた。
だって食べたいだろ? 外の世界の食べ物だし。 食事を必要としない俺たちは食事自体したことないんだから・・・。
セラフィを一瞥すると困り果てた顔をして、はぁー、と深い溜息をついていた。
「では、せめて私が毒味をします。これ以上は譲歩できません。これでリラン様のお身体に何かあれば、他の迷宮の使徒に顔が立ちません。」
セラフィの意思は固いようだ。
これ以上は何を言っても無駄だろう。
俺は頷くと、リエッタに顔を向けた。
「それでは調理してきます。少々お待ちください。」
そう言ってリエッタはジャガイモを二つ取った後、部屋の奥にある扉を開いて入っていった。
♢
リエッタが調理場へ行ってから数分後、部屋に良い香りが漂ってきた。
「お待たせしました。ジャガイモを使ったシチューです。」
そう言って、俺の前に置かれたのはトロトロした液にジャガイモや他の何かがゴロゴロと入っている料理だった。
「シチュー?それも聞いたことないな。あ、でも これは知ってるぞ、人参だ!」
人参の他にも、鶏肉や玉ねぎなどダンジョンで迷宮の使徒に教えて貰ったものもチラホラと見つかった。
「それでは、私が毒味をさせて頂きます。」
そう言って、セラフィがシチューを口に入れた。
しかし、咀嚼を繰り返す度に、セラフィの顔がどんどん歪んでいく。
「おいっ、セラフィ!どうした。お前には毒耐性があるだろ?! まさか、外の世界には俺たちの耐性をも上回る毒があるのか?! セラフィに何をした!」
パクパクパク。
俺がリエッタを睨みつける前に、リエッタは顔面蒼白となっていた。
「何も、何も入れてません!」
パクパクパク。
「そんな訳無いだろ!ほら見ろよ、セラフィの奴あんなに苦しそうに・・・」
パクパクパ・・・。
指を指して振り返ると、満面の笑みでスプーンを口に頬張ったままのセラフィと目が合った。
直ぐに気まずそうに目を逸らすセラフィ。
あれれ〜、おかしいぞ〜?
何でこいつはシチューを完食してるんだ?
あの苦しげな顔はどこいった?
「ちっ、違います! この食べ物は危険だったのです!ほっぺたが落ちる恐れがありました!」
真面目な表情で訴えてくるが、許せる筈が無い。
俺は無言でセラフィの頭を小突く。
「あぅ」
空になったお皿を見る度に、俺の目に涙が溢れた。
♢
「疑って悪かった!」
俺はセラフィと共にリエッタに頭を下げる。
横でセラフィが、リラン様が頭を下げるなどあってはなりません! などと言っているが、こいつのせいで頭を下げていることを分かっていないのだろうか。
セラフィの頭を押え、一緒に謝罪ようとしたが、リエッタが慌ててそれを止める。
「謝罪なんて結構ですから。それに、シチューもまだありますから。」
そして――
「うっまーーい!」
これが外の世界の食事。これがジャガイモのシチュー!
俺の横でセラフィが指を咥えて物欲しそうに見ていたが、一瞥もくれてやらずに完食した。
あ、そう言えば俺達、冒険者の情報を集めに来たんだった。